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逆襲途中でクラスごと勇者召喚された虐められっ子だけど、今度こそは!  作者: 氷純
第一章 忌子の生まれ直し

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第二話  疎まれ者の真価

 異常だった。

 カレアラムは振り上げられた白い炎の刃を見上げて無力感に膝をつく。


「魔法を打ち消すだけではないのか」

「その程度の認識でいてくれて助かったよ」


 異常を作り出した少年が笑うこともなく言葉を返す。

 カレアラムを見下ろす黒い瞳に感情の色はない。カレアラムに勝った優越感さえ浮かんでいない。


「じゃあね――」







 城を出ると、遠くに太陽が見えた。空は白み始めたばかりのようで、早朝の冷えた空気に鳥肌が立つ。

 城下に広がるのは都市といっていい規模に見えた。どれほどの人口なのか想像もつかない。


「馬車を用意してありますので、どうぞ」


 城門前に停まっている箱馬車を指差したカレアラムがわざわざ扉を開けて中に入れてくれる。

 魔力を動かす練習をしつつ、僕は馬車の椅子に座った。木の板にフェルト生地を被せただけのものでお尻が痛い。

 後からカレアラムが乗り込んできた。密室で二人きりになるのは避けたいところだったけど、ここで文句を言うわけにもいかない。


「出してくれ」


 御者にカレアラムが声を掛けると、箱馬車がゆっくりと動き出した。


「これからどこに向かうんですか?」

「無論、前線です。そうですね、この地図をご覧ください」


 カレアラムが地図を広げて僕に見せてくる。正しく測量されているのか疑問が残るけど、オルガータ帝国の地図らしい。

 どうやらかなり巨大な大陸国のようだ。海岸線から少し離れた内陸に赤い線がいくつか引かれている。


「この赤い線が対魔物の最前線です。オルガータ帝国の北部から東部の一部が押し込まれ、西部には内陸に魔物が跋扈する渓谷を中心とした地域があります」

「この渓谷に魔物を発生させる原因がある?」

「そう目されていますが、近付く事も出来ないようです」


 ――ようですってなんだよ。第二魔法師団副長なのに戦況に関する情報が手に入れられないのか。そんなに高い地位ではないのかもしれない。


「これから向かうのは北部にある港町ソットです。ここはメイリー族が――」

「待ってください。メイリー族とはなんですか?」

「少数部族です。我が帝国になかなか従属しなかった蒙昧な少数部族の一つですよ。魔物との戦いは非常に危険で命がけですから、高貴な帝国民の血が流れる事で皇帝陛下が御心を痛めないよう、最前線には蒙昧野蛮な少数部族を配置しているのです。いずれ絶滅するでしょうが、その頃には勇者様方の準備も整っていますから実に都合がいいでしょう?」

「そうですか」


 まぁ、あんたらの世界の差別とか別にどうでもいい。ただ、オルガータ帝国のやり方が僕と相容れない事は間違いない。

 馬車の窓から覗く城下町は早朝なのにずいぶんと賑やかだ。パンを焼く香ばしい匂いが漂っていて、綺麗な服を着たおばさんがパン籠を抱えてのんびり歩いている。実に平和な世界に暮らしているようだ。滅べばいいのに、こんな国。


「オルガータ帝国の軍は前線にどれくらい配置されているんですか?」

「話を聞いていましたか?」


 怪訝な顔をして聞き返してきたカレアラム曰く、前線には帝国の軍が置かれていない。帝国軍が守るのは帝国の民であって野蛮な少数民族は魔物と殺しあわせて間引きするべきだそうだ。

 故に、帝国軍は帝国民のいる内陸部の周りを固めるように配置されている。

 当事者意識の欠片もないな。召喚された僕ら勇者も少数部族同様に使い潰される未来しか見えない。

 独力で元の世界に帰る方法を考えるべきだ。

 けど、精霊に疎まれる魔力とやらのせいで能動的に魔法を使えない僕が元の世界に帰れるのだろうか。召喚魔法は成功しているのだから、送還魔法も作用しそうなものだけど。

 考えるのは後かな。

 今は目の前の状況の打破を優先するべき。


「カレアラムさん、馬車の御者も含めて戦えるのが二人だけで街を出て大丈夫なんですか? 野盗とか、魔物とか出るんでしょう?」

「帝国の紋章が入っているこの馬車を狙う野盗はまずいません。魔物も帝都周辺にはいませんので、襲撃されることもないでしょう」


 誤魔化し方が下手な人だ。

 帝都周辺も何も、この馬車の行き先は前線って事になっている。前線に近付くほどに盗賊や浸透してきた魔物と出くわす可能性は増えていく。

 裏を返せば、前線にまでいかないこの馬車が襲われることはないって事だ。仕掛けてくるとしたら、帝都を出てすぐかな。それとも、万が一にも目撃者が出ないところまで行くのだろうか。

 僕は気付かない振りをして窓の外へ目を向けた。


「かなり帝都の中心から遠ざかりましたね」

「まっすぐ大門に向かっていますからね。他の勇者様はしばらくの訓練の後に大規模なパレードで送り出すことになっていますが、我々は先遣隊という事で市民にも知らされていません。おかげで、帝都の日常風景をお楽しみ頂ける次第です」


