第五話 陰謀
帝国植民村タンデ住民の集団失踪についての報告書を帝都に送ったグットンは、すぐさま呼び出しを受けることとなった。
現場保存を部隊長たちに任せ、すっかり補佐役が板についているレュライを伴って帝都まで馬を駆けさせる。
旅装のまま着替える暇を与えられず、グットンは登城した。
通されたのは皇帝と皇女カティアレンの他有力貴族と元老院の代表者数名からなるそうそうたる面々が居並ぶ一室。
師団長とはいえ雑用師団と揶揄されているグットンが冷や汗をかく顔ぶれだった。
とはいえ、思考を鈍らせるわけにもいかない。
部屋は城の中とは思えない簡素な一室。不釣り合いな豪華メンバー。どうにも嫌な予感しかしない。
「報告書によれば、タンデ村の一等国民が忽然と、それも抵抗した様子もなく姿を消したとの事だが、事実かね?」
宰相直々の問いかけに、グットンは努めて事実のみを答えるべく頭を働かせながら言葉を選ぶ。
「抵抗した様子が見られない、という一文に関しては私見ですが、他は事実です」
「魔物の襲撃があったとは考えられないかね。前線にいる魔物は連携を取り、集団で襲ってくることが多いと聞く。件の村は三百人規模であり、魔物の襲撃があれば避難する事も考えられると思うが?」
「村周辺を調査した結果、我々が到着する七日ほど前に仕掛けられたと思わしき魔法具の罠が数点発見されました。どれも作動した形跡がなく、魔物の死骸も周辺で発見できませんでした。また、周辺の村やガッテブーラで聞き込みした結果、七日以内に三百人規模の村人が避難したとの情報も見つかりませんでした」
おかしな話だ。三百人もの人間が移動すればどうしても人目に付く。
だが、非常に厄介なことに、現在の前線の状況を踏まえればありえない話でもないのだ。
勇者に魔物退治を押し付け、帝国軍も冒険者も戦力を温存しながら睨み合っている今の状況では、ガッテブーラや村に人が集中しすぎていて外に出る者が少ないのだから。
このままでは村の住人が何らかの理由で蒸発したとの予測を否定しきれない。
だからこそ、グットンは敬礼して口を開く。
「追加の発言をお許し願えるでしょうか」
「許す」
「ありがとうございます」
皇帝直々に声を掛けられて柄にもなく緊張しながら、グットンは報告する。
「ガッテブーラなどで聞き込みを行ったところ、タンデ村は周辺の少数民族との交流をせず閉鎖的で、余所者が近付くのを嫌っていたとの事。住民が蒸発した今回の事件が発覚していなかったのはこの閉鎖的な気質に問題があったのだと思われます。ここまでは報告書に記載しましたが、三百人もの住人はいなかったとの証言が新たに得られました。私見ではありますが、タンデ村は帝国植民村が人頭税を免除される制度を利用した脱税を行っていたのではないかと思われます」
「面白い話だが、それはないな」
グットンの予想を即座に否定したのは元老院の代表者だった。まだ年若く、向上心を失っていない。帝国人にしては珍しいタイプの男性だ。
「村一つ作って脱税など、手間も費用も掛かりすぎる。加えて、人の目に付きすぎる。魔物との最前線など、帝国軍でなくても人が集まる場所だ。そして、三百人分の人頭税は無視できる額ではないが、村一つ作ってまで免れようとするには金額が小さい。それに、生活の痕跡があったと報告書にも記載されている。そうだね、グットン君?」
「テーブルの上にスープやパンが出ていたのは事実ですが、演出されたような違和感がありまして――」
「それは君の感想だ。報告は事実に基づいて行うべきだ。違うかな?」
元老院代表に重ねて指摘されて、グットンは口ごもる。
確かに、違和感はあくまでもグットンの感想、言い換えれば勘だった。一つ一つ上げていっても状況証拠の域を出ない。
だが、現場を見たからこそ分かる。あの村の生活臭は作為的だった。まるで精巧に作られた舞台でも見ているような、現実感と非現実感が交錯する気持ち悪さがあった。
もう少し調べる時間があれば何か分かったかもしれないのだが、とグットンは内心悔しがる。
その間に、話は先に進んでいた。
「問題は村の住人がどこに消えたか、なぜ消えたかでしょうな」
宰相が眉間に皺を寄せて問題を言葉にする。
「タンデ村が前線にある以上、魔物が第一候補ですが」
「争った形跡がないというのが気になりますな。魔物同様、野蛮な少数民族の犯行とも考えにくい」
「諸部族は魔物討伐後に向けた反抗作戦の準備をしているとの話もあります。このようなあからさまな事件を起こすには時期が悪すぎるでしょう」
「では、何が起こったのか」
