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逆襲途中でクラスごと勇者召喚された虐められっ子だけど、今度こそは!  作者: 氷純
第三章 一人でも生きる覚悟

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第九話  ナリヤ・エンラシ

「対話と言われてもさ。約束を守ってくれるとは思えないよ」


 破魔ナイフを抜いていつでも攻撃に移れるようにしながら、ナリヤ・エンラシに言い返す。

 予想していたらしく、ナリヤ・エンラシはすぐに言葉を返してきた。


「それも当然。だが、もはやワタシの計画は破綻している。利害が一致していると確信できれば、対話の余地もあろう?」

「確信できるならね。魔物の生みの親って時点でもう挽回できないくらい信用は落ちてるよ」

「それこそが、ワタシの計画が失敗した証」

「どういうこと?」


 まるで魔物を生み出せば目の前のミイラが信用されるはずだったように聞こえる。

 微動だにしないミイラのはずなのに、どこか落胆したような、諦めたような空気を纏ってナリヤ・エンラシが話しだす。


「ワタシは帝国を滅ぼしたかった。愛する者を奪った帝国を滅ぼしたかった」

「リーデンベウツ族の話?」


 この施設の壁を作るのに使われている技術を持っていたらしい少数民族の名前を出すと、ナリヤ・エンラシの雰囲気が一変した。


「そうだ! 帝国の奴らは一方的にワタシの故郷を滅ぼしすべてを奪って行った! 奴らは――あぁ、もう過ぎた事だった……」


 いきなり激怒したかと思ったらすぐに元通りに冷めた口調になる。情緒不安定なミイラだ。


「リーデンベウツ族だったの?」

「そうだ。復讐を誓った。志を同じくする者を集めた。皆死んでしまった」


 当然と言うべきか、仲間がいたらしい。これだけの規模の施設をナリヤ・エンラシ一人で作れるとは最初から思っていなかったけど。

 しかし、話を聞いた感じでは帝国で聞いたカルト教団が魔物を作ったというのは嘘みたいだ。まぁ、真実を語ってしまうと勇者として召喚した相手に自分たちは悪人ですと自己紹介する形になるから当然か。

 広間を見回しても、ナリヤ・エンラシのようなミイラはない。人骨の類もなかった。

 ただ、魔物を製造しているこの設備に魔法石同期技術が使われているのだから、シュグラート族が魔物の生産に関わっていた可能性は高い。


「復讐が目的なのに、魔物を生み出して少数民族を殺していたの?」

「違う。帝国人だけを殺すつもりだったのだ。だが、魔物はそこまで賢くなる前に施設を出てしまった。それが最初の失敗であり、ワタシタチの致命的な過失だ」

「ふーん」


 話としては何となく分かった。他人を巻き込んだ盛大な復讐の失敗だったというわけだ。

 同情するし、復讐を実行に移した点では評価するけれど、詰めの甘さから周囲に多大な迷惑をかけて不幸をばら撒いた点で評価がひっくり返る。


「それで、対話というからには僕たちにも何か聞きたいことがあったりするのかな? それとも、交渉?」

「どちらもだ。まず、この施設を破壊し、魔物の生産を止め、ワタシの後ろにある魔法石を回収、隠匿してほしい。計画は破綻し目的は達せなかったが、ワタシタチの技術が帝国に悪用されるのは我慢できない」

「利害は一致してるね。でも、なんで自分で止めなかったの?」


 返答次第では目の前のミイラを即座にあの世に送るつもりで訊ねると、ナリヤ・エンラシは何となく苦笑するような気配を漂わせた。


「魔物にすら人と見做されないワタシだ。人としての意識はあるが、自ら動く事も出来ない。ただ復讐の完遂を仲間に代わって見届けるつもりだったが、それすら果たせなかった……」


 ミイラ化しているだけあって自力では動けない置物状態って事か。こちらとしてもやりやすいけど。

 僕はさっさと魔物生産を停止させるため、魔力を準備する。


「ユオナ、これって僕の魔力で一気にやっても大丈夫かな?」

「問題ないのです。魔力供給の停止は出来なくとも、精霊を追い払えば機能停止するのですよ」

「それじゃ」


 魔力を生産機械にぶつけてみると、円筒形の内部で行われていた細胞分裂が停止する。

 どういう仕組みなのかいまいち分からない。


「――勇者か」


 冷たい声で、ナリヤ・エンラシが呟く。怒気をはらんでいるような気もした。


「勇者だよ。帝国に召喚されて、その日のうちに殺されかけたから逃げ出したけどね」

「……なに? 帝国が戦力を手放すはずが……いや、その魔力なら有り得るのか」

「理解が早くて助かるよ。ちなみに、帝国軍はもうすぐ僕以外の勇者と一緒にここに来ると思う。そこで、あなたの後ろの魔法石を使って送還魔法を発動したい。構わないかな?」

「この魔法石の隠匿はどうする?」

「ここにいる二人がやってくれるよ」

「ならばよい」


 意外とあっさり許可を貰えたことに驚きつつ、サラやユオナと手分けして生産設備を完全に停止させる。はめ込まれている魔法石を外すだけだ。


「あなたはどうするの?」

「殺してくれて構わない。ただ、出来ることならばワタシの名と共に顛末を語ってもらいたい」

「戦わずに済むならその方が僕としてもありがたいけど」


 魔物を生み出して世界を混乱させたのは私ですって名乗り出るのか。復讐が根底にあるとはいっても、魔物に対して復讐心を燃やしているのは帝国人より少数民族の方だから、結局報われないと思う。

