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逆襲途中でクラスごと勇者召喚された虐められっ子だけど、今度こそは!  作者: 氷純
第三章 一人でも生きる覚悟

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第三話  森の外縁部

「おかしな村だね」


 ガッテブーラを出発して森へ向かう勇者連中を避けて、僕たちは近くの村を訪ねていた。

 帝国軍の動きを探るのが目的なので、訪れたのは帝国の植民村だ。

 植民村のはずだった、というべきかもしれない。


「無人です」


 サラが耳をそばだてて報告してくれる。

 人口三百人の植民村だったはずだけど、人っ子一人いない。真新しい家がいくつかあるけれど、中を覗くとほこりが積もっていた。長い間放置されてきたらしい。

 最前線だけあって魔物の襲撃を受けて住民が避難したまま帰ってきていないのかもしれないけれど、その割にはどの建物も綺麗に残っている。


「補修された痕跡があるのです」

「新しい?」

「補修時期までは分からないのですよ」


 ユオナが指差す場所を覗いてみる。魔物の硬い殻で擦ったらしい石壁の傷跡を白い漆喰で埋めた跡があった。


「コウ様、魔法具の罠が仕掛けてありました」

「どこ?」


 サラが見つけた魔法具は村の周囲を囲むようにめぐらされた塀の外にあった。明らかに村の外敵を排除するための物だ。


「機能しているのです。多分仕掛けられてから十日も経っていないのですよ」


 魔法石の大きさと蓄積量、残留している魔力量で仕掛けられてからの日数を算出してくれたユオナに礼を言い、僕は村を振り返る。


「何かあるね、これは」


 無人のこの村を防衛する意味が果たしてどこまであるのか。魔法具は高価な代物だから、無人の村を守るために仕掛けるのはもったいない気がする。

 どんな裏があるのやら。

 僕たちは村を後にして森の中へ入る。

 勇者ことクラスメイトが森のどの辺りで戦っているのかは、ガッテブーラで帝国軍が公開していた。冒険者との同士討ちを避けるためと言っていたけれど、おそらく近付いて戦力を推し量ろうとする冒険者をスパイと見做して殺すための言い訳だろう。

 ただ、勇者側が冒険者との敵対姿勢を取っていないため、冒険者が殺害されたという話は聞こえてこない。

 森の中は意外にも静かだった。

 サラが周囲の音を拾って索敵をしているけれど、魔物の反応はないらしい。


「最前線の魔物は連携を取って襲ってくるって聞いたけど、勇者の相手で忙しいのかな?」

「火事場泥棒のようで気が引けるのです」

「ちょっとだけ同意」


 森はかなり深い。奥の方に魔物が蔓延る渓谷があるとの事で、そこに魔物の生産施設があると目されている。

 勇者たちも安全を確保しつつまっすぐ森の奥へと向かっているらしい。


「本当に、まったく魔物と出くわさないなぁ」

「勇者の中にいる魔眼持ちが討伐の効率を上げているです。奇襲が効かない魔眼持ちは軍の中でも特殊な地位を与えられるくらい重宝されるのですよ」

「魔眼か。よりにもよって番川なのがなぁ」

「厄介な人なのですか?」


 ユオナに訊ねられて、僕は番川を思い出す。


「事なかれ主義だけど決して損はしない立ち回りを心掛けている人物、かな。だからこそ、勇者や帝国軍の内情について情報不足な今、番川がどう立ち回るのか予測できない」


 僕を殺すことが自身の利益につながると考えれば、番川は自身の手を汚さないように立ち回りつつ僕を殺そうとするだろう。田宿あたりがストッパーになるから、基本は傍観者の立場に徹すると思うけど。


「今のうちに要注意人物を教えておくよ」


 僕は鞄からカメラを取り出す。内部データにクラスメイトの写真が入っている。

 最初はこいつだろう。僕は眼鏡をかけた男の写真を表示する。


「まずは大飯田。頭の回転が早い。適性は魔法使いだった。顔もいいから女子に人気があって、リーダーシップを発揮できる。多分、勇者連中の魔法使いを束ねる立場になってると思う」

