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逆襲途中でクラスごと勇者召喚された虐められっ子だけど、今度こそは!  作者: 氷純
第三章 一人でも生きる覚悟

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第八話  生産施設

 カティアレン率いる勇者たちと帝国軍がガッテブーラを出発したと聞き、僕たちは宿を出た。


「その魔法石、どうするのですか?」

「どうしようかな」


 グットンからもらった魔法石はかなり大きなものだった。魔法石は大きさに比例して価値が跳ね上がるから、グットンは言葉通り大枚を叩いたのだと思う。

 ユオナは魔法具に加工したくてそわそわしているみたいだけど、使い道はすでに決めてある。可能かどうかわからないから言葉は濁すけど。

 後ろをついてくるサラが終始項垂れているのを気にしたユオナが僕の袖を引いてくる。


「……本当に元の世界に帰るつもりなのですか?」

「そうだよ」

「酷い奴なのです」

「知ってるよ」


 渓谷への最短距離を進む勇者たちを避けるため、僕たちは森へ入ると勇者を迂回する形で森の中を進む。


「サラ、魔物は?」

「全部勇者の方へ向かっているようです」

「囮になってくれてるね」


 勇者連中は森の中で戦闘中らしく、遠くから激しい音が聞こえてくる。位置がバレバレで、サラの聴覚がなくても避けるのは難しくない。

 番川の魔眼もあるから、どこかで僕たちの存在が向こうに伝わるだろう。それでも、この様子なら渓谷に辿り着くのは僕たちの方が先だ。

 森を奥へ奥へと進んでいくと、唐突に視界が開けた。

 渓谷だ。


「水が流れる音がします」

「谷底に川があるのです」


 サラとユオナがのんびりと言葉を交わせるくらい、渓谷は静かだった。森の方ではいまだにドンパチやっている音が遠く聞こえてくる。

 この渓谷にいた魔物もクラスのケダモノ連中に殺到したようだ。

 僕は渓谷を見渡す。

 低い所でも高さ十メートルの崖が織りなす渓谷は、あちらこちらに大樹が生えていて、それを囲むように背の低い木が群生している。谷底の川は流れが速く、ごうごうと音を立てている。

 視界に入る限り、魔物の生産施設と思しきモノは見当たらない。


「サラ、魔物の気配は?」

「上流の方に何匹か」


 二重強化したサラの視力で捉えた魔物の影は見た事のないモノらしい。


「勇者連中もまだ当分ここには来れないはずなのです。休憩するですか?」

「いや、このまま先を急ごう」


 帝国軍も引き連れた大所帯のケダモノ連中の歩みはかなり遅い。それでも、渓谷まで一日かからないはずだ。

 僕たちが先に施設を占拠しないといけないから、先を急ぐに限る。


「森の外縁に沿って、出来るだけ魔物との戦闘を避けて進もう」


 僕は提案して、森に二人を押し込める。

 そのまま木々を盾にして上流へ向かうと、サラが見たという魔物たちが見えてきた。

 上流にいた魔物は崖の両岸を渡す吊橋のような形状をしていた。樹木に似た肌を持っているけれど、カニのように飛び出した目が動物であることを物語っている。

 よくよく見れば吊り橋のような形状の胴体に複数の手が生えており、何かを持っている。

 ユオナが目を凝らして魔物の手の中の物を見つめ、顔をしかめた。


「……魔法具を持ってるのです」

「魔物が自分達で作った?」

「人から奪った物だと思うのです。注意はするべきなのですよ」


 注意も何も、わざわざ戦う意味もない。橋のような形状をしているという事は、魔物たちはこいつを渡って崖の向こうからやってくるのかもしれないけれど、僕たちを渡してはくれないだろう。

 幸い、この渓谷は上流へ行くほど谷が浅くなる。この吊り橋は素直に迂回して上流から向こう岸へ渡るのが正解だ。


「先を急ごう」


 森の外縁を歩き出しながら、僕は吊り橋型の魔物を振り返る。

 ずいぶん、機能的な形だなと。

 魔物を生み出しているのは帝国に反抗したカルト教団という話だし、魔物のデザインは人間が担当していたのだろう。あの吊り橋魔物も人が考え出したのだと思う。

 趣味悪い。

 上流に到着すると、古びた吊り橋があった。補修されなくなってずいぶん経つのか、ロープがところどころ解けて踏み板が谷底に落ちている。魔物が溢れる前にカルト教団とやらが利用していた物だろう。

