第十七話 方針決定
デムグズを離れて山中深くに身を隠した僕たちは、追手が来ていないのを確認して野宿を決定した。
ついでに身の上話をつらつらと。
「サラは忌子でコウは殺されかけて逃亡中の勇者……珍しい組み合わせなのです」
「ユオナも人の事は言えないと思うけどね」
僕の指摘に同意するように、サラもコクコクと頷いた。
「それにしても、勇者なのですか。実在してたのですね」
「おとぎ話だと思ってた?」
「勇者と呼ばれる人物がいた事実までは疑わないのです。でも、異世界から召喚された勇者は信じられないのです」
「コウ様が目の前にいても、ですか?」
「いえ、目の前の存在まで否定するほど盲目的じゃないのです」
「私には異世界出身もこの世界出身も変わらないと思えますけど」
不思議そうに首を傾げるサラに、ユオナは照明用の魔法具を指差して説明する。
「魔法には魔力が必要なのは知っての通りなのです。異世界から人を、それも数十人も連れてくる大規模魔法は人の手に余るのです」
「過去にも召喚された異世界の勇者がいるくらいだし、魔力の効率がいい魔法なんじゃないの?」
燃費的な意味で。
「その可能性を否定する材料はないのですが、そんな技術があるのなら帝国がすでに少数民族を滅ぼし尽くしていないとおかしいのです」
「召喚魔法限定って考え方もできるけど、ユオナの口ぶりだと他に解答を用意してそうだね」
水を向けてみると、ユオナは頷いた。
「巨大な魔法石で地脈から魔力を吸い上げるのです」
「あぁ……」
そういえば、召喚初日にカティアレンも同じことを言っていた。どうにも、カティアレンの言葉は信用できなかったけれど、あの発言に関しては真実だったらしい。
僕は召喚初日の事を説明する。
あの時、カティアレンは二年がかりで魔力を集めて魔法を発動したと言っていた。
「二年がかりなのですか」
「事実かどうかは分からないけどね」
「事実だとすれば、帝国が魔法石同期技術を持っていない以上、特大の魔法石が必要なのです。でも、一体どこからそんな物……」
巨大な魔法石は戦略物資になるほど貴重だというから、確かに気になるところだ。
ユオナと一緒に出所を推測していると、サラがおずおずと意見を表明する。
「あの、単純に帝都防衛用の魔法石を利用したのでは?」
「魔物が跋扈している今、帝都防衛の要になる魔法石を使うはずがないのです。二年分の魔力なんて、魔法石がほぼ空になってしまうのですよ。もしそれを使っているとすれば、今の帝都は無防備なのです」
ユオナはすぐにそう否定したけれど、僕はサラの推測に同意する。
「あり得ない話じゃない。何しろ、帝都周辺の魔物は前線に近いデムグズと違って小型で弱いモノばかり。前線は少数民族が食い止めていて、選民思想の強い帝国民は前線の犠牲を気にしない。二年くらいなら前線が持つと判断したんだと思う。それに、今なら少数民族は魔物への対応で精いっぱいだから、無防備になった帝都を襲撃できない」
そもそも、魔物が跋扈して二正面作戦を強いられたから、メイリー族は帝国に和平を持ちかけて突っぱねられたのだ。
つまり、帝国は少数民族が魔物の対処に追われている今のうちに先々に必要な戦力へ魔力を投資する余裕がある。
「帝都から動かすことができない巨大な魔法石に頼って少数民族全滅後に魔物と戦うより、質はまちまちだとしても遊撃戦力として動かせる勇者を召喚して備えた方がいい。前線が二年持つなら防衛能力も回復する。戦略上は悪くないと思う」
カレアラムも「――いずれ絶滅するでしょうが、その頃には勇者様方の準備も整っていますから実に都合がいいでしょう?」なんて言っていたっけ。
ユオナは渋い顔しつつ、僕の説明に理解の色を見せる。
「心情では理解したくないですが、帝国人の選民思想と戦略上の達成目標を考えると理屈はあってるのです。腹立たしい奴らなのです」
「サラも良く気付いたね」
「いえ、そこまで深く考えていたわけではないです」
謙遜しつつ照れているサラにユオナが妹でも見るような目を向けている。歳は大して変わらないし、言ってしまえばユオナの方が見た目は小さいけれど。
焚火に枯枝を放り込み火箸で位置を調整しつつ、僕はもう一つ思い出したことを二人に話しておく。
「僕を殺そうとしたカレアラムがもう一つ、気になる事を言っていたよ。扱えない勇者は今後の計画の障害ともなりえるって」
「今後の計画、ですか?」
「障害になるという予言は確実に当たっているのです。自分がここにいるのが証拠なのです」
「誇らしそうだね」
魔法石同期技術を手に入れようとした帝国の思惑を潰したのは確かだけど、それはユオナ自身の覚悟の賜物だから、誇らしく思うのは間違っていないのかもしれない。
ただし、この解釈の場合は予言が当たったと言えないから、ユオナの言葉は自己矛盾をきたしているわけで。
まぁ、いいや。水を差すのも悪いし。
「問題は帝国の計画ですね。少数民族全滅後に魔物の対策に乗り出すというのが作戦だとしても、扱えない勇者は野に放てばいいだけで、計画の障害になるとは思えません」
サラが話を本題に戻してくれる。
そう、わざわざ僕を殺す必要があるとも思えないのだ。
「コウ様を殺そうとしたのは、計画の全貌を知った時に妨害してくると思ったから、なのでしょうか?」
