第四話 追手
「カレアラムが死んだ?」
部下の報告に、オルガータ帝国第二魔法師団長グットンは耳を疑った。
師団の第二位が死んだというのに特に悲しそうな顔も見せず、部下のレュライは続ける。
「はい。今朝、カレアラム副長が宿舎に戻らないとのことで捜索し、皇女殿下の命で勇者の一人を連れて西部へ出立したとの事で慌てて後を追ったのですが」
また連絡なしの独断専行か、とグットンは苦い顔をする。
「帝都西の森の中にある野営地にて、炭化した人間の遺体二つと馬が繋がれていない帝国軍用馬車が見つかりました。遺体の片方が持っていた杖に取り付けられた魔法石に残留していた魔力がカレアラム副長の物と一致したそうです」
「……カレアラムが焼き殺されたというのか?」
「はい」
レュライが肯定するのを聞き、グットンはしばし黙考する。
カレアラムは副長の地位にそぐわない性格ではあったが、見合った実力の持ち主ではあった。
そのカレアラムが殺されたというのがどうにも納得しかねた。
「もう一つの遺体は、勇者なのか?」
「おそらくは御者と思われます。勇者に殺害されたのだろう、と」
「分からないな。その勇者はなぜ、城で訓練を受けていないのだ?」
「それが――」
勇者の一人は精霊に疎まれる魔力の持ち主であることから魔法が使えず、それでも仲間の役に立ちたいと言って前線への偵察に出た。そのお供をカレアラムが務めることになった。
レュライからいきさつを聞いたグットンは腕を組んで唸る。
「カレアラムと御者の遺体が炭化しているというのが解せんな。話を聞く限り、その勇者のなりそこないは魔法を使えないはずだ。協力者がいるのか。ともかく、探し出すべきだな」
「副長が死んだというのに、悲しまないんですね?」
「第一魔法師団から送り込まれた間者が死んで誰が悲しむ。第一魔法師団長にお悔やみでも言いに行くか?」
「やめてください。余計に面倒なことになります」
レュライは肩を竦めて言い返し、窓から見える訓練場を見る。
そこでは昨日召喚された勇者たちが魔法訓練を受けていた。
「とてつもないですね」
「あぁ、魔法軍団長が直々に指導するというから何事かと思えば、あの通り大事だ」
鉱物で作られた巨大なゴーレム、沸騰した莫大な量の水、毒性のある棘を無数にもつ茨が生えたかと思えば、粘性のある炎の魔法がそれを焼き尽くす。
第二魔法師団の人員は三千人だが、あの訓練場にいる十三人の勇者たちを相手にすれば簡単に蹴散らされるだろう。魔法を用いた物資輸送や野戦築城が主任務の雑用師団と呼ばれる第二魔法師団だからと言われてしまえばそれまでだが。
「騎士訓練場ではサーカスをやってるらしいですよ」
「なんだそれは」
「身体強化魔法って使いこなすのにバランス感覚とか必要じゃないですか。それの訓練で勇者様方は玉乗りとかやらされているらしいです。武術の心得が全くないらしいので、武器を持たせるのも危ないとかで、ようは基礎訓練ですね」
「地道な事だな。だが、上の連中が勇者を大事に扱うようで一安心だ」
「またそれですか」
レュライが呆れたように苦笑する。
グットンは窓の外、訓練場を挟んだ先に見える帝都の街並みへと視線を転じ、ため息を吐いた。
「勇者たちが召喚されたと大騒ぎ。お祭り騒ぎだ。だというのに、誰も剣を取ろうとしない。勇者様がやってきた。神に我らの祈りが通じた。ありがとう! とな。今日だけで何回聞いたか分かりはしない」
グットンは首を横に振り、帝都の様子を思い出す。
瞼の裏に浮かぶのは、他人に命をかけさせる帝国人たち。自分たちは救われて当然だと考える傲慢で怠惰な者達だ。
