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逆襲途中でクラスごと勇者召喚された虐められっ子だけど、今度こそは!  作者: 氷純
第三章 一人でも生きる覚悟

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第一話  実家に帰らせていただきます

 森の奥が騒がしくなってくる。

 僕は投げナイフを取り出して魔力の準備をしながら森の奥を見つめ、耳を澄ませる。

 枝を折り、藪を掻き分けて走ってくる何か。熊以上に大きいだろうその体格が木々の隙間から覗き見えた時、サラの声がした。


「コウ様!」


 声が聞こえた瞬間、僕は魔力を張り巡らせる。網目状に広げた僕の魔力に触れて、サラが追い立ててきた魔物は足をもつれさせて転倒し、地面を削りながら滑ると木の根を支点にぐるりと半回転して背中を地面に打ち付けた。

 魔物の悲鳴は聞こえない。呼吸も止まっているようだ。


「サラ、出て来ていいよ」

「はい」


 魔力を収めた僕にサラが近付いてくる。さっそく魔物の解体を始める僕のそばで血の臭いに誘われた獣や魔物を警戒しながら、サラが声を掛けてきた。


「そろそろガッテブーラに行きますか?」

「最近、そればっかり訊くね」

「それは、その……」


 困ったように口ごもるサラに、僕は肩を竦めた。

 勇者がガッテブーラに到着したという知らせを聞いてからすでに一カ月。僕、サラ、ユオナの三人はガッテブーラのそばにある廃村に身を隠していた。

 ガッテブーラを最前線の拠点として、北西に広がる森の中。魔物の生産施設があると言われているこの森の中にある廃村だ。つまり、僕たちは人類圏を外れて魔物の領域となった場所にいる。


「ガッテブーラに行くのは送還魔法陣ができた後だよ。いまユオナが頑張ってくれているから、それを待ってからになるね」


 勇者がガッテブーラに入った後の動向はよく分からない。森の外縁部を探索して魔物を狩って回っているようだし、帝国軍もガッテブーラに入ったというから、僕を殺しに来たというわけでもなさそうだ。

 出くわせば確実に殺しにかかってくるとは思うけれど、僕がこの森に潜んでいる事すら、あのケダモノ連中は確信を持っていない。先手はこちらが取れるのだ。

 問題はどこで仕掛けるか。

 魔物の解体を終えてサラと手分けして持ち、廃村へと帰る。

 途中で襲ってきた魔物は僕が投げつけた破魔ナイフをひらりと避けた際に身体強化がほどけて即死した。


「やっぱりこのナイフは使えるな」


 当たらなくても近くに投げつけただけで相手に致命傷を負わせるから、物陰に隠れた相手にすら効果がある。

 とはいえ、ジャグジャグを含む何種類かの魔物は身体強化を使わないから破魔ナイフも効果が薄い上に、この辺りの魔物は攻撃を仕掛ける瞬間まで身体強化もせずに息を殺している場合が多い。

 身体強化を使用すると息も深く早くなるため、位置がばれ易くなると経験的に学んでいるらしい。


「おかえりなのです」

「ただいま」


 廃村の中にある比較的原形をとどめている家に僕らは間借りしている。

 ユオナはざっと表面を整えただけの切株をテーブル代わりに、魔物の素材に魔法陣を刻み込んでいた。

 すでに送還の魔法陣の理論は完成している。しかし、クラスのケダモノ連中を相手にする以上、素直に魔法陣の上に乗るはずがない。

 この問題を解決するため、魔法具の形で遠隔発動するのだ。

 僕らが召喚された時だって、学校に魔法使いがやってきたわけではなく魔法陣が足元に展開してこの世界に召喚された。あれと同じ形の遠隔送還である。


「どんな感じ?」

「有効範囲はどうしても狭くなりそうなのです」

「具体的には?」

「うーん」

 これくらい、とユオナが示す範囲は、言葉通り広くはない。おおよそ、半径十メートル。四十人からの人間を一度に収めるにはかなり限定的な範囲だ。相手が協力的であれば支障はないけれど、クラスのケダモノ連中が僕を信用するはずもない。

 なにより、この効果範囲は僕の身をも危険にさらす。四十人の敵がいる半径十メートルの空間へ飛び込まなくてはならず、送還魔法の発動時には僕の魔力を完全に体内に収めておかなくては送還魔法そのものが発動しない。


