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逆襲途中でクラスごと勇者召喚された虐められっ子だけど、今度こそは!  作者: 氷純
第二章 生き残りの宣戦布告

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第十九話 勇者たちの方針

 帝都を出発して一カ月。勇者一行は対魔物の最前線となっている街ガッテブーラに拠点を構えて魔物の討伐と生産拠点の捜索を進めていた。


「番川の魔眼ですぐに発見できると思ってたんだけどな」


 勇者に割り当てられた旅館の一室で状況の確認と相談を兼ねた会議を開くと言った戸江原が、開始早々に不満を呟いた。

 テーブルの上に広げられた地図はあまりにも大ざっぱな物で、作戦会議に使えるような代物ではない。地図を頼りに森へと入った初日に遭難しかけたのは苦い経験だった。

 森の中には舗装道路などもなく、土を踏み固めた細い道があるばかりだったらしいが、地図上に記載されたそれらの道も魔物に踏み荒らされ、耕されて自然に還ってしまっている。

 森の中にいくつかあったという村も、ほとんどが消え失せていた。よくよく探せば住居跡などが草原に埋まっているのかもしれないが、現状では少し開けた森の中の原っぱ程度の認識にしかならない。

 それでも、森の中で視界を確保する事が出来る村の跡地は魔物を迎撃するうえで重要な場所ともなり得るため、番川は今、新しい地図の作成に追われていた。

 戸江原に何も言い返さず千里眼や透視眼で得た情報を地図に書き込んでいる番川の代わりに、大飯田が口を開く。


「魔眼の視力というか、有効射程の問題もある。それに、森の外縁部から見つけ出されるような位置に生産施設があれば、すでに地元の人が見つけているだろ」

「ま、それも言えてんだけどさ」


 大飯田の仲裁で戸江原が矛を収めた直後、桃木が不快感も露わに言葉を発した。


「地元の人が見つけてる? 本気でそう思ってんの?」


 馬鹿にしたような口調だが、バカにしている相手はこの場の面々ではない。それが分かるからこそ、大飯田、戸江原、番川までもが苦い顔をした。

 桃木は足を組み替えながら舌打ちする。


「分かってんなら無駄バナ咲かせんなよ。当てにすんな、あんなゴミ」


 直接的な罵倒を放って、桃木は口を閉ざす。

 悪くなった空気の中和を求めて桃木のそばに居る品原や吉野に視線が向いた。

 こんな空気をどうにかする術など持たない吉野は苦笑で誤魔化したが、品原は桃木の発言に乗っかるように不機嫌な顔で口を開く。


「ちょっとあれはないっしょー。当人意識ってーのがなくない?」


 ガッテブーラの住人に対して不満を持っているのは桃木だけではない。反討伐派は帝国が杉原を殺す代わりに魔物の討伐に参加する事を決めていたが、ガッテブーラの住人の態度を見てから傍観組を中心に次第に方針を元に戻しつつある。


「この際だから聞いちゃうけどさー、森でこの世界の人とか見た? 一緒に来た帝国の軍人しか見ないんだけど。それも人数少ないしさー」


 そう、ガッテブーラに住む少数民族たちが一切魔物の討伐に出ていないのだ。

 それどころか、食糧などの物資の値段を吊りあげ、帝国軍や勇者に渡さないようにしている。そのくせ、街ですれ違う際には「期待しているよ、勇者様」などと裏表のない笑顔で声を掛けてくるのだ。