 僕は谷底を覗き込む。

 ここはやや傾斜が緩い崖に挟まれていて、川の流れも緩やかで水深も浅いようだ。魚が気持ちよさそうに泳いでいる。


「これくらいなら、身体強化してサラがユオナや僕を担いで降りられるかな?」

「大丈夫です」


 サラが意気込みも露わに柔軟体操を始める。

 女の子に担がれるのってむなしい気分になるけれど、四の五の言ってはいられない。


「し、失礼します」


 何故か緊張気味のサラに負ぶわれて崖を下りる。五メートルほどの高さだけどかなり怖い。

 谷底に僕を下ろしてひょいひょいと崖を登ったサラがユオナを背負って下りてくる。ユオナは半泣きでサラの背中から下りると、その場にしゃがみ込んだ。


「人の背中は乗り物として最悪の部類なのです」

「乗り物じゃないからね」


 さて、と。

 僕は降りてきた崖の対面を見上げる。


「今度は上りだね」

「橋を架ける魔法具の開発を推し進めるべきだったのです」

「今度は揺らさないように頑張ります」


 新たな決意をする二人を促して、僕たちは崖を登った。



 谷底から上がってしばらく北西に進んでいくと森が見えてきた。


「魔物の気配です」

「うん、いるね」


 木々が不自然に揺れている。

 僕たちが警戒している事で、奇襲の失敗を悟ったらしい魔物たちが森からのっそりと姿を現した。

 体高三メートルを超えていそうな大きな魔物だ。象のように太い足を地面に着いた四足歩行。体表は亀のような甲羅に覆われている。蛇腹の首の先に丸い口だけの頭が付いていた。そんな魔物が計六体。

 攻撃の予兆はなかった。けれど、気が付いた時には魔物の頭が僕たちへ一直線に伸びてきていた。

 蛇腹の首は伸縮自在らしく、数メートルあった距離を一瞬で詰めたのだ。ヘビが飛びかかる動作にも似ていた。


「……自殺志願かな?」

「コウ様を相手にしたのが運の尽きでしたね」

「つくづく、強敵殺しの魔力なのです」


 かなり強力な身体強化を伸縮自在の首の筋肉に掛けていたらしく、魔物は僕の魔力に触れた瞬間に首の力が抜けて地面に転がり、巨大な丸い口から大量の血を吐いてのた打ち回る。

 即オチって奴だ。


「サラ、仕留めちゃって」

「はい!」


 サラが足元に転がっていた石ころを蹴り飛ばす。魔物の体を覆っていた甲羅のようなものが弾け飛び、その奥の臓器さえも弾き飛ばした。

 検分するまでもなく即死だ。

 都合六回、サラが石を蹴り飛ばして魔物を仕留め終わると、僕たちは森の中へ足を踏み入れる。

 先ほどの魔物は森への門番みたいなものだったらしく、森の中にもたくさんの魔物がいた。うん、居た。

 もう居ないけど。あるだけだ。


「……呆れるしかないのです」

「そんなこと言われても」


 巨大な魔物や集団で待ち伏せて一気に襲い掛かってくる魔物、遠距離から砲台よろしく魔法を撃ち込んでくる魔物、色々といたけれど、僕の魔力の前に攻撃手段を無効化されて狼狽えているところをサラが一瞬で斬り殺していく。

 見敵必殺だ。いくら知能があって集団戦術に優れていて学習能力があったって、僕の魔力について情報共有する暇がない以上、魔物の襲撃もワンパターンだった。


「鵺を思い出すね」

「コウ様が口笛を吹いて挑発したら飛びかかってきて死んだ魔物ですね」

「多分、向かうところ敵なしで自分の力を過信していたんじゃないかな。ここの魔物もさ」


 もう怯えて襲い掛かってこなくなったけど。


「――コウ、あれを見るのです」


 身体強化を施して逃げ出していく魔物に魔力をぶつけて仕留めていると、ユオナが声を掛けてきた。

 ユオナが指差す方向、木々の隙間に白い壁のようなものが見えた。


「着いたようですね」

「みたいだね」


 森の中に存在するには不釣り合いな、あからさまな人工物。白い材質に覆われた無機質で機能性重視の建物だった。

 ぐるりと周囲を回って観察してみる。

 建物はかなり巨大な平屋建てのようだ。魔物を外に出すためか、あちこちに巨大な通用門らしき穴が開いている。


「壁面に継ぎ目がないのです」

「なにかを塗ってあるんじゃないの?」

「違うです。これは魔法で土を盛り上げて加工してあるのですよ」

「僕の魔力をぶつけるとまずかったりする?」

「加工と成形に魔法を使っただけで、今は単なる加工積みの土壁なのです。ただ、かなり頑丈なはずなのですよ」

「まるでこの魔法を見たことあるような口ぶりだけど」


 問いかけると、ユオナは壁を指先でなぞって頷いた。


「見たことはないのです。ただ、これはリーデンベウツ族に固有の建築様式なのですよ」

「リーデンベウツ族? 聞いた事ないけど」


 少数民族図鑑にもなかったと思う。


「シュグラート族より前に滅んでいるのです。魔法を用いた独特の建築技術を持っていた少数民族で、砦のような巨大施設を作って集団生活する人たちだったと聞いたですよ。帝国に滅ばされたですが、砦の防衛用にあったはずの巨大魔法石の行方が知れず、埋蔵金伝説みたいになってるです」

