第十五話 被害者にも責任があるのではないか?
呆気にとられているユオナと、僕の言葉にコクコクと何度も頷いているサラ。二人はずいぶん対照的な反応を示した。
「サラはどう思う?」
僕が訊ねるとサラはユオナを見る。お米様抱っこの関係上、サラの視線の先にあるのはユオナの細い腰だった。
「あのままだったら私もこんな風になっていたのでしょうか」
「なりかけてたけどね」
ついこの前まで、サラは忌子だからとやや自虐的だった。それでも、立場に疑問を覚える程度の認識力は残っていたけれど。
ユオナの方がこじらせ具合は上だろう。
「な、何の話をしてるです!?」
「やっぱりわからないかぁ。馬鹿なんだなぁ」
「んな!?」
二度目の馬鹿呼ばわりはユオナの分不相応なプライドを傷つけたらしい。
「言わせておけば、どこが馬鹿なのですか!?」
「はいはい、馬鹿にも分かるように説明してあげるから暴れないで。サラが困ってるでしょ」
地下通路の先を見る。ユオナの昔語りを聞く間に出口に近いところまで来ている。地上にいれば、外へと通じる防壁が見えている頃だ。
流石にユオナの家の庭も突破されているだろう。何人がこの地下通路を進んで追ってきているかは分からないけど、先を急いだ方がいい。
暗い地下通路を進みながら、僕は口を開く。
「話を総合するとさ。ユオナはシュグラート族に拾われて秘技を学ぶ事を許され、その才能に嫉妬したどっかそこらのだれかさんが帝国と共謀して長老会の排除を狙ったけど、秘技を独占したい帝国に裏切られて殺されて、その勢いでシュグラート族が全滅したんでしょ?」
「……その通りなのです」
ユオナが表情を暗くする。
簡潔にまとめただけなのにダメージを受けないでほしい。境遇には同情するけど。
そして、やはりユオナに悪い点は欠片もない。
「あのさ、ユオナは被害者で、シュグラート族も被害者で、才能に嫉妬したドナミンドとかいう奴らは加害者でもあり被害者で、全てにおいて計画を実行して全員を不幸にした加害者が帝国って事になるでしょ」
「でも、自分が居なければ帝国との内通者が出ることはなかったはずなのです」
なおも自虐思考でいるユオナに呆れつつ、説明すると言った手前根気よく続ける。
「被害者が悪いはずがない。ユオナは才能を育ててもらっただけで、それを比べる馬鹿がいただけ。努力する事を否定されていいはずがない。理不尽に危害を加えてくる輩が悪いに決まってる。ユオナは自罰的すぎるんだよ」
虐めなんかでは周囲が被害者に対して自罰を強要し続けたりするし、僕も経験があるけれど、ユオナは一人でよくぞここまでこじらせたものだ。
なぜこうなったのかについての分析もしてみる。
「ユオナはさ。シュグラート族が全滅した理由を自分に転化して心理的に自傷する事で復讐している気になってるだけだよ。倒錯してるんだ」
帝国は強大だ。一人で立ち向かってもまず返り討ちに遭う。だから直接、間接を問わず復讐を躊躇した。
けれど、事件の生き残りとして帝国に復讐する勇気がない事には負い目を感じているのだろう。
「今日の一件から見ても、帝国はシュグラート族を全滅させたことを反省もせず責任を感じた様子すらない。それなのに、ユオナは怒るどころか自殺するつもり? 馬鹿なの? 馬鹿でしょ?」
まぁ、人質としての役には立つけど。
僕の視線を受けたサラが首を傾げる。照明用の魔法具に照らされたふさふさの尻尾がゆーらゆら。
気にしてないならいいや。
ユオナは僕の言葉を聞くごとに視線を泳がせ始める。
僕が内面にずかずか踏み込んだから、整理が追いつかないのだろう。
凄く単純な話なのに。
「そ、それでも、師匠たちが命がけで守った秘技を帝国に知られるわけにはいかないのです」
「だから自分で命を絶つって?」
「そうなのです! これが一番確実で――」
「まだ自罰的なその考えに固執するの? 本当に馬鹿だよね。間抜けだよね。視野狭窄だよね」
悪口欲張りセット。デムグズの人たちほど切れ味鋭くない上にボキャブラリー貧弱だけど。
それでも引き籠りのユオナには分かりやすい方が効果的だ。
ユオナが悔しそうに僕を睨みつけてくる。僕への敵意を感じたサラが無表情で空いている右手を上げてお米様抱っこ状態で逃げ場のないユオナのお尻を叩いた。
能に使う小鼓を打つような仕草で実に良い音がした。
「ひゃっ!?」
ユオナが退けぞる。