「コウが頭の回転が早いと評価するのですか」

「僕はそんなに頭がいい方じゃないよ。思考の瞬発力も並だと思う。その点、大飯田は理詰めで最適解を出すのに長けている。まぁ、大局的な視野は欠けていると思うけど」


 集団をまとめるためのバランス感覚が優れている。半ば敵対する形の相手でも衝突を回避する立ち回りをするのも特徴か。

 ただ、自分の理屈や計画通りにいかないと不機嫌になるタイプでもある。自分の考えが最適解だと信じて疑わないのだ。能力が伴ってなかったら自滅する性格だろう。


「鉢合わせたら危ないけど、大飯田の能力はせいぜい勇者間の調整と帝国との折衝でキャパを越える。遠巻きにしている分には脅威にならないね」


 帝国軍から補佐役が付いている場合もあるから、油断はできないけど。それに、僕の逆襲を受けた事で視野が広がっている可能性もある。


「次がこいつ、戸江原。適性は身体強化だけど、魔法にも適性がある。画鋲を仕掛けたりするのが大好きな性格だから、戦う時は暗器を警戒した方がいい。魔法を使った搦め手もやるだろうね」


 性格は陰湿。やや計画的だけど所々に穴がある。その穴を突いて、僕はカメラに戸江原の犯行の一部始終を収めた。


「運動部の仲間を中心にしたグループを形成していた。今は大飯田と協力しているはずだけど、発言力の低下や下剋上を恐れるタイプだから身体強化に適性のあるグループをまとめて発言力を維持していると思う。大飯田も戸江原の性格は分かっているから、配慮して領分を侵さない」


 大飯田と戸江原はクラスの中心的な存在であり、二大巨頭だった。ぶつからなかったのは大飯田が戸江原に配慮していた点が大きい。

 戸江原も大飯田との正面対決は避けたかったものの、自分の力を誇示せずにはいられずに僕をいじめる事で発散していた。


「最後がこいつ」

「女の子なのです」

「性格が顔に出ていますね」

「サラは鋭いね」


 僕が表示した写真に写っているのは桃木だ。明るい茶髪を地毛と言い張って校則を無視していた女子生徒である。


「写真の髪は茶色だけど、今は多分黒に戻ってる。または、帽子を被って隠してるはず」

「髪の色が変わるのですか? 特殊な体質とか?」

「染めたり色を抜いたりしているだけだよ」


 なんでそんな事をするのって聞かれても、知らないよ。似合ってもいないのによくやるなって思うくらいだし。


「名前は桃木。回復魔法の適性があるらしい。性格は考え無し。直情径行の単純思考。でも、カリスマ性があるから女子の中心人物でもあった。半ば恐怖政治だけど、集団をまとめる実力もある」


 僕を真っ先に殺そうとするだろう暴力犯だ。日本で僕を階段から突き落とす殺人未遂事件も起こしているし、財布から金を抜き取る窃盗犯でもある。人間らしいまともな思考を期待するだけ無駄な危険人物だ。

 そんな桃木が回復魔法適性なのは幸いというべきだろう。魔法を併用した直接的な攻撃手段を持たない桃木は僕に対して自分で手を下すことができない。

 回復魔法のせいで勇者内での発言力は大きいと思うけど、桃木は性格が危険なだけで実質的な脅威度が低い。最悪、こいつを拉致ってしまえば勇者たちの内部関係がガタガタになる点でも狙い目だ。

 まぁ、まとめて日本に送還するつもりだからあいつを拉致するつもりは一切ないけど。


「この三人と魔眼持ちの番川が要注意。他の勇者連中も危険だけど、自己判断で行動できる奴は稀だから今は気にしなくていいよ」


 自分で物事を判断できるタイプのほとんどはイジメ傍観組だった。番川のように事なかれ主義だからこそ手を出さなかった面もあるため、僕を見つけても直接殺しにかかってくる可能性は低い。判断が遅れるだろうから、さっさと逃げを打てば戦闘を避けられる。

