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逆襲途中でクラスごと勇者召喚された虐められっ子だけど、今度こそは!  作者: 氷純
第三章 一人でも生きる覚悟

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第十二話 因果応報

 締め切られた窓。

 閉ざされたカーテン。

 埃を被った机と椅子、床。

 よどんだ空気。

 黄色いテープと、キープアウトの文字。


「……教室?」


 誰かが呟くのに合わせて、吉野は現実を認識する。

 日本に帰ってきていた。


「やった!」


 誰かが喜び叫ぶ声。

 ――そんなモノはどうでもいい。

 吉野は顔を上げ、教室の一点を見る。

 高校の制服でも、帝国に支給された軍服でもない、民族衣装を着た黒髪の少年がいた。


「――杉原!」


 桃木が少年の名を叫ぶ。それが合図だった。

 杉原が床を蹴りつけるように駆け出し、キープアウトと書かれたテープを跳び越える。


「逃がすか!」


 桃木、大飯田、戸江原の三人が後を追いかける。吉野も動き出していた。


「よしのん、杉原の家知ってる!?」


 同時に動き出した品原に訊ねられて、吉野は首を横に振る。


「知らない。家まで行った人はいないと思う」

「なら、離されたらまずい」


 品原が杉原の背中を見る。

 電子機器の類は異世界にいた時点で電池切れを起こしている。杉原も例外ではないだろう。

 イジメの証拠を拡散させるためには、自宅のパソコンを立ち上げて直接操作する必要があるはずだ。

 授業中なのか、廊下には誰もいない。ちらりと見えた別の教室では数学の授業が行われていたが、バタバタと廊下を走る吉野たちに驚いたような視線が向けられている。


「こっちでどれくらい経ってるんだろう?」

「わかんないって。とにかく、杉原を止めないと!」


 階段を飛び下りるように駆け下りる杉原に、大飯田たちも追いつけないでいる。

 杉原は運動部でもなく、体育でも活躍できるような運動神経ではなかったはずだ。それでも、元々運動部だった戸江原でさえ引き離されずについていくのが限界だ。

 互いに異世界で魔物を相手に戦っていたとはいえ、身体強化を使えば常人をはるかに超える身体能力を発揮できた大飯田たちとは違い、杉原は筋トレをし続けていたのだろう。


「くっそ、魔法が使えれば!」


 大飯田が悔しそうに叫ぶ。

 魔力そのものは体の中に感じられるが、精霊がいないため魔法を発動できない。純粋に身体能力だけの勝負となっていた。

 昇降口を走り抜ける。異世界で履いていた靴があるため、履き替えなどする意味もない。

 ちらりと見えた吉野たちのクラスの下駄箱には黄色いテープが張られていた。


「杉原君の靴に画鋲とか入れてないよね?」

「覚えてないよ、そんなん。戸江原とかはやってたかもだけど」


 もしかしたら、もう手遅れなのではないかと不安がよぎる。

 それでも、杉原を追いかけずにはいられない。叶えたい夢だってあるのだから。


「よっしゃ、正門閉まってる!」


 不審者が入れないよう、正門は閉まっていた。

 杉原が肩越しに振り返り、大飯田たちとの距離を確認すると前に向き直る。


「――は?」

「ちょっ、なんであんな速いの!?」


 杉原が突如加速し、正門に辿り着くなり足を掛けて登り始める。

 大飯田たちが追いついた時には、杉原は正門の向こう側に降り立っていた。

 そのまま走り去る杉原を追いかけないわけにもいかない。大飯田たちは正門に錠が掛けられているのに気付き、すぐによじ登り始める。

 帝国での訓練で似た事をやらされていた事もあり、さほど時間はかからなかった。