時折グットンにも質問が投げかけられるが、話に加わる事は許されていない。もどかしい気持ちを抱えながら成り行きを見守っていると、有力貴族の一人がしかつめらしく発言する。
「勇者の仕業ではありませんか?」
「ほう」
皇帝が興味を引かれたように声を漏らす。
皇帝の反応に気を良くしたのか、有力貴族が体の向きを少し変えて推測を詳しく説明する。
「村人が抵抗する様子もなく忽然と姿を消すなどあり得ません。これは特別な力を持つ勇者による住民拉致と考えれば、状況に符合します。勇者と聞けば、村人も警戒せず村の中へ引き入れたでしょう」
「ふむ。考えられる。皇帝陛下、このような場で報告するのも気が引けるのですが、一点奏上したいことが」
有力貴族の推測に半ば同意したのは元老院の代表者だった。
皇帝が視線を向け、おごそかに顎を引く。
「許す」
「ありがとうございます。ガッテブーラにて勇者と帝国軍の指揮を執っているバリエス将軍からの報告によれば、かの勇者たちは常日頃から勇者であるにもかかわらず、魔物との戦いに諸部族や高貴な帝国民が加わらない事に不満を漏らしているのです。動機は十分にあるでしょう」
もたらされた情報に、グットンははっとする。
この話の流れはまずい。直感がグットンに警告する。
しかし、この場でグットンに発言は許されていない。
皇帝が難しい顔で考え込んだ矢先、宰相が口を開く。
「勇者が不満を漏らしているというのは城の中でもかねてより問題視されておりました。帝国に対する反抗心があるのでは、と。前線に派遣した間諜によれば、将軍の指揮を外れて別行動している勇者の一団も確認されています。この一団が犯人とは考えられませんか?」
「将軍の指揮を外れて? それは指揮を無視しているという事か?」
険しい顔をした皇帝が問い返すと、宰相が深く頷きを返す。
この話に驚いた様子で部屋の面々が顔を見合わせる中、元老院代表がさも深刻な問題に直面したと言わんばかりの顔で発言を求める。
「勇者は非常に強力な、言い換えれば危険な戦力です。命令無視など、常態化すれば取り返しのつかない事態になりかねません。これは、タンデ村の失踪事件に関わっていようといまいと、ゆゆしき事態です。バリエス将軍の指揮能力を疑いたくはありませんが、勇者との意思疎通がうまくいっていないのではありませんか?」
「それもありますが、仮に勇者がタンデ村の失踪に関わっているのなら帝国の信頼を揺るがす大不祥事です。今の状況でバリエス将軍の任を解いて帝都に呼び戻そうものなら、反抗の機会をうかがっている諸部族がここぞとばかりに失踪事件を喧伝してまわるでしょう」
有力貴族の一人が意見すると、皇帝の眉間のしわが深くなった。
話が進むにつれ、勇者を統率できていないバリエス将軍の更迭は既定路線となり、後任を誰にするかという話にずれていく。
「――勇者たちと面識があり帝室に連なるカティアレン様であれば、勇者たちの監督を行う事が出来るでしょう。もとより、慰問に向かう予定だったのですから、バリエス将軍の更迭を勘ぐられる事も少ないのでは?」
元老院代表の言葉に、何人かが同意する。
宰相が裁可を仰ぐように皇帝を見た。
「良いだろう。カティアレンならば勇者の反発もいくらかは和らぐだろう」
皇帝の決定に異を挟む事など、グットンにできるはずもなかった。
部屋を後にしたグットンは早足に城の中を歩く。
目まぐるしく思考しながら、城の書庫に入ったグットンは、司書に声を掛けた。
「帝国植民村の一覧のような物はないか? 村を興した人物や団体の名が分かる物が欲しい」
「申し訳ありませんが、そういった資料は担当の者以外にお見せできない決まりでして」
「……そうか。ありがとう」
それだけ聞ければ十分だ、と心の中で続けながら書庫を出たグットンは少し考え、寄り道することに決める。
足早に目指すのは城にある倉庫だ。雑用師団と呼ばれる第二魔法師団の長だけあって、どこにあるのかも、何があるのかも知っている。
倉庫に入ったグットンはざっと見まわしてから目当ての物を見つけ、鞄に忍ばせると倉庫を出た。
「発覚すれば始末書ものだよ、まったく」
苦笑しながら、グットンは城を後にする。
「――師団長、調べがつきました」
城を出てすぐに、疲れた顔をしたレュライに声を掛けられた。
グットンの表情を見てレュライはため息を吐く。
「皇女殿下がどうかしましたか?」
「そっちも皇女殿下に繋がったか」
前線に戻るために早足で馬房に向かいながら、レュライに報告を促す。
「タンデ村についてどうだった?」
「発足は五年前。発足者はなんてことのない人物ですが、例のカティアレン皇女殿下と懇意にしている商会から多額の融資を受けていたようです。住民として登録されているのも商会の従業員ですね」
