第九話 命令指示書
やれやれだ、と帝国第二魔法師団長グットンは額を押さえて天井を仰いだ。
「なんでこうなってしまうかなぁ」
「デムグズに来れば、おまけが出てくるのは当然でしょう」
部下のレュライが肩を竦める。
分かり切った事でしょう、と言わんばかりの態度だったが、これほどの大物が出てくるとはグットンも想定外だったのだ。
「シュグラート族の魔法石同期技術なんて遺失技術が森に転がってるとは思わんでしょーが。こっちは勇者スギハラの捜索で手一杯だってーのに」
「なら報告しなければよかったでしょうに」
「報告しないわけにいかないって。軍属だよ、軍属」
「全員に魔法石を贈って口止めできたでしょう?」
「知らないみたいだけど、第二魔法師団長ってそんなにお給料良くないから」
そうでなくても、部下全員がグットンの言いなりではない。信頼を寄せてくれている部下は多いが、第一魔法師団から送り込まれた間者の類もちらほら混ざっている。
グットンはテーブルに置いた魔法具を見た。
森の中に仕掛けられていた罠だ。捕まった魔物が近くにいたとの報告もあるが、魔物自体はどうでもいい。
問題なのは魔法具だ。二つの魔法石と複雑精緻な魔法陣からなるそれは、魔法具を知る者なら製作者の芸術的な技量に舌を巻くほどの完成度を誇る。
だが、全体を読み取ることは叶わない。部下がこの魔法具を発見、回収した際に自壊したとの事であり、魔法陣の三分の二が消失しているのだ。残された部分だけでも製作者の技量が読み取れるのだが、修復は不可能だ。
そして、この魔法具を回収しようとしたグットンの部下の一人は違和感に気付いた。罠として仕掛けられ、実際に罠として作動した様子のある魔法具が回収と同時に自壊する機能を有していた。その場で分解してみれば、魔法石が何故か二つ取り付けられている。
魔法石は互いに干渉するため、一つの魔法具に対して一個が割り当てられる。森で見つかったこの魔法具はグットンの持つ知識の範囲内では発動するはずがない。
グットンはテーブルの上に置かれた魔法具を手に取って窓から差し込む光にかざす。
「いや、本当、どうなってんのかね、これ」
「それがわかればシュグラート族は滅ばなかったのでは?」
「まったくだ。だが、レュライが帝国批判につながる言葉を口にするのは珍しい」
「忘れてください」
「そうしたいね」
眉を寄せて、グットンはこめかみを叩く。
「あれは嫌な仕事だったなぁ」
「師団長も参加したんですか?」
「補給という名の後詰だったが」
頭を振ってため息を吐いたグットンは魔法具を様々な角度から検分し始める。
「この技術が欲しくて堪らないお貴族様たちが仕掛けた奇襲作戦だ。結局、シュグラート族の長老たちが技術資料を命がけで破棄したから手に入らなかったがな。しかも、ラッガン族をはじめとした諸部族が反帝国同盟を結成する切っ掛けにもなった事件だ」
だからノリ気がしないんだ、とグットンは魔法具をテーブルの上に戻す。
シュグラート族が秘匿していた技術を使った魔法具。もしもこれを一から作った者がいたとしたら、シュグラート族の生き残りの可能性が高い。
せっかく生き残ったというのに、またも帝国に襲われればその者がどんな感情を抱くかは想像に難くない。
「憎まれ役、嫌だなー」
「スギハラの捜索で手が離せないと突っぱねればいいじゃないですか」
「聞いてくれるはずないでしょーよ。人手不足なんだから。そもそも、デムグズで人探しだよ? 誰が好き好んでやるの、被虐趣味をこじらせてたら帝国軍に籍を置いてないでしょ」
「ぼろくそ言いますね」
「あぁ気乗りしない」
頭の後ろで手を組んでグダグダという上司にレュライは呆れたような視線を向ける。
「無駄話はそのくらいにして、捜索の指揮をお願いします」
「魔法具が仕掛けられていた森の中を調べてくれ。地面とか、岩陰とかをくまなく。もしかしたら同様の魔法具が残っているかもしれない。それにこんな街だ。追手を撒くための地下通路の一つや二つあってもおかしくないから、今のうちに当たりを付けておくべきだろう」
下調べのような簡単な指示の後、グットンは無精ひげに覆われた顎を撫でつつ考える。
「シュグラート族の生き残りだとしたらかなり若いはずだ。下手をすれば十代半ば。いや、流石にそれでは魔法石同期技術を学べないか。十代後半だな。あの日、逃げ出せたのは子供だけで、その子供も事態の露見を恐れた第二騎士団に殺されてる。全滅は比喩でもなんでもない、事実だった」
だった、と口にしたのは目の前に生存の可能性を示唆する魔法具があるからだ。
過去の過ちを突きつけられているようで、実行部隊でもないのにグットンは胸が悪くなる。
そんなグットンの気持ちを知ってか知らずか、レュライはいつも通りに口を開く。
「結局、露見してますよね。反帝国同盟を組まれてしまうくらい」