 だが、杉原との距離は大きく開いている。


「なんだよ、さっきの加速!?」


 高校の敷地を出てもなお走っている杉原を追いかけながら、戸江原が舌打ちする。

 答えを期待していない戸江原の疑問に答えたのは大飯田だった。


「ビンか何かに魔法石と精霊を閉じ込めておいたのかもしれない」

「できんの、そんなこと?」


 桃木が訊ねると、大飯田は杉原の背中を睨みながら頷く。


「精霊は微生物だ。ビンに閉じ込めるのは難しくない。蓋を開ければすぐに飛び出してどこかに行くが、杉原の魔力を使えば別だ」

「そっか、身体の周りを魔力で覆って、その内側に精霊を放てばいいのか。でも、少し魔力の制御を間違えたら身体強化が解けて下手したら即死でしょ?」

「だからギリギリまで使わなかったんだろう。隠し持っていられる大きさの魔法石って事も考えると、蓄積されている魔力量は大したことがないはずだ」


 あくまでも奥の手。その分析が正しくとも、すでにかなり離されてしまっている。

 挙句、杉原は大通りに飛び出した。

 まっすぐ行けば駅だけあって、人通りも多い。時間もお昼時らしく、連れ立って歩く会社員や子供連れもいる。

 民族衣装を着て走る杉原と、それを追いかける帝国軍服の吉野たちが目立たないはずもない。


「――なんだ?」

「高校生の仮装マラソンとか?」

「何あれ、めっちゃ本気で走ってるじゃん」


 いい晒し者だ。

 スマホを掲げて写真を取っている通行人もいる。

 この状況、イジメの証拠と共に拡散されれば言い逃れも出来なくなるだろう。

 イジメの証拠隠滅が出来れば、疑われはしても推定無罪だ。そう言い聞かせながら、吉野たちは通行人の視線を潜り抜ける。

 駅構内を走り抜ける。駅職員に走るなと注意されるが、止まれるはずもない。

 電車に乗られたらもう追い付けないとびくびくしていたが、杉原は改札を素通りして北口から南口へ走り抜けただけだった。

 それでも、改札の人混みに注目していたせいで杉原を見失いかけ、さらに距離が開いてしまっている。

 駅から離れれば人通りも減っていく。

 閑散とした住宅街に入ると、見計らったように大飯田が杉原の背中に声を掛けた。


「おい、杉原、止まれって! 謝るから! 止まってくれよ!」

「謝ったら許してくれるって言ってただろ!」


 戸江原も加わり、杉原に形ばかりの謝罪を口にする。

 杉原は振り返りもしない。

 苛立ったように戸江原が声を張り上げる。


「こんなに謝ってんだろーが! 許すんじゃねーのかよ、嘘つき!」

「おい、戸江原やめろ」

「あの程度遊びだろうが、何キレてんだよ、お前!」


 大飯田の制止も聞こえないのか、戸江原がさらに言葉をぶつける。

 しかし、杉原は振り返ろうともしなかった。もはや一切の聞く耳を持たないと言わんばかりにただ走り続けている。


「杉原君!」


 吉野は声を掛ける。


「私、将来映画とか作りたくて! そのための勉強とかして――」


 吉野の自分勝手な説得に対する杉原の答えは無言の加速だった。

 ただでさえ、声を張り上げないと届かない距離にいた杉原が速度を上げていく。

 ゴールが、杉原の家が近いのだろう。

 杉原を追いかけて十字路を曲がった吉野たちは、一瞬戸惑う。

 杉原の姿が道路上になかったのだ。


「近くにあいつの家があるはず!」


 息を切らして肩で息をする桃木の言葉に、吉野ははっとして周囲の家の表札を見る。

 だが、杉原と書かれた表札は見当たらない。


「……もしかして、俺達の集団失踪事件の煽りで親が引っ越した、とか?」

「マジかよ。それなら、杉原の負けじゃね?」


 大飯田の予想に希望を抱いた戸江原が笑みを浮かべた直後、通りに面する一軒の家の二階窓が開いた。

 音に気付いて二階の窓を仰ぎ見る。


