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逆襲途中でクラスごと勇者召喚された虐められっ子だけど、今度こそは!  作者: 氷純
第二章 生き残りの宣戦布告

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第十一話 お早いお着きで

 ユオナの家に帰り着いて、おつりと貝の干物などを渡す。


「助かるのです。変装魔法で男の子の振りをしても金額を吊りあげられるのであまりお買い物もできないのですよ」

「舐められてるのか」

「むしろ、コウが何故舐められなかったのかが分からないのです」

「コウ様はお店の人と帝国の悪口を言って意気投合してましたから」

「その手があったのですか」

「僕が言うのもおかしいけど、参考にするのはどうかと思うよ?」


 デムグズでの処世術と言われればそれまでだけど、褒められた行いではない。

 食材を仕舞い始めるユオナに声を掛ける。


「街中で帝国軍人が魔法具職人を探していたよ」

「……第一魔法師団、ですか?」


 手を止めたユオナがどこか冷めたような目で窓を見ながら追加の情報を求めてくる。


「第二魔法師団には見えなかったね」

「……知り合いがいるのですか?」

「いや、殺しあっただけ。僕がここにいるっていうのが証拠かな」


 ほっと息を吐いたユオナが作業を再開しながら口を開く。


「注文されていた魔法具を早めに完成させる事にするのです。受け取ったらデムグズを出発する事をお勧めするですよ」

「理由を聞いても?」

「コウには関係がない事なのです」


 ふーん。

 突き放すような言い方の中に何か別の負の感情が混じっている気がした。

 まぁ、ユオナが関係ないというからには関係ないのだろう。


「つまりユオナには関係があるわけだ」


 ユオナが口を閉ざす。

 詮索するつもりはないからどうでもいい。


「確かに、それなら早めに出た方がいいかもね。ユオナは、というかリオンはデムグズの中でも凄腕の魔法具職人だと有名だし、いくら住人の協力を得られない帝国軍人でもこの家に辿り着くのはそんなに難しい話じゃない」


 チンピラを撃退するこの家の庭もかなり有名だけど、罠が仕掛けられていると分かっていて人員にも余裕がある帝国軍なら攻略はさほど難しくないだろう。迎撃用の魔法具も仕掛けられているとはいえ、飽和攻撃で庭を耕されたら罠は無意味になる。


「それで、ユオナはいつこの家から逃げるのさ」

「詮索はよくないのですよ、コウ」

「僕は訊いているだけなんだけどね」

「言葉の裏を探ろうとしてるのです」

「言葉は心を表現するのには不完全な道具だからね」

「心に踏み込むのは無粋なのですよ」

「踏み込むのが駄目なら引きずり出そうか?」


 食材を仕舞い終えたユオナはため息を吐いて、地下工房へと歩き出す。


「魔法具を作ってくるのです。魔法陣については宿題を出しておくので、解いておいてください」

「分かった」


 素直に追及の手を止めると、ユオナは肩透かしを食らったような顔をした後、うっすらとほほ笑んだ。


「夕食には期待しておくのです。腕を振るうのですよ」


 そう言って地下工房へと降りていくユオナを見送って、僕はため息を吐く。

 サラが地下工房への階段を見ながら口を開く。


「どうしますか、コウ様」

「どうって?」

「ユオナさんは助けがいらないみたいですけど」

「そう見えた?」

「え? はい」


 確かに、ユオナは助けを求めてはいない。むしろ邪魔だとすら思っている節がある。

 けれど、帝国軍を撃退できる手段があるようにも、やり過ごす手段があるようにも見えなかった。もしもそんな手段があるのなら、僕らを遠ざけるためにも説明するだろう。


「ユオナは帝国軍に捕まるつもりなんじゃないかな。もしくは自殺でもするのか」

「……え?」

「抵抗する気力のある目には見えなかったんだよね」


 去年、鏡を見た時に僕は同じ顔をしていた時期があった。

 朝起き出して、顔を洗おうとして鏡を見て、登校拒否の四文字が頭に浮かぶ。両親が『引き籠りなんてどんな理由があろうとみっともない。親に恥をかかせるつもりか』と怒鳴るから、追い立てられるように学校へ行く。そんな時期だ。

 えっと、担任の佐々木だったか、学年主任だったか。僕に対して『イジメられるのは本人に責任があるからだ』と言ったのは。どんな罪状だか知らないけれど、イジメは僕に対しての罰なのだから甘受しろという理屈だった。

 あの時期に鏡で見た、理不尽に対して疑問を抱きながらも疲れ切っていて深く考えられない、納得しているようなしていないような曖昧な顔。理不尽を呑みこむために自分が悪いんだと思い込もうとする、退廃的で自虐的な思考。

 ユオナの表情は、あの時に鏡に映っていた僕の顔と似ていた。

 まぁ、僕の考えすぎかもしれない。


「どちらにしても、ユオナが助けを求めてない以上、僕は何もしないよ。死にたいなら死なせておけばいいんじゃない?」

「……コウ様」

「なに?」


 突然真剣な顔をして僕を見たサラが言葉を選ぶように視線を彷徨わせる。

 気長に待つ姿勢を見せると、サラは安心したように目を閉じて言葉を選んでから続けた。


「助けたいから助ける、のはダメですか?」

「駄目じゃないよ。ただ、自殺志願者の面倒を最後まで見る覚悟が必要で、一時的に助けた後で自殺された時の事も考えないと駄目」


 助けたいから助ける。実に立派な志だし、僕はもろ手を挙げて歓迎するし、称賛する。

 ――やりとげられるのならば。


「いいかい、サラ、生きる気力のない奴は自分で立って歩く事もままならない赤ん坊と同じだ。縋りつかれる覚悟が必要で、何より守り切れる実力が必要なんだ。実力がなければ共倒れになって、双方ともに不幸な結末しか待っていないからね」