「証拠はないんだよ。帝国も公式には否定して――あ」
「師団長、デムグズには宴会を受けつけている美味しい料理屋が多数あるそうです。被虐趣味をこじらせていないのにデムグズで人探しを命じられる部下一同、師団長の心づくしを期待しております」
「それはないよー」
頭を抱えるグットンに、レュライが肩を竦める。
「ま、自分もいくらかは出しましょう。帝国人ってことでかなりぼったくられるでしょうが、この人数なら悪い顔はされないでしょうし、経費でいくらか落とせます。何より、デムグズの住人の協力を多少なりとも取り付けようと思えばこれくらいはしないといけません」
「必要経費みたいなものだってのは分かってるんだけどね」
経費で落ちるとしても、帝国への風当たりの強いデムグズではどれほどの出費になるか分かったものではない。あらかじめ店側と金額を交渉する必要があるだろう。
面倒な仕事が増えたのか、後々の仕事が減ったのか、今は判断に迷うところだ。
どうにかできないかと知恵を絞ろうとした時、部屋の扉が無作法に勢いよく開かれた。
「グットン殿、話があります」
扉を開けた細身の男は不作法を謝る事もなくづかづかと部屋に足を踏み入れる。さらに二人の男が後から続いてきた。
男たちの襟についた階級章は師団長の下、副師団長のさらに下である部隊長クラスの物であり、階級から言えばグットン相手にこのような不作法が許されるはずがない。
だが、男たちは第一魔法師団の所属らしく、貴族然とした豪華な装飾が施された剣を佩いていた。
大方、騎士を輩出してきた上流貴族の家が魔法師団に影響を持つために送り込んだか、身体強化魔法への適性が低いために厄介払いされたのだろう。それでも実家の影響力だけは残っているのだから、グットンのような相手には居丈高になる。
とはいえ、何の理由もなくグットンの下に来るような階級ではないのも事実。しかも、ここはデムグズの宿だ。上流貴族の出身者が近付きたがると思えない。
「どうかしたかね?」
また厄介ごとが増えると内心でうんざりしながらグットンは問いかける。
すると、男たちは堂々と一枚の紙を掲げて見せた。
「帝室直接の命令指示書である。魔法石同期技術に関する調査を我らが命じられた。グットン殿及び第二魔法師団は引き続き逃亡勇者スギハラの捜索に当たるように、との事だ」
「拝見しよう」
男たちから命令指示書を見せてもらう。第一魔法師団へと直接当てられた指示書であるらしい。
書式も正式な物ではある。
これなら、仮に魔法石同期技術が見つからずとも自分たちに飛び火する事はないだろうと判断して、グットンは笑顔を作って命令指示書を男たちに返す。
「命令とあらば仕方がない。しかし、こちらは未だ何一つ調べがついていない状態、引き継げる物もないのは申し訳ないな」
「心配無用。最初からは期待はしていませんので」
「当然だな。まだ報告書を提出して四日と経っていないのだから」
「では、これにて失礼します」
敬礼して男たちは部屋を出ていく。扉は開けっ放しだった。
レュライがさっさと扉を閉める。
「最初の勇者の風習にのっとって、塩でもまいておきますか?」
「もう来ないだろうから、物資の無駄使いはしないさ」
グットンの返事に頷いたレュライは渡された命令指示書を見る。
「それで、命令書の署名は?」
「カティアレン皇女殿下だ。まったく、どうなってる。四日だぞ。皇女殿下の耳に届くには早すぎる」
「魔法具の発見者に怪しい者がいるので、そこからほとんど直接に届いたのでしょう。具体的には第一魔法師団長を経由した形でしょうね」
「つまり、第一魔法師団と皇女殿下が?」
「私は存じ上げません」
肝心なところで言及を避けたレュライはわざとらしく肩を竦める。
デムグズから帝都までは早馬で駆けてせいぜい一日半。往復で三日となると、命令書は一日で発行されていることになる。
「確かに正式な命令書だった。だが、帝室直接の命令書なんて、本来は皇帝陛下が御隠れにならなければ使われない、形骸化した物のはずだ。なんでそんな物を引っ張り出した?」
「皇帝陛下の裁可を仰ぎたくない。かといって、将軍にも知られたくないからかもしれないですね」
「やっぱり、そうなるか」
これはカティアレンによる明らかな越権行為だ。だが、制度上の問題はどこにもない。
「訴え出るのであれば、私の辞職届が受理された後にしてください」
レュライが悪い冗談を口にする。
制度上問題がない以上、カティアレンが咎められることはない。相応の監視はつくだろうが、それだけだ。
グットンが口封じされる可能性の方がはるかに大きい。
窓の外、デムグズの住人を見る。ちょうど宿の外で喧嘩騒ぎが勃発したらしく、賭けが始まっていた。
ここの住人は何とも野蛮に、充実した日々を謳歌している。
「本気で辞職したくなってきたんだが」
「逃がしませんよ?」
「どうしろってんだ……」




