第十六話 脱獄者の宣戦布告
「無事に人質を手に入れたければ、道を開けてもらおうか」
わざわざ声を張り上げる必要もなく、僕たち三人を見た帝国軍の魔法使いたちは動揺も露わに互いの顔を見合わせていた。
僕は左腕でユオナを拘束しつつ、右手に持ったナイフを突きつける。僕の背後に立つサラは周囲を警戒しているはずだ。
ユオナは姿を隠して生活していたから、シュグラート族の秘技を知っている魔法具職人だと分からないかもしれないと危惧していたけれど、杞憂だったらしい。
「まて、その少女は魔法具職人か!?」
確認のためだろう、偉そうな髭を整えた男が問いかけてくる。
「うるさい、状況から推測できるはずだよ。早く道を開けて。さもなければ、この足手まといの首を掻ききって君たちを突破する」
「で、出来ると思うのか?」
「出来ないと思ってるの? こちらはわざわざ怪我する危険を冒したくないから提案しているだけで、やろうと思えば君たち全員無力化する事も出来るんだよ」
偉そうな男は不快そうに眉を寄せた。
面倒臭いな。
「道を開けろ。そして動くな。そうすれば、この魔法具職人を拘束した上で木の根元に放置する。なんなら、一人付いて来てくれる?」
僕が魔法使いたちを見回すと、判断を仰ぐように偉そうな髭の男へ視線が集中する。
「……道は開けるな。たかが三人。それも若者ばかりで一人はラッガン族だ。栄えある第一魔法師団の一員たる諸君が臆するような相手ではない」
「やっぱり、知らないんだね」
薄々気付いていたけれど、僕が逃亡した勇者だと知らないらしい。近接戦闘が可能な騎士がいないからおかしいと思った。
それとも、カレアラム同様、僕を舐めてかかっているのか。
僕の腕に拘束されたまま大人しくしていたユオナが身じろぎする。
「帝国なんかに捕まるくらいなら殺された方がましなのです!」
「おっと」
僕が付きつけていた刃に自分から当たりに来たユオナから、僕は刃を遠ざける。
素早く魔法師団の動きに注意するが、動きはない。地下通路からの増援を待つつもりだろう。
僕は帝国魔法師団を見回す。
「君たちは魔法石同期技術が目的でこの子を狙ってるんだろ? 家にあった関連資料は僕が燃やしてきたから、今はもうこの子を無事に確保する以外に同期技術を手に入れる術はないよ。もう一度聞くけど、道を開けるつもりはない?」
「お前たちがその子を引き渡す保証がどこにある」
「ごもっともだね。ただ、ラッガン族は元々魔法具に適性がないから、この子の持っている技術は僕らには無価値だと判明したんだ。この子は人質以上の価値がないって事。その上で、この子を引き渡せば君たちは自殺しないか見張るためにも人を割かないといけないし、僕らを追跡するのが難しくなる。ほら、引き渡さない理由なんかないでしょ?」
見定めるように僕を見つめる髭の男性はイライラしているのか、魔法石が付いたステッキで地面を突き刺し始める。
「元々貴様らに興味はない。興味があるのは魔法石同期技術だけだ」
「なら交渉成立だと思うんだけど?」
「ラッガン族ではない貴様が魔法具を使えないとは思えん」
「第二魔法師団副長カレアラムを殺したのが僕だとしても?」
「……な、なんだと」
驚いたように目を瞠った髭の男が僕をまじまじと見つめる。
そして、何かに気付いたように杖を構えた。
「貴様、逃亡勇者のスギハラ!?」
「呼んだ?」
おどけて見せると、魔法師団が全員ステッキを構えて後ずさった。
僕も有名になったモノだ。悪名だけど。
「なぜ、貴様のような輩がこんなところに? いや、そうか、魔法具に頼ろうとして――精霊に疎まれる魔力の持ち主と聞いたが相当な不便を囲っているようだな」