「自主的に妨害するかと聞かれると、多分僕は動かないね。帝国が僕の人となりを知っているとは思えないから、万が一を恐れたとも解釈できるけど」
「でも、コウは魔法が使えないのです。国家規模の計画を妨害できるほどの実力があるとは流石に思えないのですよ。魔法を打ち消す特殊性を危惧したとしたら、扱えない勇者、という表現が出てくるのも疑問なのです。カレアラムとか言う人の言葉からは、勇者という戦力そのものに危機感を抱いているようなのです」
確かに、勇者は戦力だ。別の勢力に利用されないとも限らない。でも、僕は戦力としてはかなり下の方に来そうだ。
僕の何を危険視したんだろう。
「他の勇者に計画を話す、でしょうか?」
「それならどこで接点を持たれてもおかしくないからあらかじめ殺しておくという考え方にも納得なのです。それに、コウが少数民族に亡命後、酷い扱いを受けていた勇者を救出して逆襲する、なんて話もありえるのです」
「――そっか。僕がいると勇者を奴隷化できないんだ」
酷い扱い、という言葉で思い出し、思い付いた仮説。
帝都を出る時、僕は馬車の中から絶対服従の奴隷とやらを見た。
勇者を絶対服従の奴隷にすれば扱えない勇者なんて存在しなくなるはずなのに、なぜ召喚後すぐに奴隷化しなかったのかも疑問だった。
皇女のカティアレンは護衛の騎士まで引き連れて勇者を警戒していたのに、結局、奴隷化には踏み切らなかった。僕のような存在が混じっている可能性を危惧していたのならあの対応も納得できる。
「絶対服従の奴隷は魔法陣を利用しているのです。コウの魔力なら完全に無効化できるのですよ」
ユオナも僕の仮説を補強してくれたけれど、表情は晴れない。疑問が氷解した時の晴れ晴れとした表情ではなかった。
「でも、コウのように魔法を打ち消す魔力の存在は知られていないのです。魔法を使えないのは生物として致命的なのですよ。コウを前にして言うのははばかられるのですが、淘汰される存在なのです」
「この世界では淘汰されても、異世界でもそうとは限らない。僕らが三回目の勇者召喚である以上、過去にも僕のような人がいた可能性がある」
「これ以上は水掛け論になるですね。料理が出来たのです」
ユオナの家を出る時に持ち出したありあわせの食材で作ったサンドイッチが配られる。
サンドイッチを食べつつ、思考を巡らせる。
色々と考察はしてみたけれど、結局のところ目的は変わらない。それに、ユオナに身の上話をしたのには別の理由がある。
「ユオナ、召喚魔法陣がある以上、送還魔法陣もあるよね」
「逆にすればいいという単純な物ではないですが、可能だとは思うのです。でも、多大な魔力が必要になるですよ」
「魔力の確保は今後の課題としても、送還の魔法陣だけでも開発できないかな?」
「無茶苦茶言ってくれるのです。そんな大規模魔法陣を一から開発しようとしたら孫の代までかかるですよ」
子供はすっ飛ばすんだね。この過酷な世界で僕の寿命が続いている保証がどこにもないし。
――とはいえ、一から作るわけでもない。
僕は鞄から手帳を取り出す。
「ここに召喚魔法陣の正確な写しがあるとしても、孫の代までかかる?」
「……物があるなら解析して、異世界への接続方法を読み取ればすぐに作れるのです」
すっと細めた職人の目になって、ユオナが請け負う。僕はユオナが伸ばしてきた手に手帳を渡した。
ぺらぺらとめくって目的のページに辿り着いたユオナは魔法陣を見つめて口を開く。
「こんなに複雑怪奇な魔法陣、本当に正確に写してあるですか?」
「正確さは保証するよ。映像記録があるから、そっちを見せることもできる」
召喚当初、僕はクラスの連中に逆襲している最中だった。
当然、証拠映像を奪おうとしたり、問答無用で殴り掛かってくる短慮な輩もいると思い、逆襲中の映像記録や音声記録も取っていた。謝罪する奴がいたら、謝罪していない奴らへの報復で巻き添えを食わないように謝罪したという事実証明も必要だったからだ。
まぁ、本来の目的を達する事は出来なかったわけだけど。
それでも、召喚された時に足元に浮かんだ魔法陣や、召喚された場所などの映像を記録できたのは大きな成果だ。
魔法陣を見つめていたユオナが顔を上げる。
「多少の時間はかかるですが、送還魔法陣を作るのは難しくないのです。魔力については一人分なら魔法石同期技術で確保できない事もないのです」
「なら、魔法石の購入資金を稼ぎつつ、送還魔法陣を完成させるのが当面の方針かな」
僕も魔法具を作る必要が出てきてるし。完成しなかったら諦めるけど、時間があるなら挑戦すべきだろう。
ユオナがサラを見るように僕へ目配せしてくるのを無視して方針を決定する。
「帝国の目から逃れるためにもしばらく身を隠す場所を探さないと。前線なら廃村もあると思うからそれを利用しようか。魔法具で罠を張ったりすれば安全は確保できそうだし」
サラの索敵能力や遠距離からの魔法攻撃を無効化できる僕の魔力もある。捨ててもいい拠点を構築するのには適した布陣だ。
異論が出ないのを確認して、僕は地図を広げた。
もうだいぶ前線に近付いている。最前にして最大の拠点はガッテブーラと呼ばれる街だ。
ソットでの訓練を終えたケダモノ連中が派遣されるとすれば、おそらくはこのガッテブーラだろう。
ならば、ケダモノ連中の動向を監視する意味でも、ガッテブーラの近くに拠点を構えたい。
地図を眺めながら、夜は更けていった。