 勇者についての情報を教えていると、サラが不意に足を止めた。


「コウ様、魔物がいます」

「数は?」

「七匹。ジャグジャグです」

「多いね」


 ジャグジャグは僕の魔力で即死しない魔物だからあまり相手にはしたくないんだけど、こればかりは仕方がないか。


「ユオナ、魔法具は?」

「準備できてるのですよ」

「分かった。まずは僕が出てジャグジャグの魔法を引き付ける。サラはユオナを護衛しつつ、ジャグジャグを端の方から片付けていって」

「分かりました」

「目に物見せてやるのです」


 サラやユオナと別れた僕は魔力を準備しつつジャグジャグが待つ地点へと歩く。

 向こうもすでに僕らに気付いている。待ち伏せていたのだろう。

 森の中の開けた場所に出る。伐採場か何かだったのか、新しい芽が出た切株があちこちにある。

 七匹のジャグジャグは僕が森から出てくるなり石の棘を無数に撃ちだしてきた。


「相変わらず混乱する見た目だね」


 一匹に付き十個ある頭はゲシュタルト崩壊を誘ってくる。それが全部で七十だ。滅茶苦茶気持ち悪い。

 石の棘を打ち消した僕に驚いた様子のジャグジャグが左右に展開する。僕は付かず離れず、距離を保ちながら魔力でジャグジャグの魔法を打ち消し続ける。


「ムキになっちゃって」


 余裕の僕に業を煮やしたジャグジャグたちが魔法を連続で放ちだす。石の棘に始まり溶岩のような丸い塊、螺旋を描いて進んでくる熱湯や熱せられた砂を含んだ強風。

 全部効きませんけどね。魔法で形作っている以上、僕の魔力で無効化できる。熱風だけは森に引っ込んで躱すけど。


「――喰らうのです!」


 僕に集中していて周囲への警戒が緩んでいたジャグジャグたちの右側から、魔法具が放り投げられる。ユオナが投げ込んだ魔法具はジャグジャグたちの中心に落ちるや否や魔法を発動した。

 魔法具を起点に周囲へと瞬時に鉄条網が伸びていく。鉄条網はジャグジャグに触れるとその体に巻き付き始めた。

 ジャグジャグが拘束を逃れようと暴れ回る間に魔法具が次の機能を発動する。鉄条網が赤熱したかと思うと、パチッと何かが弾けるような音がして閃光を放った。

 ジャグジャグの動きが止まる。不自然な形で硬直したジャグジャグは次第にその体を弛緩させて十個の頭部を地面に落とした。触手部分もデロリと力なく垂れ下がっている。


「えげつないね」

「シュグラート族の魔法具は世界一なのです」


 腕を組んでドヤ顔を決めるユオナが放った魔法具は、鉄条網で敵を拘束後に電気を流して感電死させる効果を持っている。魔法石同期技術がなければ不可能な量の魔力消費が玉に瑕だけど、効果は大きい。


「やっぱり魔法があると違うね」

「魔力消費が大きいのです。あまり多用は出来ないのですよ」

「分かってるよ。普通の魔物なら僕の魔力で即死するし、そうでなくても一体くらいなら二重強化したサラの投石で仕留められる」


 僕たち三人組は結構バランスが取れた戦力だ。


「それにしても、森が深いね。今どの辺りなんだろう」

「半分も来てないと思うですよ」

「生産施設のそばまでくれば魔物の気配も増えるはずです。この辺りは先ほどのジャグジャグしか魔物がいない事を考えると、生産施設まではまだ遠いと思います」

「出直そうか」


 無理は禁物だから、と僕たちは来た道を引き返した。




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