「まぁね。そんなわけで魔法具も使えないと分かったから、この子は用済みなんだ。ついでに、君たちじゃこの子を無事に僕から確保するのが難しい事も分かってもらえたと思うんだけど、魔法の余波だけで人質を傷付けないように僕を無力化できる?」
「……くっ」
僕の指摘に、髭の男は悔しそうに黙り込む。
「さぁ、前提条件は成立してると分かったでしょう? 取引は成立だよね?」
「ふざけるな。栄えある第一魔法師団が貴様を見過ごせるはずがない。いや、それ以前に、その小娘は貴様の仲間ではないのか? 自らの安全を確保するために仲間を引き渡すとは思えん」
「仲間の勇者を見捨てて逃亡中の僕にそれ言っちゃう?」
あいつらを仲間と思った事なんて一瞬もないけどね。
けれど、僕の言葉と立場は確かな説得力を持って彼らの耳に届いたらしい。
なおも逡巡する彼らに見せびらかす様に、僕はユオナの手にナイフを握らせようとする。
「自殺って根性がないと中途半端に深手を負って長く苦しむんだ。でもさ、それって救命する側にとっては幸いだよね。だから、中途半端に自殺してごらん。僕たちは君に救命措置が取られている間に逃げるからさ」
「――ま、待て!」
説明台詞を喋った甲斐もあって、髭の男が声を挟む。
「分かった。取引しよう。だが、拘束はこの場でやってもらう」
「地下通路からの増援がもうすぐ到着するのは分かってる。これ以上の時間稼ぎに応じるつもりはない。今すぐ道を開けろ」
要求を突っぱねると、髭の男はステッキを強く握りしめながら、周りに合図した。
魔法使いたちが二手に分かれ、道ができかける。
「敵に挟まれた道を歩くのはごめんだよ。右に寄って」
僕が指差すと、魔法使いたちがぞろぞろと移動する。
「もっと固まって。物を投げるつもりでしょ?」
「くっ調子に――」
「黙って従え」
ナイフを見せびらかせると、歯ぎしりしそうなほど僕を睨みながら一か所に固まる。
僕はユオナの背中を押して歩き出す。サラが伏兵を警戒して耳をそばだてていた。
僕も警戒しつつ魔法師団を睨む。百人弱で押し競まんじゅうしている男たちって凄く気持ち悪いなぁ。目を逸らしたくなるほどに。
さて、もういいかな。
僕はユオナに目配せして、左腕をユオナから離す。
「――なっ!?」
ユオナが解放された事で嵌められたことに気付いたらしく、魔法師団が一斉に動き出す。最初から僕を疑っていただけあって、出だしは滑らかだ。
けれど、遅い。
魔法師団がステッキを構えて魔法を使おうとした瞬間、ユオナがそれを投擲した。
「一昨日きやがれなのです!」
ユオナが投擲したのは小さな魔法具だ。正面に対して魔法で生み出した石の刃を無数に射出する効果がある。
ただ、片手で収まるサイズだけあって効果範囲はさほど広くない。
魔法師団が素直に固まったのも、手で隠せる程度の魔法具の威力はたかが知れていたからだろう。
魔法師団が魔法具を無視して魔法を行使する。
「フォールダウン!」
百人弱の声が揃う。
地面に巨大な穴が開いた。深さはそれほどではない。穴に僕らを落として逃げられないようにする作戦だったのだろう。
「え?」
百人いる魔法使いのうちの誰かが足元を見て戸惑ったような顔をする。
そりゃあそうだ。相手に仕掛けたはずの魔法が何故か自分の足元に炸裂してるんだから。
魔法使いたちの姿が一瞬で消える。地面に開いた穴の中へと落ちていく。
ユオナが穴を眺めつつ、呆れたような溜息を零す。
「間抜けなのです」
「無効化は想像してたんだろうけど、反射されるとは思わなかったんでしょ」