「それ、どこで調べた?」
「男社会ですから、城の女性は横のつながりが強いんですよ」
「ぞっとしない話だ」
肩を竦めるグットンに、レュライは城での事を聞く。
「お偉方に囲まれて涼しくなったが、勇者と帝国軍の指揮権を得たカティアレン皇女殿下の笑みで寒くなったよ」
タンデ村失踪事件はカティアレンが指揮権を得るためにでっち上げられたものだろう。良いように片棒を担がされたことを腹立たしく思うと同時に、村の発足が五年前という事実にぞっとする。
「さっさと前線に逃げるぞ。帝都にいると殺されかねん」
勇者を取り巻く事態はカティアレンを中心に回っている。
五年前、あるいはそれ以前からカティアレンは現在の状況を作るために動いているのだ。
「勇者の指揮権を得るだけではなく、現在前線にいる第二騎士団と第一魔法師団を含めた指揮権を得る。ここまではカティアレン殿下の狙い通りのはずだ。だとすれば、その戦力をどう使う?」
帝国皇室は男系相続だ。女性であるカティアレンに継承権は存在しない。
そして現在、カティアレンは現在の帝国の戦力の過半数の指揮権を得ている。
さらに、勇者召喚に魔力を使用したため、現在帝都の防衛に使用されている巨大な魔法石はその魔力貯蓄量を大幅に減じている。つまり、帝都の防衛力は低下している。
カティアレンは今まで、少数民族が戦う前線へ肝煎りの商会を通じて支援をしていた。つまり、少数民族の支持を獲得しようとしていた。
レュライが首を横に振る。
「明言するのははばかられますね。しかしながら、まずは魔物の討伐をするはずでは?」
「だろうな」
帝国への反発心を持つ少数民族が素直にカティアレンの味方をするはずはないが、現皇帝よりはましだと考えるだろう。
そうでなくとも、帝国内で潰しあってくれるのならば漁夫の利を得るため後に動けばいい。その間に後方を脅かすことになる生き残りの魔物の掃討を行えるのだからちょうどいい。
第一魔法師団から派遣されてきた間者であるカレアラム。今は杉原に殺害されて故人だが、杉原殺しを婉曲に命じただろうカティアレンとのつながりを考えると、現在前線にいる第一魔法師団はカティアレン派と見做すべきだ。
「デムグズでの帝室命令書の件もありますね」
「あれに書かれていたのも皇女殿下の名だったからな」
そして、第一魔法師団は貴族が主体だ。家にまで影響が及んでいるのなら、事態の深刻さは計り知れない。
グットンは先ほどの会議を思い出す。
「元老院まで取り込まれている可能性が否定できないな」
「皇帝陛下への直訴は?」
「一介の師団長の意見が直接通ると思うか?」
「無理、でしょうね」
諦めたように言うレュライに、グットンも頷きを返した。
無理だと思うからこそ、こうしていち早く逃げを打っているのだ。余計な事を知ったグットンは部下ともども消される危険性があると判断していた。
馬に跨り、部隊に一人の欠けもない事を点呼で確認する。
「急いで前線に戻る。ついてこい」
グットンが馬を駆けさせると、すぐに部隊が続いた。
帝都を出てすぐにグットンは魔法を使用し、部隊の速度を上げる。雑用師団などと馬鹿にされるが、並みの騎士より馬術に秀でている者を選りすぐって部隊を編成している。加えてグットンほどの規模で魔法を使用できるのは師団長でもそうはいない。せいぜい、現在前線に出ている第一魔法師団長エンズくらいだろう。
並走するレュライが声を掛けてくる。
「これからどうするんですか?」
心配そうなレュライに、グットンは努めて明るく笑って肩を竦めた。
「自分が根っ子から帝国民だといま思い知ったよ。誰が不幸になろうと、それが自分でなければ構わない。国の大事と自分の命、栄えある怠惰な帝国民らしく、自分の命を取るとするさ」
「……では、辞職して冒険者にでもなりますか?」
「まだ前線にバリエス将軍がいる。第二魔法師団が揃って辞職願いを叩きつければ面食らうだろうが、何、バリエス将軍は更迭を受けて傷心だ。受理はせずとも帝都に持ち帰ってくれるだろうさ。もしかすると、バリエス将軍も辞職するかもな」
レュライは後方に続く部下を振り返り、ため息を吐いた。
「ガッテブーラに到着してすぐ、部下たちに辞職を勧めます。第一魔法師団の間者は残るでしょうが、師団長が辞職の意思を示したとなればみんな察するでしょう」
「上意下達とは、良い軍隊の見本だな」
「皮肉を飛ばさないでください」
レュライに睨まれたグットンは快活に笑って前を見据える。
辞職はしても、この舞台を下りる気はさらさらなかった。
切り札はまだ生き残っているのだから。