「僕だけ単独で送還できない?」

「出来ないとは言わないのです。ですが、残った自分達だけで他の勇者を送還できるとは到底思えないのですよ。帝国軍の目を盗んで、なんて条件まで付くので不可能だと思うです」

「そこまで二人にお願いするわけにもいかないしね。二人はこの件に無関係なんだから」


 となると、僕がどうにかするしかないか。

 こちらの手の内を知らないとはいえ、ケダモノ連中にだって頭はついている。こちらの動きはある程度予測されているはず。

 どうしようかな。

 思考を巡らせながら、僕は竈に火を入れて料理を始める。

 ユオナが作ってくれた方がおいしいけれど、魔法具作りに一生懸命になってくれている彼女に料理まで押し付けるのは申し訳ない。


「今日の夕食は何にするんですか」


 興味津々でサラが僕の手元を覗き込んでくる。まな板の上に川魚を発見するとサラの尻尾が大きく左右に揺れた。


「今日はムニエルにするよ」


 この魚の名前が分からないけれど。

 皮は予め削いでおく。別個に調理すると皮がべっちゃりしなくて済むのだ。

 手間はかかるけれど、美味しい料理を食べるために手を抜いてはそれなりの物しかできはしない。

 それに、ユオナの手料理を食べた日からサラの味評価がちょっと辛口になってきている。手を抜くわけにはいかないのだ。

 ユオナがなんかいつも勝ち誇った顔をして僕の事を見てくるんだよね。


「出来たっと」

「出来たのです」


 僕がムニエルに輪切りしたレモンを添えるのとユオナが魔法具を完成させたのほぼ同時だった。

 サラが僕とユオナを見比べつつ拍手する。


「お疲れ様。じゃあ食べようか」

「反応が薄いのです! 帝国の極秘魔法を解読して応用して魔法具を作り上げたこの功績をもっと称えるべきなのです!」

「凄いと思うよ。でも、お腹が空いたんだ。詳しい説明は食事中にでも」


 僕が提供した召喚魔法陣の資料があるとはいえ、たった一カ月で逆の効果の魔法陣を組み込んだ魔法具を作るのは一級の職人仕事だと僕でも分かる。それこそ、シュグラート族でもなければ難しいだろう。


「師匠なら二日で解析して三日で応用して四日で魔法具の大量生産をしてるのです」

「送還魔法陣なんて大量生産してどうするのさ」

「物流が活発になって行商人が飢え死にするのです」

「だめじゃん。行商人に使ってもらいなよ」


 というか、世界間の移動だけじゃなくてこの世界内での移動にも使えるのか。いや、魔力の問題があるからそううまくはいかないのかな。

 シュグラート族の魔法石同期技術でもない限り、と注釈がつくけど。そう考えると凄い技術だったんだなぁ。

 食事をとりながらユオナの説明を聞く。


「有効範囲は半径十メートル。この範囲内であれば障害物の有無は問わないのです。壁越しに巻き込む事も出来るのですよ」

「それは良いね」


 奇襲に成功すれば、壁越しに巻き込んで戦闘を回避しながら日本への帰還に成功する。


「これは召喚魔法陣にもある仕様なのです。全裸で召喚されなくてよかったのですよ」

「うへぇ」


 それは確かに嫌だ。


「もっとも、この魔法陣は偶然完成した物だと思うのです」

「どういうこと?」

「どういうことも何も、調べれば調べるほど無茶苦茶やっているのですよ。この魔法具を見てほしいのです」


 そう言ってユオナがテーブルに置いた送還用の魔法具は手の平サイズとまではいかなくとも、召喚魔法陣の大きさからは想像もつかないほど小さなものだった。


「こんなに小型化できるほど無駄が多いのです。数百年前に作られたとしても技術不足以前のお話なのですよ。素人が木切れを数枚投げたらたまたま本棚ができちゃった、くらいのお粗末さなのです」

「ユオナなら改良できるって事?」

「シュグラート族の魔法具職人なら誰でもできるのですよ。ただ、帝国の魔法具や魔法陣に携わる人でも可能なはずなのです。魔力を浪費している点を考えても、おそらく、帝国の中枢でさえこの魔法陣は極秘なのです。改良以前に見ることすら叶わないのだと思うのですよ」

