第十八話 倒錯勇者の見世
帝都では華やかなパレードが行われていた。
勇者たちの出発を記念してのパレードであり、同時に帝国軍が本腰を入れて魔物の討伐に臨む事を周囲に知らしめる目的もある。
それだけに、礼服に身を包んだ騎士たちの後ろを華やかな衣装を纏った魔法師団が続いていく。
第一魔法師団を表すその旗は朱色の生地に金糸の刺繍が施された豪華な物であり、団員が貴族で占められていると如実に表していた。
しかし、通りに詰めかけた人々の目的は騎士団でも魔法師団でもない。
「――来たぞ!」
誰かが道の奥を指差して知らせると、一斉に子供たちが背伸びをする。大人たちの背中ばかりで見えもしないパレードに不満そうに頬を膨らませた子供を、近くにいた父親らしき男が持ち上げた。
「ほら、見えるか?」
「勇者!」
母親が後ろの見物人に平謝りしているのも知らず、子供は無邪気に通りへ手を振る。
通りの中央を馬車が進んでいく。箱馬車の天井部に出られる特別な造りの馬車は、それに乗る勇者たちから選挙カー呼ばわりされていた。
通りを埋め尽くす人だかりに頬を引きつらせる者、冷たい視線を注ぐ者、興味を示さない者、調子よく手を振りかえして黄色い声を浴びる者。一口に勇者といってもその反応は様々だった。
そんな中で、吉野は積極的に手を振っていた。
同じ馬車に乗っている大飯田と桃木に視線が向かないように。
「……騎士団は協力してくれるのか」
大飯田がメガネのレンズを拭きながら呟く。
桃木は面倒臭そうに通りを埋め尽くす人々を横目に睨み、大飯田に頷いた。
「話はまとまった。あたしらも杉原殺しには協力する。その見返りに魔物との戦いもいくらかは協力する。それで取引成立っしょ?」
「あぁ。いい話を持ってきてくれた。正直、クラスメイトの中で杉原殺しをするとなると押し付け合いになりそうな気がしていたんだ」
「そりゃ、杉原を殺した実行犯と周りにいた奴って区別になって爪弾きになるんだから、地球に戻っても安心できなくなるっしょ。同級生に売られるかもだし?」
人の視線を気にしたのか、桃木が帽子の位置を神経質に確認する。桃木はもっとましなデザインの帽子なかったのか、と舌打ち交じりに呟いた。
「実行犯をこの世界の連中に任せられるなら、あたしらで互いの様子見しなくて済む。あたしら反討伐派もこの件に関しては感謝してるし、見返りが必要だっていうから戦闘に参加する。チームの割り振りは後で話を持ってきて。反討伐派で再検討するから」
現在、クラスメイトは様々な立ち位置でグループが形成されていた。
魔物討伐に積極的に貢献し、地球への早期帰還を目指す討伐派。反対に、この世界のために命を掛ける義理が無いとして安全を確保したい反討伐派。
桃木は反討伐派の旗頭だが、杉原の殺害に帝国側が乗り気になった事で態度を軟化させた。さらに、反討伐派も消極的に討伐戦に参加するように意見をまとめた。
流石にクラスの中心人物なだけはある。実に速やかに意見調整が行われたのだった。
態度を軟化させて協力体制を築いたとはいえ、それでも桃木は未だに反討伐派の筆頭であり、クラス全体のパワーバランスの要となる人物だ。
討伐派の中心にいる大飯田も桃木の発言力を無視できないのか、言葉選びが慎重だった。
「基本的に、反討伐派は反討伐派だけでチームを組んでもらうつもりだ。そっちの方が互いに動きやすいだろうからさ。ただ、戦いたくないって奴もいるだろ?」
「いるね。どうしたって生き物を殺すのは無理って子。傍観組の奴らが多い」
「だよな。討伐派はそう言うのがいないけど、杉原殺しに関しては難色を示しているのも多い。ポーズだと思うんだけど」
大飯田と桃木が懸念しているグループは、傍観組と呼ばれる者達だ。
大飯田、桃木、吉野の三人が属しているのは傍観組とは異なる加担組と呼ばれている。
分類方法は杉原に対する虐めに参加していたか、見て見ぬふりをしていたか。もっと言えば、イジメの証拠を押さえられているかいないかだ。
地球に戻った後の人生に大きな影響が出る杉原の生存に難色を示し、どうあってもこの世界で殺害したい加担組に対して、傍観組は冷ややかだ。表立った対立はないものの、いざという時に杉原を逃がそうとするのではないかとも懸念されている。
しかし、吉野が見る限り、傍観組もクラス内に亀裂を生んでまで杉原を逃がすとは思えなかった。殺害に関与するような動きはしないだろうが、逆に妨害する動きもない。文字通り、事態を傍観するだけだ。
「傍観組の中心は番川か田宿なんでしょ? 大飯田って番川とは仲良くなかったっけ?」
「今でも仲は良い。あいつは討伐派だし、つるんでる時間も多い。ただ、傍観組としての一線は絶対に越えてこない。多分、杉原を魔眼で見つけても報告しないだろうな」