「杉原君……」


 窓からバルコニーに出て吉野たちを見下ろす杉原の姿があった。


「お前、そこで何して――」

「終わり」


 ただその一言で、杉原は吉野たち全員を絶句させる。

 杉原は勝ち誇るわけでもなく、吉野たちを見下すわけでもなく、ただ淡々と告げる。


「僕が発動した送還魔法陣は、異世界での経過時間を反映して日本に跳躍する魔法だよ。だから、僕たちはこちらで行方不明扱いされている。もちろん、さっき転送したイジメの証拠も君たちの人生に因果応報の四文字を刻み込むだけの効力がある。例え、僕がまた行方不明になってもね」

「ふ、ふざけんな……ふっざけんなよ、お前!」


 桃木が叫ぶ。


「あたしにだって夢があんだよ! 将来があるんだよ! それを、お前、台無しに……」


 堪えきれなくなったのか、口を押さえて涙を浮かべ、桃木がその場にしゃがみ込む。

 しかし、杉原は無感動に吉野たちを見下ろしたままだった。


「台無しにしたのは君自身でしょ。それじゃあ、後は頑張ってね。僕は向こうでやる事があるんだ」

「向こう……?」


 吉野は杉原の言葉に疑問を覚え、問い返す。

 杉原は吉野を見て肩を竦めた。


「君たちがどうしてたかは知らないけど、僕は僕なりに向こうでいろいろやってたんだよ。時間差で発動する魔法具の制作とかね」

「……まさか、あの世界に戻る気?」

「そうだよ。もうひとつ教えておくね。カティアレンが言ってた、あの世界で死んだ人間は地球でいなかったことになるって話、嘘だよ」


 吉野たちにそう告げた瞬間、杉原の足元が光り出す。見覚えのある光だった。忘れるはずのない、召喚魔法の光だ。


「発動できたみたいだ。ばいばい」


 軽く手を振る姿を最後に、杉原の姿が忽然と消え失せる。

 呆然と見送っている吉野たちに、背後から声が掛けられた。


「――どうもこんにちは」


 驚いて振り返ると、似合いもしない帽子を目深にかぶった男が一人立っている。

 品定めするような目で吉野たちを眺める男は、うっすらと笑みを浮かべた。


「集団神隠し事件の被害者だよね。あ、それとも、この家の前では加害者と呼んだ方がいいのかな?」

「な、何の話ですか?」


 まだ杉原が送信した情報が広まるには早すぎる、と吉野は知らない振りをする。

 杉原が拡散したイジメの証拠を確認し、言い逃れる術を考えなくてはならない。人生を棒に振りたくはない。

 男は吉野たちに嫌味な笑みを向ける。


「何って、目撃証言だよ。担任の先生が注意してもやめなかったそうだね。い・じ・め・をさ」


 異世界転移に唯一巻き込まれていない担任教師の佐々木。彼がどうなったのか気になってはいた。

 高校の一クラス、四十一人の集団失踪事件で担任の佐々木が事情聴取を受けないはずがない。その場にいた唯一の存在である以上、厳しい取調べを受け、世間からのバッシングにも晒された事だろう。


「担任の先生ね。精神的に参っちゃったらしくて、魔法陣がどうとか神様がどうとかわめいてたんだけど、この間首を吊ったらしいんだ。あ、周りが注意していたから処置が間にあって一命は取り留めたよ。君たちが会いに行けば安心するんじゃないかなぁ。やっと世間のバッシングがイジメ加害者に向かうって」


 青い顔をしている吉野たちを舐めるように見てから、男は名刺を取り出す。


「記者をやってる者でね。君たちの失踪事件は世間の注目を集めているから、味わえると思うよ」


 記者を名乗る男はそう言って、下卑た笑みを浮かべる。あるいは、その笑みは吉野たちが杉原に向けていたモノかもしれない。


「――日本全国から虐められる気持ちってやつ」



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