「まぁ、技術流出を防ぐには誰にも見せないのが一番手っ取り早いもんね」


 コクコクと頷くユオナの隣でライ麦パンを食べていたサラが話に加わってくる。


「曲がりなりにも使用できる魔法陣に中途半端に手を加えて使用不能になるよりはそのまま残した方がいいかもしれません」

「国家の危機に使用するような魔法陣だから、原理は分からずに使いまわしているって事か。まぁ、研究そのものはされているかもしれないけど、手を加えるのは厳禁って事かな」

「試験しようにも魔力の消費量が多すぎるのです。研究対象にするには国家規模の費用と魔力が必要なのですよ」


 数年がかりで地脈から魔力を汲み上げて使用する魔法陣だし、研究が進まないのも当然かな。

 でも、そうなると不思議な事がある。


「僕らを召喚した帝国の皇女は、この世界で僕らが死ぬと元の世界では存在しなかったことになるって言ってたよ」

「その皇女は嘘つきなのです」


 ばっさり切り捨てたユオナはライ麦パンをちぎってパリパリに焼いた川魚の皮と身を少量乗せると口へいざなう。


「最近はコウの料理に妥協が見えなくなって美味しいのです。それはともかく、魔法陣に元の世界での存在がどうこうなんて作用はないのですよ。もちろん、魔法陣を解析すればそう言った効果のある部分を組み込む事は出来るのです。でも、コウからもらった資料には該当する部分はなかったのですよ。つまり、皇女は嘘をついているのです」

「嘘か。まぁ、あんまり驚かないけど」


 嘘の一つや二つはついているだろうと思う。

 でも、なんでそんな嘘をつく必要があったんだろうか。


「存在が消えるというのは、単純に死ぬよりも恐ろしい事なのです。誰の記憶にも残らないのは、人生で積み重ねたモノの消失で、生きてきた価値の否定なのです。多分、その皇女は勇者が命がけで戦わざるを得なくなるようにけしかけたのですよ」

「尻込みして戦わなくなるとしても?」

「コウがいるから怖気づいて戦いを拒否する権利があるのです」

「絶対服従の奴隷、ですか」


 サラの言葉に、ユオナは不快そうに頷く。帝国のやり口が気に入らないのは僕やサラも同じだ。

 それにしても、色々と考えていくとつくづく僕は邪魔者だったんだなとわかる。


「絶対服従の奴隷って、結局のところなんなの?」

「制度としては犯罪者や税の滞納者に課せられる刑罰なのです。恣意的に運用されていて、今は少数民族が絶対服従の奴隷になってるのです」

「絶対服従というのは?」

「魔法具を用いているのですよ。場合によっては体に魔法陣を刻んだりもするのです。効果は強烈な痛みを与えるもので、拷問具としても使われた歴史があるのです。行動や意志を縛るほどの効果はないですが、廃人になりかねない痛みを与えられるので結局は言う事を聞くしかなくなるのです」

「なるほど。だから、自主的に戦わざるを得ないように外堀を埋めていくんだね」


 帝都のそばで見た絶対服従の奴隷も不満を溜めこんでいるような表情をしていた。


「コウの存在は帝国にとっても目の上のたんこぶなのです。ここにいる事が知られれば確実に殺しに来るのですよ。なにしろ、今は服従させられている奴隷たちもコウの魔力でちょちょいのちょいすれば反抗勢力に様変わりするのです」

「ちょちょいのちょいって……」


 ずいぶん久しぶりに聞くフレーズだよ。


「コウ様には戦闘能力がない代わりに、帝国の体制を崩壊に追い込む可能性を秘めた魔力があるんですね」

「相手に魔法を使わせないのは十分に戦力なのです。仲間がいる事が最低条件ではあるですが」

「僕としては、極力戦闘を避ける方針だけどね。得る物が少ない割に危険ばっかり大きいし」


 帰還のためには安全策ばかりも取っていられないのが困りものだ。


「魔法具もできたですし、ガッテブーラに向かうですか?」

「そうだね。本格的に情報収集を始めよう」

「そういえば、送還魔法具の名前ってなんていうんですか?」


 サラが訊ねると、ユオナは得意そうに魔法具を掲げて見せる。


「名付けて『実家に帰らせていただきます』なのです!」

「改名しようか。帰省でいいね」

「名付けは製作者の権利なのです! 勝手に味気なさほとばしる略称をつけるなです!」

「長すぎます」

「サラまで!?」



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