 街中に留まった冒険者たちは街の施設や商店のそばを離れず、帝国軍を警戒している様子も見かける。

 態度がちぐはぐで何を考えているのか分からない不気味さを感じるとともに、命がけの魔物退治を異世界から召喚した勇者に押し付けて楽をしているようにしか見えない。

 討伐派が反討伐派への鞍替えを考えるほど、ガッテブーラの住人は協力姿勢を示さないのだ。

 とはいえ、それをこの会議で指摘しても無意味である。この世界の住人に魔物の討伐を期待しても意味がないというのは、もはや勇者全体の共通認識なのだから。


「品原さん、それくらいにしよう。会議の本題から逸れてるよ」


 吉野が注意すると、品原は「はいはーい」と適当に言って欠伸した。

 話が打ち切られて、あからさまにほっとしたような空気が会議室に流れる。空気の変化を感じた桃木が舌打ちした。

 桃木がまた不満を言う前にと、大飯田が話を戻す。


「番川、杉原は見つかったか?」

「さぁね」

「……やっぱり、この件では協力してくれないか」

「しない。俺は傍観組だ。加担組に協力しないし、邪魔もしない」


 きっぱりと宣言する番川に桃木が強い視線を向ける。番川の隣に座っていた田宿が腰を浮かせると、吉野が即座に応じた。


「待ちなよ、よしのん。無理やり言うことを聞かせられる相手じゃないっしょ。見たことを報告したか、してないかなんて、他人には判別できないんだしさ」

「こちらも自衛以上の事はしないつもりだ」

「なら手打ちって事で」


 一触即発の空気をあっさりと終らせると宣言した桃木の隣で、品原が柏手を打った。何事かと視線が集まるが、品原は注目が集まったのが不思議なのか、首を傾げた。


「手打ちでしょ?」

「そうじゃねぇよ。よしのん、シナに日本語教えてやって。しばらく学校行ってないから忘れてるっポイわ」

「え、私が?」

「成績良いっしょ。てか、この際だから、教科書持ってる奴で自主的に授業やるのもありかもね。時間の流れが同じだったりしたら、日本も今頃センター試験に向けてラストスパートでしょ」

「うん。受験できるかどうかで焦ってる子も多いよ」

「ま、杉原を殺さないと受験どころじゃないけどさ」


 反討伐派だけあって時間の使い方に余裕がある桃木を横目に、大飯田と戸江原、番川は話を続ける。


「現実的な話、魔物の討伐をやっているのは俺たち勇者だけで、帝国軍もあまり参加してない。原因が分かる奴はいるか?」

「少数民族の反乱を警戒しているって見方があるな。実際、俺たちと一緒に来た将軍も現場指揮を取らずにガッテブーラで待機してる。二等国民呼ばわりしているだけあって、帝国と少数民族で軋轢があるんだろう」

「勇者に対して中立なのは救いか。番川、将軍は俺たちの事を危険視してるか?」


 大飯田の質問、番川は首を横に振り、千里眼で定期的に監視して得た情報を話す。


「危険視しているというより、使える駒くらいにしか考えていない節がある。作戦会議の様子を盗み見た事があるけど、魔物の討伐状況や出現頻度から見て危険地帯と予想される場所に俺たちを割り当てて、騎士団や魔法師団は討伐が済んだ場所の詳細調査に当てているみたいだ」

「まぁ、騎士共より俺たち勇者の方が戦力的な格が二つは上とはいえ、いい気分じゃねぇよな」


 番川の報告に眉を顰めた戸江原がそう言ってため息を吐く。そして、大飯田の方を見た。


「帰還の方法、送還魔法の件は調べがついたのか?」

「いや、まったくだめだ。極秘って事なんだろうな。召喚の間に立ちいる事も出来なかったのは知っての通りだ。番川の透視眼で召喚魔法陣を丸写ししておいたけど、魔法陣そのものが未知なもんだから手が付けられない。今、傍観組で潜入調査が得意な奴に冒険者ギルドでの情報収集に当たってもらってる」

「どうにかなりそうか?」

「魔法陣について一から学ぶ形になってる。魔法師団の連中も魔法陣や魔法具については教えてくれないしな」

「その辺は軍事機密って事かもしれないが、俺たちを危険視している証拠でもあるんだろうな。魔法陣に関しては調べている事を悟られんなよ?」

「メンバーを絞ってるから大丈夫だろ。それに、帝国への不信感はみんな持ってるんだ。売ったりはしない」

「それもそうか。ったく、杉原の件さえなければ内輪もめ少なかったんだがな。マジで足引っ張りやがってあのクズ」


 悪態をついた戸江原は番川の表情を盗み見る。地図を描いている番川はまるで興味を示さなかった。

 番川の態度から、杉原に味方しないと見て取った戸江原は大飯田を見る。


「俺たちに魔物を間引きさせて、調査は帝国軍。魔物の生産設備を発見したら帝国軍を指揮していた将軍のお手柄って寸法か?」

「いや、勇者の指揮権も将軍が持っているんだから、手柄の問題じゃないんだろう。帝国軍を安全な場所に置いて温存したいのか、もしくは生産設備を俺たちに見られたくない理由があるのか――」

「魔法石じゃないかって思うけどね」


 突如会話に割って入って来た桃木に大飯田たちは驚いて振り返る。


「魔法石ってなんだよ?」

「戸江原は身体強化系で肉弾戦だから馴染みがないだろうけどさ。あたしらや大飯田みたいな魔法主体で戦う場合には魔法石を使うのが一般的らしいんだわ。ま、あたしらに支給されていないのは必要がないからか、持たせたくない理由があるのか」