「なぁ、なんであいつら、手に剣だこの一つも出来てないんだろうな? 与えられる救いをいつまでも口を開けて待ってるだけだ。祈りの言葉を口にしている? それが努力だと思ってるのか? 戦う術の一つも知らないから。魔物は人間よりもよほど強力だから。特別な力を持つ勇者とは根本的に違うから。だから、戦わない。祈るだけだって。俺は帝国人として情けなくて涙も枯れたよ」
「師団長、あまりおおっぴらに言わない方がいいですよ。軍の人間だって、志願兵だけで構成されてるわけじゃないんですから」
「そうだな。だから俺が第二魔法師団長なんだ」
「はいはい、そこまでです。ただでさえ間者を送り込まれるくらいに睨まれてるんですから」
レュライになだめられて、グットンは不満そうに鼻を鳴らす。
第二魔法師団は志願兵で構成されている。ほとんどが平民かそれと大差がない下級貴族の出身者である。
対して、第一魔法師団は帝国貴族の子息で構成されている。家を継げない次男坊や三男坊であり、仕方なく軍に入ったような連中で向上心がない代わりに自尊心だけは一人前の者達だ。帝国が拡大した事で周辺国家を従属させて軍役を科すようになったため、戦場に出ることもなくなっている。ある意味、怠惰な帝国人らしい軍隊だった。
グットンは再びため息を吐く。
魔物という脅威を前に戦う覚悟を固めて帝国軍に入ったというのに、蓋を開けてみれば異世界から無理やり召喚した勇者にすべてを押し付けて高みの見物をする側に回っていた。
こんな事なら、辺境で冒険者でもしていた方がよほど、覚悟に見合った生き方だったように思う。
「退役しようかなぁ」
冗談のつもりで口にしたが、案外悪くない考えかもしれない。
しかし、レュライのお気には召さなかったらしい。
「副長が死んだばかりなのに、逃がすとお思いですか?」
「おいおい、怖いな」
本気で睨みつけてくるレュライに肩を竦めて、グットンは机の引き出しから報告書の用紙を取り出すと書き込み始める。
「睨まれちゃ堪らないから仕事しますよっと。……この報告書を皇女殿下に届けてくれ」
「魔法軍団長へは?」
「俺が直接話にいくさ。本来、命令権を持たないはずの皇女殿下の命で師団副長が死んだんだ。話が政治的すぎて、俺では判断できないからな」
「判断できるけど決断は下したくない、の間違いでしょう。まぁ、支持しますが。では、届けてまいります」
書き上がったばかりの報告書をインクも乾かないうちに机から取り上げたレュライが部屋を退出していく。
レュライを見送った後、グットンは訓練場にいる軍団長に目を向けた。
「訓練の邪魔するわけにもいかないか」
報告は後にしようと、グットンは椅子の背もたれに体を預けて天井を仰ぐ。
「精霊に疎まれる勇者様ねぇ。カレアラムを殺したのは正当防衛だとして、いったいどうやったんだか……。探すの面倒だなぁ」
帝国の後ろ暗いところに関わる以上、グットンとしてはあまり手を突っ込みたい話ではなかった。
こんな仕事をするために軍人になったわけではないとぼやきながら、帝国地図を眺める。
カレアラムも同じ地図を持っていたはずだ。件の勇者様が参考にするならこの地図だろう。
「馬がなくなっていたとの話だが、戦闘訓練をしている他の勇者も乗馬の経験はなさそうだから、手綱を引いて連れて行ったのか。すると、荷運び用だろうな。扱い方を知らなければどこぞで売りに出すとして、売るなら――ここか。今日は定期市のはず。辿り着いていれば馬の売却を試みるのも自然な流れか。まずはここを足掛かりに調べるとして……」
勇者の動きを予測しながら調査の手順を考えていく。同じことを軍団長に説明するのが面倒臭くなり、グットンは報告書に調査手順を書き込み始めた。
馬を売った後、旅慣れていない勇者がいくらかの物資を持って移動するのなら、そう遠くへはいけないはずだ。