 そして要救助者が二人に増えるのだ。


「そういう意味で僕は誰かを助けられるほど実力はない。加えて、生きる気力のない奴を見るとイライラするから助けたいとも思わない。でも、サラは僕とは違うから、好きにすればいいと思うよ。僕は元の世界に帰るつもりだから、縋ってくる奴は振り払うけど」


 サラは困ったように考え込み始める。

 サラの人生をどう使おうとサラの勝手だ。考えて悩んで答えを出すなら責任も取れるだろう。

 僕はいつでもこの家を出られるように荷物の整理を始めるべく部屋へ向かった。



 夕食に呼ばれてリビングに来てみると、テーブルの上にいくつもの料理が並んでいた。


「本気を出してみたのです」


 鼻高々に仁王立ちするだけあって、ユオナの手料理は盛り付けセンスまで含めて抜群の完成度だった。変装魔法に『どっかそこらのだれかさん』なんて名称を付けた子と同一人物とは思えない。天は二物を与えないのか。

 水で戻した貝のヒモとエリンギのようなキノコ、ニンニク風の食欲をそそる香りにバジルが緑を添えている。盛り付けに使われた陶磁器の皿は縁に朱色の線が一本入ったシンプルな物で、主役である料理を引き立てている。

 他にもポテトサラダみたいなものや貝出汁のお吸い物、魔物のひき肉とカブで作ったグラタンのような料理ムサカなど、手の込んだものもある。

 僕よりも料理スキルが高そうだ。


「このパン、自分で焼いたの?」

「パン焼きの魔法具くらい自前で作ってあるのです」


 地下工房の隅にあるらしい。

 食べてみると、パンはややしっとりした食感でバターの香りと焼き立て特有の香ばしさが美味しい。

 隣に座っているサラがヒマワリの種を抱えたハムスターみたいな至福の表情を浮かべている。


「ユオナがこんなに料理をできるとは思わなかったよ。ここ数日、なんで僕に作らせてたの?」

「弟子に料理をさせるのは当然なのです。今日はお祝いとして作っただけで、明日以降はコウに作ってもらうのですよ」

「それならパン焼きの魔法具を貸してほしいんだけど」

「もしかして、パン焼き魔法具の存在そのものを知らなかったのですか? ずいぶん昔から普及している魔法具のはずなのですけど」


 僕が勇者召喚されてこの世界に来た事を知らないユオナは不思議そうに首を傾げている。


「まぁ、詮索はしないのですよ。ただ、広く普及している魔法具を知らないと出身地や民族を特定される可能性がある事は覚えておくと良いのです。ラッガン族のように魔法具に適性がなくてそもそも使えない民族の出身だとばれてしまうと、コウの魔力の性質にも勘付かれかねないのです」

「肝に銘じておくよ」


 そんな方向からの特定は考えていなかった。魔法具職人だけあって着眼点が僕とは違う。

 すまし汁も塩加減が絶妙で、中に入っているお麩のような物も適度に出汁を吸っていて、噛むと旨味がにじみ出てくる。いくら水で戻しても干物の貝ではこの食感が出ない事もあって、ユオナの工夫が窺えた。

 もしかして、このお麩って手作りなんじゃ……。細かく裂いた貝の繊維らしきものがお麩の中に入っている。

 手が込んでるなぁ。ドヤ顔したくなるのも分かる。


「ラッガン族の料理ってどんな物があるのですか?」


 世間話をユオナが振るけれど、相手が悪かった。


「えっと……分からないです」


 サラが申し訳なさそうに謝る。

 ユオナも地雷を踏み抜いた事に気付いたらしく、慌てて僕の方を見た。


「コウはどんな料理を作れるのですか? いつもはこちらに合わせているようですけど」

「肉料理でも魚料理でも野菜料理でも、色々作れるよ。そう言えば、この辺りで蒸し料理って見た事ないけど、一般的じゃないのかな?」

「蒸し料理ですか? 大陸の東にあるベインズカラック大森林の辺りでは小さな塩湖があって、その塩水を使った蒸し料理や塩釜焼きがあると聞いたことがあるのです」

「へぇ、東ね」


 上手い事サラの地雷原を抜けた僕らは世間話をしながら夕食を楽しんでいたけれど、不意にサラが黙りこくって耳をせわしなく動かし始めた。


「サラ、どうかしたのですか?」

「……大勢の人がやってきます」


 サラの報告に、僕は素早く立ち上がって窓の外を覗き見る。

 すでに日も落ちて暗くなった道。墓地や空き地だらけで真っ暗なその道を何か魔法で作ったらしい光源がいくつもこちらに向かってくるのが見えた。


「帝国軍か。早いな」



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 私には娘がいるのですが、小学校低学年の時いじめられてるかも? という話を娘の友達の親御さんから聞きました。 即、嫁と 担任、校長、PTA、警察、教育委員会等に相談しました。 確かに…
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