「だめじゃん。番川の魔眼で探さないと見つからないんだからさ。協力させろって」
桃木が不機嫌に突っかかるが、大飯田は首を横に振る。
「いじめにも参加しなかったのに、殺人なんて人生を棒に振りかねないことしないだろ」
「はっ。つっかえないなぁー」
舌打ち交じりに呟く桃木を大飯田が睨む。その視線が癇に障ったのか、桃木の視線も鋭くなった。
「なに?」
「その番川が第一魔法師団の協力を取り持ってくれたとしてもか?」
「……どういうこと?」
初耳の情報に、吉野は思わず振り返りそうになるのを堪えて通りの人々へ手を振りつづける。
しかし、全力で聞き耳を立てていた。
大飯田が桃木へ身を乗り出す。
「番川の魔眼に新しい能力が増えた。心理眼、心をある程度読めるらしい」
「は? きもいんだけど」
「対象の魔力量がかなり低くないと作用しないらしい。俺も城の文献で調べて確認した。勇者は皆魔力量が桁外れに多いから、番川でさえ読めるクラスメイトはいないだろうな」
「ま、そんならいいけど。それで?」
「第一魔法師団から三部隊、前線の街へ派遣されて帰ってきた。その時に杉原の姿と女子が二人一緒にいて、三部隊のうち二つを返り討ちにする心象風景を読み取ったらしい」
「番川の奴、帝国の動きを嗅ぎ回りすぎてんね。殺されんじゃないの?」
言葉使いこそ荒かったが、桃木は番川を心配しているようだった。
意外に思ったのか、大飯田も言葉を途切れさせたが、桃木の視線に促されて続きを話し出す。
「読み取れたのは杉原とラッガン族とか言う少数民族の女の子、もう一人は分からないらしい。ただ、心象風景を見る限り魔法師団が杉原と戦って返り討ちにあったのは間違いない」
「初日の、副師団長殺しの件で復讐にいって返り討ちとか?」
「まぁ、そんなところだろうな。心象風景を読み取れるだけで、何を考えているのかを文章化できる魔眼じゃないらしいから、心を読むというより記憶を覗くって形の方が近いんだろう。だから、解釈が間違っている可能性もある」
「それでも、事実として杉原の屑と戦ったならあたしらと協力できるかもって話ね。つーか、第一魔法師団は貴族だけで出来てるんでしょ? 前にいるアレなわけだし」
馬車の向かう先、このパレードの先頭集団のやや後方に位置する集団を顎で指して、桃木は気乗りしない様子で唸る。
「使えるなら使うべきだけどさ」
「戦力は多い方がいい。調べたところだと、ラッガン族っていうのは肉弾戦が得意な少数民族らしいから、杉原の前に立たれると厄介だ。露払いに魔法師団がいれば楽になる」
「まぁ、いいけど。杉原が死ねばそれで解決なんだし」
話は終わり、と桃木が足元を指差す。馬車の天井であり、桃木たちの足場にもなっているその板は分厚く、作りが頑丈なのか揺れもない。
「あたしは中に引っ込む。ここの連中見てるとイライラすんの。自分で戦えばいいのにってさ」
「みんな同じことを思ってるよ。俺たちはこの世界に拉致された被害者って意識はみんなどこかに持ってる。でも、協力しないと日本に帰れない」
「はいはい、真面目ちゃんだねー」
適当な言葉を返して、床にあるつまみを持って馬車の中への入り口を開く。床下収納される気分、と冗談か分からない言葉を呟いて、桃木は馬車の中に引っ込んだ。
呆れたような目で見ていた大飯田が吉野に声を掛けてくる。
「疲れないのか?」
「二人が大事な話をしているのは知ってるから。私、これくらいしかできないし」
「そっちじゃなくて、桃木とかと一緒にいると疲れないのかって」
「あぁ、そっち」
苦笑を浮かべ掛けて、建物の二階から見ている子供の視線に気付いて表情を繕う。
「桃木さんって口が悪いけど、仲間思いなんだよ。私も危ない所を助けてもらったし」
「前に喧嘩してたろ?」
「杉原君の事を庇うのかって話でしょ? あれは私が悪かったって思うよ。桃木さんは、私が杉原君を殺す邪魔をすると思ったんだと思う」
「敵扱いされかけたのか」
「そういうこと」
吉野の隣に立った大飯田は帝都の巨大な門を横目に見て距離を測りながら、人々へ手を振り始める。
「吉野さんは傍観組に付くと思ってた」
「私、杉原君の事をいじめてたもん。傍観組じゃいられないよ。大飯田君もそうでしょ?」
「まぁな。俺自身の事もそうだけど、クラスのみんなのためにも杉原はこの世界で排除しないといけない」
「うん」
身勝手な決意表明で、利己的な悪意の所在をクラス全体に隠そうとする。最大多数の最大幸福、そのための犠牲を作るだけだと言い聞かせる。
罪に向き合う勇気すらない。
「――勇者様、魔物やっつけて!」
何も知らない子供の応援に、吉野は大飯田と共に手を振った。
みんなのために戦いへ赴く勇者のつもりで。