涙目でお尻をさするユオナからは僕への敵意が霧散している。それに満足した様子のサラは何事もなかったように平然としていた。
「サラ、すぐに手を出すのはよくないよ」
「すみません、つい……」
素直に反省したサラが虎模様の三角耳をしおれさせる。
気を取り直して、僕はユオナに声を掛けた。
「ユオナが馬鹿だと思う最大の理由が自殺しようってその考え方だよ」
「これが責任の果たし方だと言ったのです。他にあるとでも言うですか?」
「当たり前でしょ」
なんでこんな事を僕が言わなきゃならないのか。これからこの子を人質にしようっていうのに。
まぁ、サラの味方が増えるかもしれないと思えば、僕がこれを言う理由にはなるのか。
「師匠は君を集落から逃がしたんだ。それは、君に生きていてほしかったからだろう。責任を果たしたいって言うなら生き残れよ」
つまらない事を言わせないでほしい。生きるなんて当然のことなのに、言われないと分からない馬鹿がいるせいで。
僕はサラの方をちらりと見る。一瞬しか目を向けていないのにあっさりと目があったサラは、僕が次に何を言うのか期待したように目を輝かせた。
僕はため息を吐きながら、ユオナに問いかける。
「ここで死んで師匠さんたちに今まで受けた善意を台無しにするか、生き延びるか選べ。前者なら僕の嫌いな人間だから勝手に死ね。後者なら、協力してあの囲みを突破する」
地下通路の先に差し込んでいる月明かりを指差す。出口はきちんと偽装した上で光が入ってこないように細工をしてあったにもかかわらずだ。
帝国軍が先回りしている証拠だろう。つまり、この先に帝国軍が包囲網を敷いている可能性が高い。
ユオナも気付いたのか、ごくりと喉を鳴らす。
「サラ、ユオナを降ろして。ここから先は両手が自由に使えないと危険だからね」
帝国は秘技を欲しがっているけど、手に入らないと分かれば他の勢力に技術が流れないようにユオナごと僕たちを殺そうとするかもしれない。
僕の指示に従ったサラがユオナを地面に降ろし、鉈のようにも見える短剣を抜いて臨戦態勢を取る。
「数は、おそらく百人弱です」
「多いね。森の中とはいえ、まともにぶつかりたい数じゃない」
手元にはユオナの地下工房から拝借した魔法具がいくつかあるけれど、これに魔法石同期技術が使われていたら奪われたり解析される可能性があるからむやみに使えない。
上手く包囲を切り抜けるしかない。
「ユオナ、今のうちに決めて」
僕は出口を睨みつつ、ユオナに選択を迫る。
帝国軍との戦闘に突入したら他人として切り捨ててもいいのか、それとも共闘するのか。
ユオナは戸惑いがちに地下通路の前後を確認している。退路なんかないのに。
「生きていたって何かあるのですか……?」
「知らないよ、そんなの。死ぬよりは何かあるんじゃない? まぁ――」
それが良い事とは限らないけどさ。
散々否定したけど、自殺が解決策のひとつであるのも確かだ。僕は選ばないけど、ユオナが選ぶなら勝手にすればいい。
被害者が逃げるのは悪い事ではない。加害者に付き合わないのも処世術としては正しいのだから。
ただ、僕は選ばない。
被害者のみが被害事実を証言できる場合、証言しなければ泣き寝入りだ。
加害者は罰も受けずにのうのうとその後も危害を加え続けるだろう。
事実を知らない周囲の人間は自衛一つ出来ない。
もちろん、被害者が加害事実を証言するのは義務ではなく権利だけど、僕は泣き寝入りはしないと決めた。
だから、あの囲みを必ず生きて突破する。
魔力を放出しはじめながら、僕は破魔ナイフを取り出す。
「ユオナ、どうするの?」
「……どうすると言われても」
今までの自虐的で自罰的な価値観を真っ向から否定された直後だから、ユオナもすぐには考えを固められないらしい。
けれど、闘志がないのは護身用の魔法具に手が伸びていない事からも明らかだった。
サラの耳が動き、地下通路へ向けられる。出口ではなく、僕らが歩いてきた方向だ。
帝国の追手が来たらしい。このままだと挟み撃ちにされかねない。
僕がなおも躊躇っているユオナを見限ろうとした時、サラがユオナに声を掛ける。
「理不尽に立ち向かえなくては、死んでいるのと変わらない。私はコウ様からそう教えられました。帝国の行いは理不尽そのものです。ユオナは死んでますか?」
サラの言葉に、ユオナは――