 まったく楽しくないけどね。無関係な異世界人の僕たち勇者に命をかけさせておいて、のんびり井戸端会議してる、他力本願で怠惰なあの生き物を見てもイライラするだけだよ。


「大門が見えてきましたよ」


 カレアラムが進行方向にある巨大な門を指差した。

 本当に巨大な門だ。彫刻の施されたその扉は高さ十メートル近くあり、幅も八メートルほど。鉄製の扉はとても人の力では動きそうにない。

 魔法がある世界なら、あのくらいの扉でも簡単に開閉できるのかもしれないけど。

 大門をくぐると途端に人通りが少なくなった。食料品を満載した馬車の列と行き違ったりもするけど、徒歩の人は見かけない。せいぜいが馬車の護衛についているらしい半裸の男たちくらいだ。

 奴隷だな、あれ。

 僕の視線を追って、カレアラムが顔を顰める。


「奴隷ですね。絶対服従の魔法を施されているからこそああして帝国人のそばで働けるというのにあんな顔をして、恥ずかしい物共です」


 者じゃなく物って言った?

 絶対服従、ね。

 僕は不満を溜めこんでいるらしい奴隷たちを見送った。



 馬車に揺られること半日。日も傾きかけた頃になって馬車は道を大きく逸れて森の奥の開けた場所に停まった。


「本日はここで野営をしましょう」


 カレアラムはそう言って、馬車の扉を手で示す。


「どうぞ、降りてください」


 人気のない場所に到着したので僕を殺しますって宣言にしか聞こえませんけどね?