「へぇ。その巨大魔法石って魔物を作るために使われてたりしないかな?」

「そういう説もあったですが、これを見ると否定できないのです」


 コンコンとユオナが施設の壁をノックした矢先、近くの通用門からジャグジャグらしき魔物が出てきた。

 らしき、というのは音で既に察知していたサラが先手を打って石を投げつけて原形をとどめない状態にしてしまったからだ。


「コウ様、あまり長話は……」

「そうだね。中に入ろうか」


 サラに促されて、僕たちは施設の中へと入る。

 ジャグジャグらしきものが出てきたのだから、この通用門の奥に生産設備があるはずだ。魔法陣か、魔法具か、いずれにしても制圧してしまえばこちらのもの。

 僕はサラやユオナの前に出て歩く。僕が先頭に立って魔力を放っていれば、逃げ場のないこの通路の奥から魔法が飛んできても無効化できる。


「奥から魔物が来ます」

「任せた」

「はい!」


 返事をした直後にサラが石を奥へと投げつける。湿っぽい破裂音が通路に響いた。


「石は後いくつある?」

「七つ残ってます」

「急いだ方がいいかもね」


 話している内に石の直撃を受けて死んだらしい魔物の死骸の横を通る。

 つなぎ目もないせいで代わり映えのしない通路を進む。途中で二度魔物に出くわしたものの、サラの投石で戦闘になる前に処理した。


「もっと複雑に入り組んでいるのかと思っていたんだけど、案外単調だね」

「魔物同士が施設内で争わないようにしているのかもしれません」

「あり得るね。中で暴れられたら施設が壊れかねないし」


 魔物同士で戦っているところは見た事ないけど、あり得ない話ではない。

 話していると、サラが足を止めて耳をせわしなく動かし始めた。

 通路の出口はすぐそこだ。ガラス張りにでもなっているのか、奥の方が明るいからすぐに分かる。


「通路の出口に何かいます」

「魔物かな」

「分かりません」


 サラが困ったように首を傾げる。


「なにか、話しかけてきています」

「……へぇ」


 喋る魔物か、もしくはこの生産施設の保守点検をしているカルト教団の生き残りか。どちらにしても敵には変わりないけど、話しかけてきているのなら僕たちの接近に気付いているって事だ。


「なんて言ってるの?」

「まずは対話を、と言っています」


 妙な話だ。時間稼ぎだろうか。

 僕はユオナを見る。


「この通路に罠を仕掛けておいて。対話にかこつけて僕たちを挟み撃ちにするつもりかもしれない」

「わかったのです」


 ユオナが背負っていた鞄から幾つかの魔法具を取り出して仕掛けるのを待ってから、僕たちは通路の出口へと向かった。

 通路を抜けた先は広い空間だった。

 野球でもできそうなくらいに幅も奥行きもあるけれど、天井はさほど高くない。ガラスとは違う、どこか光沢のある天井は太陽の光を透過して空間を明るくしていた。

 あちらこちらに円筒形の機械らしきものがある。筒の中には激しく細胞分裂を繰り返す魔物らしきものがいた。生産設備だろう。

 円筒形の機械の下部には魔法石がはめ込まれている。機械の周囲には魔法陣らしき物が描き出されていて、この広間の中央に鎮座する巨大な魔法石に接続されている。


「……同期技術なのです」

「ユオナと同じ?」

「シュグラート族の秘技で間違いないのです」


 生き残りが他にもいたのか。

 この施設の壁に使われていたリーデンベウツ族の技術といい、少数民族の技術の見本市みたいだ。

 僕は広間の中央、巨大な魔法石の前に置かれた椅子に座っているソレに声を掛けた。


「お邪魔してるよ」


 僕が声を掛けたソレは身じろぎもしない。もとはそれなりに上等だったろう服を纏ったミイラだ。

 けれど、ただのミイラじゃないのは明らかだった。落ち窪んだ眼窩に青い炎を灯したミイラなんて、普通じゃない。

 ミイラが僕の言葉に返事をする。


「ようこそ。ワタシはナリヤ・エンラシ。帝国の滅亡を望む錬金術師にして、魔物たちの生みの親」


 ナリヤ・エンラシと名乗ったミイラは一切動いていないのに、目が合った気がした。

 それどころか、干からびたその顔に笑みを浮かべたようにも見えた。


「――ワタシは対話を望む」



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