「魔法石か」


 桃木の予測に信憑性を感じたのか、大飯田は小さく呟くと戸江原に魔法石について説明する。


「魔法陣や魔法具を使用するのに使う、魔力を溜めこめる石らしい。俺たちの召喚でも多大な魔力が必要だったから使ったって皇女が言ってたろ」

「あぁ、そんなこと言ってたな。魔力を溜めこんで魔法陣や魔法具を使用する……あぁ、なるほど。魔物を作り出したカルト教団って奴が壊滅したのになんで未だに魔物が増え続けているのか疑問だったけど、繁殖してんじゃなくて魔法石を使って生み出し続けてるんだな」


 戸江原は説明されていない部分まで理解して、腕を組んだ。


「なぁ、杉原はどう動くと思う?」

「俺たちに復讐するってのは間違いないけど、直接的に殺しに来るって事はなさそうだよな。精霊を遠ざける魔力らしいけど、魔法を使わなければ俺たち側が数で押せる。向こうも仲間を作ったみたいだけど、俺たちがガッテブーラに来てから今まで奇襲を仕掛けてこなかったのもおかしい。手段があるかどうかはともかく、俺たちに先んじて日本に戻ろうとしてるんじゃないか?」

「先に日本に戻ってイジメの証拠をばら撒けば向こうの勝ちになるからな。それで、話を戻すんだが、召喚に多大な魔力を使うなら送還にも同じだけ魔力が必要なはずだろう。そもそも、杉原の魔力じゃ魔法を使えない。つまり、どこかからその大量の魔力を持ってくる必要がある」

「……魔物の生産施設にある魔法石か」

「俺たちが先に見つければ、杉原を待ち伏せできる。逆もそうだけどな。もし待ち伏せされていても番川の透視眼か千里眼で発見は出来るが、教えてくれないんだろ?」

「さぁな」


 言質を取らせるつもりが一切ない返答に肩を竦めた戸江原は大飯田を見た。


「俺たち勇者と、杉原、帝国の三つ巴で生産施設を押さえる競争をやっているようなもんだ。俺たちは帝国の将軍の指揮下に入っている分、身動きがとりにくい。まずいぞ、これ」

「事の本質は日本への帰還に必要なエネルギー確保って話になる。この点では、クラス内でもめる心配がないはずだ。番川、傍観組だって日本へ帰るために必要な事である以上、生産施設の発見に全力を尽くしてくれるよな?」

「それは保証する。俺たち傍観組は日本に帰るのが最優先だ。杉原の生存については二の次、気にしないからな。だから帰還の目途が立ち次第すぐに帰るつもりでいる。杉原が生きていてもだ」

「俺たちの手元に帰還に必要な魔力があれば杉原も姿を見せる事になる。加担組も魔法石の発見を最優先に出来るはずだ。同時に、討伐派としても魔物の討伐は日本に帰るための手段でしかないから問題ない。反討伐派はどうだ? 魔法石の確保を目指して危険地帯に飛び込めるか?」


 戸江原が水を向けると、桃木は吉野をちらりと見てから口を開いた。


「戦闘そのものが苦手って子もいる。足手まといになるくらいならガッテブーラに残した方がいいね。一度相談する事にはなるけど、自主参加の形に結論を持って行くから、あたしは参加するよ。シナとよしのんはどうする?」

「あ、いくいく」

「行くよ」

「つーことで三人は確保。てか、戸江原たち的には回復要員のあたしが参加するかが問題なだけで、他はそこまで重視してないっしょ?」

「言葉は悪いが、まぁそうだな」


 回復魔法を使用できる桃木の存在は危険地帯に飛び込む上で必須といってもいい。あっさりと参加を表明してくれたのは戸江原としても助かる話だ。


「じゃあ、生産施設を押さえるために帝国から割り振られた持ち場を離れるメンバーを決めた方がいいな」

「多少のごまかしはするとしても、すぐにばれるだろ?」

「いや、帝国軍は俺たちが担当している危険地帯にはまず立ち寄らない。森に入った後で別れれば簡単にはばれないはずだ」

「それもそうか。じゃあメンバーは――」


 メンバーの調整を始める戸江原たちの後ろにある窓を見て、吉野は内心でため息を吐く。

 戸江原たちは気付いているのだろうか。

 勇者として訓練を受けて森の魔物と戦っている自分たちですら、回復要員が居なければ無理が出来ない。

 だというのに、戸江原たちは杉原が森にあるだろう生産施設に辿り着くと想定している。

 訓練を受けていない。魔法が使えるわけでもない杉原一人が、自分たち勇者の総合力を上回っている可能性を考えているのだ。

 日本にいた頃は想像すらしなかっただろうに。

 だが、吉野は指摘しない。

 このクラスの中で、杉原の実力を公に認める事は禁忌なのだ。

 杉原は弱者であり、貶めてもいい存在であり、排除すべき外敵でなくてはいけない。

 それこそがこのクラスの結束なのだから。




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