 今まで攻撃しなかったのもどうせ、帝国の紋章が入った馬車を僕ごときを殺すために壊せない、汚せないとかそんな理由だろう。

 僕は馬車の扉を開きながら、魔力を身体全体から立ち上らせる。半日もあったからずいぶんと扱いに慣れてしまった。

 扉が開き切った直後、外で待っていた御者が僕の右手を掴んできた。


「――っ!?」


 直後、馬車の外に引きずり出される。いや、引きずり出すなんて生易しい物ではなかった。

 身を包む浮遊感を認識すると同時に衝撃に身構え、湿った草を下敷きにしながら転がる。

 僕はそんなに体格がいい方ではないとはいえ、人ひとりを腕力だけで投げ飛ばすってどんな馬鹿力だよ。

 柔道の授業でさんざんやらされた受け身を取っても衝撃を殺しきれず、僕はごろごろと転がった。

 ようやく回転が止まり、すぐに立ち上がって魔力を周囲に放出する。

 余裕がないせいで周囲に万遍なくとはいかなかったけれど、逆にそれが功を奏した。

 僕を仕留めようと剣を構えて走ってきていた御者が驚いたような顔をして足をもつれさせ、地面を転がる。


「ごほっ」


 御者が咳にしては水っぽい息を吐き出したかと思えば、口から血を零していた。

 馬車から出てきたカレアラムが御者を見て目を細め、何が起きたかを理解したのか僕へと視線を転ずる。


「身体能力強化の魔法の使用者へ精霊に疎まれる魔力を部分的に作用させ、強化の解除をする。……なるほど、恐ろしい魔力だ」


 この状況を見ただけで理解するって凄いな。

 身体強化の魔法は文字通りに身体能力を強化する魔法だろう。

 しかし、僕の魔力が触れた部分だけは魔法が解けて通常時のスペックになってしまう。

 結果、御者の肉体は深刻なダメージを負った。

 例えば、心臓が大幅に強化されて通常以上の圧で血を送り出しているのに血管が強化されていなかったら、圧に耐えられずに破裂する。

 いつも以上の速さと強さで収縮する筋肉に対して普段通りの動きしかしない筋肉があれば、筋繊維が断裂する。

 体全体にかけた身体能力強化の魔法を均等に解除されていれば、ここまでの事態にはならなかったと思う。

 カレアラムは御者を見て首を横に振った。


「残念ですが、私は回復魔法を使えません。安静にしていなさい。彼を片付けたら病院へ運びますので」

「へぇ、回復魔法は使えないんだね」

「使える方が珍しいのです。実用レベルであれば一万人に一人もいないでしょう」


 そういうものなのか。好都合だ。

 僕はじりじりと森へ後退しながらカレアラムの出方を窺う。

 カレアラムは腰から杖を引き抜いた。長さ五十センチほどだろうか。先端には赤いルビーのような宝石が取り付けられている。


「魔法を打ち消すのは厄介ですが、これは防ぎようがないでしょう」


 カレアラムが僕に杖の先端を向けた瞬間、白い炎の塊が撃ち出された。

 間違いなく魔法だ。打ち消せる。

 しかし、カレアラムは何か考えがあるような口ぶりだった。

 僕は大事を取って炎の塊の進路から体を外しつつ、精霊に疎まれるという魔力を炎の塊へとぶつける。

 カレアラムは防ぎようがないと言っていたのに、僕が魔力をぶつけた白い炎の塊はあっけなく消えてしまった。

 ブラフだったのかとすぐにカレアラムの次の出方を窺おうとした瞬間、横から熱風が吹きつけてきた。

 反射的に腕で顔をかばったけれど、一陣の熱風が吹きつけただけで何も起きない。


「やはり、副作用は防げないようですね」

「副作用……あぁ、そういうことか」


 魔法で生み出した炎は消せても、伝わった熱を持った風は打ち消せないんだ。多分、周囲の森に延焼した場合はその炎も僕の魔力では消せないんだろう。

 いろいろ実験しないといけないけど、まずはカレアラムをどうにかしないと。

 カレアラムは杖の先端を僕に向けながら、訝しむように眉を寄せた。


「動じませんね。戦い慣れているわけでもなさそうですが、命の危険に鈍感すぎではありませんか?」

「何回か殺されかけてるから」


 動揺はしているし、正直怖いし、死にたくもない。

 だけど、それを表に出したらお前みたいな奴らが喜ぶのを知っている。だから、表情は固定する。

 泣いて命乞いをしたって助かるはずがない。助けが来るはずはない。

 助かりたいなら考えて動くべきだと、僕は虐められて学んだ。


「僕はさ。お前らみたいに他力本願の怠惰な生き物じゃないんだよ。自助努力を忘れずに生きると決めてるんだ」

「なるほど、勇者ですね。ですが、扱えない勇者は今後の計画の障害ともなり得る」


 計画?


「――死んでください」

「っつ!」


 先ほどの炎の塊はただの小手調べだったのか、カレアラムが突き出した杖の先に生じた白い炎は巨大だった。複雑にうねりながら莫大な熱量を周囲にばらまくその炎は、湿っていたはずの雑草を早くも焦がし始めている。

 カレアラムが杖を突き出す。

 白い炎の塊が僕へと一直線に突き進んできた。

 回避は出来る。けれど、連発されたら避けきれない。

 森に逃げ込んでも森ごと焼き払われたらおしまいだ。

 だから、僕はありったけの魔力を体外に放出し、操作する。同時に白い炎の射線上から外れるために足を動かした。

 回避する僕の逃げる先へとカレアラムが杖を向ける。


「何時まで逃げ続けられますかね?」


 杖の先に巨大な白い炎の塊が形成されていく。やはり、連発が利くらしい。

 僕の魔力で発動前の魔法を消されるのを警戒しているのか、カレアラムは僕との距離にも注意しているようだ。

 三度目の炎の塊が撃ちだされる。

 しかし、白い炎の塊は僕へと届く前に空中に制止した。


「――は?」


 カレアラムが目の前の状況に戸惑ったような声を上げる。

 白い炎は僕とカレアラムの中間地点に制止したまま動かない。

 僕は彼の反応に構わずに魔力を操作した。

 白い炎の塊が瞬時に圧縮される。

 カレアラムも理解が及んだのか、目を見開いた。


「まさか、その魔力で精霊ごと魔法を閉じ込めた!?」

「御明察!」


 魔力を食べて魔法を引き起こす精霊が僕の魔力を忌避するというのなら、僕の魔力は精霊が食い破れない網にもなる。

 僕は圧縮したことでまばゆい光を放っている白い炎の塊を剣のような形に成形する。これで振り回すイメージがしやすくなった。

 精霊と魔力の関係を聞き、僕の魔力が精霊に忌避されると聞いて即座に思い浮かんだ活用法は三つ。

 一つは、単純に魔法を消去するもの。

 二つ目は、精霊ごと魔法を捕獲するもの。

 そして、これが三つ目、捕獲した魔法を圧縮、成形して流用する。いわばカウンターだ。

 ただし、どの方法も相手が魔法を使うことを前提にした利用方法でしかない。

 カレアラムが杖に準備していた三発目の炎の魔法を撃ちだしてくる。

 僕は白い炎の剣を振るって表面を覆う精霊が忌避する魔力で三発目を打ち消し、剣の先端の魔力の膜に小さな穴を開ける。逃げ場を求めていた精霊たちが剣の先端から飛び出し、圧縮された白炎の奔流となってカレアラムへ殺到した。


「くっ!?」


 迫りくる白炎の奔流をみたカレアラムが地面に身を投げ出すように回避する。

 すぐに起き上がろうとしたカレアラムだったけど、僕がすでに追撃の準備を整えているのを見て脱力したように腰を落とした。


「魔法を打ち消すだけではないのか」

「その程度の認識でいてくれて助かったよ」


 僕は体格に恵まれているわけでも武術の心得があるわけでもない。

 僕の魔力は精霊に忌避されているから魔法が使えるわけでもない。

 本質的には無力な高校生でしかないのだ。

 だから、身体強化もなしに直接剣で斬りかかられたらあっさり死んでいたと思う。御者が身体強化して襲ってきてくれたのは不幸中の幸いだった。

 所詮、僕の魔力は初見殺ししかできないような中途半端なものなのだ。

 つまり、明確な殺意をもって襲ってきたこいつらを生かしておくわけにはいかない。


「――じゃあね」


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