わざわざ効果が限定される魔法具を投げたのは奴らの反撃を誘発するため。
奴らを一か所にまとめたのは、僕の魔力で作ったドームの中に収めるため。
反撃に繰り出した魔法が発動した瞬間、僕の魔力のせいで行き場を失った精霊たちが魔法の発動をしたままドーム内にとどまり、奴らは自滅するという作戦だったのだ。
一度試してみたかったんだけど、こうも綺麗に決まるとは思わなかった。魔力がもっと増えたら実用的かな。
どうせ、クラスのケダモノ連中も魔法を使えるようになってるだろうし、この技を知れば即死するような魔法を放てなくなるだろう。
さて、本題に移ろうか。
僕はユオナを見る。
「地下通路からの増援も来るから、早めに済ませなよ」
「はいです」
ユオナは一歩踏み出し、穴の中へ声を掛ける。
「卑劣な手段でシュグラート族を殺した帝国に宣戦布告するのです」
ざわざわと穴の中で無謀な宣戦布告を嗤う声が聞こえてくる。
ユオナは動じることなく、深呼吸を一つ挟んでから続けた。
「今さら帝国が理不尽にシュグラート族を滅亡させたことを知らしめても意味がないのは分かってるのです。それでも、歴史の一ページにシュグラート族が滅亡した真実を残して、お前たちのような卑劣な悪党に命懸けで抵抗した事を刻んでやるのです」
すっと息を吸って、ユオナは魔法具を穴の中へ放り込む。
「泣き寝入りは止めたのです――報いを受けろ」
穴の中から悲鳴が上がる。
ユオナは穴の中を確認することもなくあっさり戻ってきて、北東を指差した。
「早く出発するのです」
「はいはい。サラ、伏兵は?」
「いません。地下通路の方も罠を警戒しているみたいです」
「そっか。なら、早く逃げちゃおう」
森の中へ走り出しながら、僕はユオナに問う。
「投げ込んだ魔法具ってどんな効果?」
「臭い消しなのです」
「え?」
なんでそんなモノで悲鳴が上がるんだろう。
疑問が顔に出ていたのか、ユオナが解説してくれる。
「宣戦布告を持ち帰ってもらうためにも殺すわけにはいかないのです。けど、戦力としては使い物にならなくなってもらいたい。なので、臭い消しを放り込んだのです。トイレに放り込んで臭いを誤魔化すのが本来の使い方なのですが、言ってみれば臭いを誤魔化せるほど強い匂いを発する魔道具なのです。それがコウの魔力で精霊が密集していてなおかつ匂いが溜まりやすいあの穴の中で発動すれば……」
「異臭騒ぎになるわけか」
説明されてみると結構えげつないな。
「多分、鼻がおかしくなるのです。しばらくは動けないはずなのですよ」
ユオナはそう言って、底意地の悪そうな笑みを浮かべてくすくす笑う。
「なんだか、牢屋から解放された気分なのです」
「あれだけ自罰的な考えをしてたんだから開放感があるのも当然だよ」
「でも、牢屋の中は居心地が悪くて、居心地がよかったのです」
「牢屋の外は?」
「手が届かないくらい広いだけで、さして変わらないのです」
そう言って苦笑したユオナだったけれど、僕とサラを見て楽しそうに笑う。
「でも、牢屋の中と違って一人じゃないのは、戦う上で心強いのです」
「まぁ、たった三人という見方もできるけどね」
「それでも、一人よりはずっとマシなのですよ」
後ろ向きな意見はあっさりと否定された。
ユオナが数歩前に出て、僕とサラに手を差し伸べる。
「これからよろしくです」
「はい。よろしくお願いします」
サラが真っ先に手を取る。嬉しそうに尻尾が揺れて、そばにあった藪と触れて音を立てる。
僕もユオナの手を取った。
「僕が元の世界に帰るまでだけど、よろしく」