馬の他、馬車からは物資の類が消えていたとの報告からも勇者は冷静に行動している様子がうかがえる。街を出てからの計画を立ててから行動するのなら、近隣の町や村を経由できるルートを選ぶと予想された。
いくつかのルートを予想して地図を眺めていたグットンは、ある地点を見つめてこめかみを押さえた。
「ラッガン族のいる辺りを通ったら、こちらが確保する前に殺されてそうだな。間に合うと良いんだが……」
ラッガン族は帝国に対抗していた諸王国の中でも最後まで頑強な抵抗を見せたとある国にいた山岳民族だ。
耳や尾などの獣の特徴を持ち、基礎身体能力が高い上に身体能力強化の魔法を使いこなす生粋の山岳兵である。
魔物の脅威が現れた事で一応は帝国に臣従しているが、帝国人を快く思っている者は少ない。
そんなラッガン族の中に、奪ったものとはいえ帝国人の服を着込んで足を踏み入れた勇者がどうなるかは想像に難くない。
「こちらの事情に無理やり巻き込んだんだ。勇者様に死なれちゃ後味悪いよなぁ」
グットンは頭を掻きながら席を立つ。
訓練場ではいまだに軍団長自らが勇者の訓練に当たっているが。急を要する可能性が出てきた以上は仕方がない。
間に合えばよいが、とグットンは報告書を片手に部屋を出た。
※
帝国西部の山中で、少年は周囲を囲む男たちに視線を配りながら口を開く。
「なにか用ですか?」
「用ってあんた……」
少年の問いかけに戸惑った様子で、男の一人が剣の穂先を少年の後ろに向ける。そこに横たわっているのは少年の身長の二倍に匹敵するだろう巨大な魔物だ。三対の脚を持ち、前一対は鋏状で全身が甲殻に覆われている。少年の目には巨大なサソリに見えたが、周囲を囲む男達にはもっと恐ろしい何かに見えているらしい。その魔物がいつ動き出すのかと怯え、明らかに腰が引けていた。
「ところで、そこに倒れている子の手当てをしなくていいんですか?」
少年が魔物のそばに倒れている少女を指差す。虎模様の三角耳に赤毛に覆われたテンのような尻尾を持つラッガン族の少女だ。
「ここに来たときにはすでに倒れていたので、死んでいるかもしれないですけど。僕は怪我の手当ての方法とか知らないのでお任せします。それでは――」
「ま、待ってくれ!」
何事もなく立ち去ろうとした少年に、男たちの中から一人、狼の特徴を持つラッガン族の戦士が声を掛ける。
「例え帝国人であろうと、村の脅威を討伐してくれた英雄をもてなしもせずに帰すわけにはいかない。村に来てほしい。歓迎しよう」
「僕は帝国人じゃありませんよ」
「なに? ならばなおさらだ! 我らラッガン族と因縁もないのなら、英雄を歓迎しない道理はない。さぁ、こちらへ」
狼の戦士は剣を腰の鞘に収めて少年に村の方角を手で示す。
しかし、少年は不愉快そうに舌打ちした。
「どうでもいいけど、そこの女の子の手当てくらいしたら?」
指摘されても顔を見合わせるだけで一切動こうとしない男たちに、少年の視線はどんどん冷たくなっていく。
狼の戦士が言いにくそうに口を開いた。
「あれは忌子、キメラです。放っておいても回復するので無視してください。けがらわしいモノをお見せして申し訳ない」
「……なるほど」
少年が納得したように頷いた時、件の少女がゆっくりと立ち上がった。
そばで絶命している巨大な魔物を見てびくりと体を震わせた少女だったが、それが死んでいると気付くと不思議そうに周りを見回し、少年と男たちに気付いたらしい。
狼の戦士が汚物でも見るような目を向けて、ハエを払うように手を横に振る。
「失せろ。英雄様の前にいつまで醜い姿を晒しているつもりだ。命を救っていただいた上にお目汚しまで……恥を知れ!」
一喝されて、少女は慌てたようにその場を走り去る。逃げ去った、という表現の方がふさわしいかもしれない。
狼の戦士は少年に向き直る。
「さぁ、こちらへ。すぐに宴の準備をさせますので」