 魔法石を外し終えた僕たちは、ナリヤ・エンラシとユオナの指示に従って魔物の生産を行う魔法陣や魔法具の核心技術に当たる部分を破壊してまわる。

 何しろ巨大な施設だけあって、壊さないといけない個所がかなり多い。ユオナの魔法具がなかったら丸一日かけても終わらなかったかもしれない。


「外に出た魔物はどうなるの?」

「生殖能力のある種類は勝手に増えてしまうだろうが、そういった種類は比較的弱い。ジャグジャグなどの強力な魔物は帝国滅亡後にすぐ間引きできるよう、生殖能力は与えていない」


 ナリヤ・エンラシの言葉にほっとする。

 もう手遅れです、なんて言われなくてよかった。


「……勇者よ」

「あまりその名称で呼ばれたくないなぁ。なに?」

「今、世界がどうなっているのかを聞かせてほしい」

「あぁ、僕はあんまり詳しくないけど、それでよければ」


 生産施設を壊しながら、僕は帝国や少数民族の行っていたという戦争などを説明していく。途中でユオナに補足を挟んでもらった事もあり、ざっと世界情勢を説明する事は出来た。

 ナリヤ・エンラシは無言で話を聞いている。そうしていると、生きているのか死んでいるのか全く分からない。


「そうか。帝国への反撃を他ならぬワタシが止めてしまったのか」

「そうなるね。魔物の脅威がなかったらまだ戦っていられたって、メイリー族とラッガン族は口をそろえて言っていたよ」

「あのまま戦争を続けても負けていたと思うのです」


 口を挟んだユオナはナリヤ・エンラシを少し気にしたものの、正確に伝えるべきだと判断したのか話を続ける。


「メイリー族とラッガン族はどちらも魔法適性が低い民族なのです。帝国との戦争でも乱戦に持ち込めずに敗退したり、砦を攻めきれずに多数の損害を出しているのですよ。帝国に従属する形にはならずとも、不利な条件で講和した後にゆっくりと滅亡に向かうのです」

「そうか。そうなるだろうな」


 寂しそうにナリヤ・エンラシはユオナの予想に同意する。

 少数民族同士でも仲の良い悪いがあっただろうし、巨大な帝国に対抗する手段はなかっただろう。


「ねぇ、なんでこんな場所に生産施設を作ったの? もっと帝国の領土寄りに作っていれば、少数民族と魔物で帝国を挟み撃ちに出来たかもしれないのに」

「地脈の問題だ。ここ以外に、魔物の生産を継続できる場所がなかった。ほとんどは主要都市に押さえられていたのだ」


 防衛に用いる巨大な魔法石は地脈から魔力を汲み上げている。つまり、地脈の上に主要都市を築くのが当たり前らしい。

 ナリヤ・エンラシの復讐は計画段階から割と破綻している気がする。


「一通り終わったかな」


 僕は広間を見回してから、ユオナに確認を取る。


「はいなのです。後は適当に放置しても大丈夫なはずなのです」

「念のために二重強化で破壊しますか?」


 サラが石ころを片手に聞いてくる。


「そうだね。適当に投げといて」


 僕はサラの周囲を魔力で覆う。サラは石ころを適当に投げて設備を破壊した。ナリヤ・エンラシから呆気にとられたような空気が漂ってくる。


「身体強化、なのか?」

「一応ね」

「いくらラッガン族のキメラとはいえ、あれほどの強化は見たことも聞いた事もないが」

「色々あるんだよ」

「誤魔化し方が下手なのです」


 誤魔化すつもりもないんだよ。どうせ、ナリヤ・エンラシはすぐに死ぬんだから。


「ナリヤ・エンラシさん、要求はもう終わりだよね?」

「あぁ。後片づけを任せてすまない」

「いえいえ。遺言とかある?」

「残す相手ももうこの世にいない」


 それもそうか。

 引導を渡すのは誰がするべきだろうと考えたけれど、サラが一歩前に出た。


「あの、ありがとうございます。魔物を作ってくれて」

「……なに?」


 頭を下げたサラに、ナリヤ・エンラシは不思議そうに問い返した。先ほど、僕とユオナが世界情勢を話したから、自分が恨まれることはあっても感謝されるとは夢にも思っていなかったのだろう。


「魔物がいなかったら、忌子の私は生まれた時点で殺されていました。魔物が氾濫しなかったら、コウ様がこの世界に召喚されることもなくて、私は出会う事も出来ませんでした。――きっと、あなたは色々な人に恨まれていると思いますけど、私は感謝しています」

「……遺言を聞いてもらいたい。身勝手な遺言だ。聞くだけで構わない」


 ナリヤ・エンラシは震える声で懇願してきた。


「帝国に報いを」

「勇者が送還されるだけで結構なダメージだと思うよ」


 それ以上の事が出来るかは分からないし。

 曲がりなりにも感謝しているサラに任せるのは酷だと思い、僕は投げナイフを構える。


「それじゃあ、さようなら」

「ありがとう」

「どういたしまして」


 ナリヤ・エンラシは抵抗する事もなく僕の投げたナイフを胸に受けて絶命した。

 死んでるよね?

 元がミイラだからいまいち死んでいるかの確証が持てないんだけど。


「コウ、確認している場合じゃないのですよ。送還魔法の準備をするのです」

「分かった」


 ユオナに声を掛けられて、僕はナリヤ・エンラシの背後にある魔法石を利用して起動する送還魔法陣の準備を始める。


「サラは帝国の連中が来ないか見張っておいて」

「はい」


 いつもより元気がないのは、いよいよ送還の準備が整うからだろうか。

 僕は送還魔法陣の準備をしながら、もう一つの準備もしておく。

 グットンから貰い受けた魔法石が大きくて助かった。これでも足りない可能性があるけど、僕たちを日本に送還して空っぽになった巨大魔法石から出がらしの魔力を供給するより発動する可能性は高いはずだ。

 成功すると良いんだけど。



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