第二話 突撃! 要塞住宅!
宿に帰り着いた僕は、窓辺に座って外の景色を眺める。
窓を開けるとがやがやと無遠慮な通行人たちの話し声が聞こえてくる。
耳の良いサラには苦痛かもしれないと思い窓を閉めようとした時、当のサラが興味深そうに外の声に耳を傾けているのに気が付いた。
「どうかした?」
「帝都から出立した勇者様が実戦訓練をするという話が聞こえました」
「実戦訓練?」
「ソットの周辺だそうです」
へぇ、いまさら動き出したんだ。
ただ、ソットの冒険者ギルドへの援軍として派遣されるわけではなく、実戦訓練というのは気になるところ。
実戦訓練なんて名目でソットに恩を着せられるとは思えない。植民村の住人を保護するためと名目を掲げない以上、進駐して実効支配って流れも難しくなる。
帝国中枢で計画が修正された? そもそも僕の推測が間違っていた?
「コウ様、どうかされましたか?」
「帝国側の動きがよくわからなくてね。僕の考えすぎかもしれないけど」
「私には規模が大きすぎて何もわからないです」
元々小さな村で迫害されていたんだし、無理もない。
「そういえば、コウ様はどうして帝国に追われてるんですか?」
「あぁ、僕が勇者の一人で帝国軍のお偉いさんを殺して逃げてきたからだよ」
「……えぇ!?」
「まぁまぁ、落ち着いて。最初から話してあげるから」
僕も状況の整理がしたかったところだし。
「異世界から四十一人召喚された勇者の内の一人が僕。ただ、元の世界にいた時に他の勇者連中の悪事を糾弾していたところで召喚されてしまったんだよ。それで、この世界で勇者が死ぬと元の世界では存在しなかったことになると聞かされた僕以外の勇者たちが、自分の悪事を隠ぺいするために僕を殺そうとしている。まぁ、要するに一対四十での仲たがいだね。ただ、帝国皇女のカティアレンは僕の魔力を危険視して、秘密裏に処理しようと帝都から外に出した。で、僕を暗殺しようとした軍のお偉いさんを返り討ちにして逃げて、サラに出会ったわけだ。後は知っての通り」
さっくりと事情を説明するとこんなところ。
でもそうか、考えてみればカティアレンは僕を秘密裏に抹殺しようとしたんだよね。それに、僕を暗殺しようとしたカレアラムは扱えない勇者は計画の障害になり得るとか言っていた。
やはり、勇者を使った何らかの計画が進行しているのは確かだ。それが、カレアラムの死や僕の存在で狂っている?
いや、カレアラムが計画に影響を及ぼすなら僕の暗殺なんて雑用を任されるだろうか?
それとも、僕の暗殺は重要事項だからカレアラムが出された?
皇女カティアレンがカレアラムに指示していた以上、計画にはカティアレンが関わっているだろうけど。
やっぱり情報が足りないかな。
「ソットに勇者が実戦訓練に行くんだよね。お披露目のパレードってやったのかな?」
「いえ、やってないみたいです。パレードもやらないから勇者が召喚されているなんて知らなかった、とさっき宿の前を通った人は言ってました」
「という事は、勇者としての本格的な活動はまだ先だね。でも、実戦訓練をする以上、遠い未来って話でもなさそう」
つまり、勇者が前線に派遣される日は近い。
それまでにこちらは態勢を整えたい。できることなら、勇者に一人も死者が出ない内に地球へ帰還して、あのケダモノ連中に社会的制裁を加えたい。
急いで帰還の方法を探らないといけない。
「サラは今まで召喚された勇者たちについて何か知ってる?」
「いえ、知らないです。昔話とかは読み聞かせてくれる人もいなかったので……」
「だよね。僕もギルドの資料室にあった本をちらほら読んだくらいだし。そもそも召喚魔法は帝国の機密だから、情報もまともに出てこない。やっぱり、どうにかして魔法使いを引き込まないとダメかな」
「……奴隷、ですか?」
サラが困ったような顔で訊ねてくる。
「手段として有効なのは認めるけど、僕は嫌だね。理不尽に誰かの権利を侵害するのは帝国やサラのいた村の連中、なにより、クラスのケダモノ連中と変わらない行いだから。僕の価値観に合わない」
もっとも、奴隷を助けようとも思ってない。
「まぁ、交渉ならアリだけど、奴隷って身分の状態で交渉を持ちかけても脅迫してるのと変わらないしね」
「なぜ奴隷になったのかもわからないですからね」
「そういう事。だから、別の手段が必要になる。ひとまず、この街の魔法使いを訪ねてみようか。反帝国の人達も多いし、協力してくれる人もいるかもしれない」
「危険ですよ?」
「仕方ないよ。急ぐ理由もあるからね」
まずは魔法具を作成している人のところへ向かおう。武器屋で見た魔法具には必ず魔法陣が描かれていたから、詳しいはずだ。
けれど、召喚魔法陣を人に教えるのは避けた方がいいかもしれない。ありていに言えば異世界からの拉致なんだし、濫用されても困る。
となると、僕が学ぶしかないかな。もしくはよほど信用できる人を見つけるか。
「――あ」
サラが突然声を上げる。
何かあったのかと訊ねようとしたら、唇に手を当てられた。静かに、という事だろう。
サラの耳は宿の外に向いている。
もしかして、さっきのラッガン族の仲間が報復に来たのだろうか。ギルドで宿を教えたのはまずかったかな。
戦闘に備えて魔力の準備をし始めると、窓の外が騒がしくなった。
いよいよか、と身構えたものの、窓の外の喧騒は救急車のサイレンのように遠ざかっていく。
「えっと?」
「コウ様、デムグズの端に魔法使いが住んでいるそうです」
「さっきの外の騒ぎは?」
「その魔法使いの家に行った人たちが返り討ちにあったみたいです」
まったく話が見えない。
サラも会話が聞こえた程度で詳しくは分からないものの、周りから「また被害者が」とあきれるような声が聞こえたという。
また、というくらいには頻発しているのか。
「宿の主に聞いてみようか。どうせ、魔法使いを探そうとは思ってたんだしさ」
部屋を出て、階下の受付で帳簿を付けていた宿の主を見つける。
僕が声を掛けるより先に宿の主がこちらに気付いて帳簿から顔を上げた。
「夕食ならもう少しで出来るから部屋で待っててくんな」
「いえ、そうではなく。先ほどの外の騒ぎが気になりまして」
「あぁ、あれか。たまにあるんだ」
苦笑した宿の主は禿頭を羽ペンで撫でて肩を竦めた。
「いつの間にか、街の端に魔法使いが住みついてな。誰もその姿を見たことがないんだが、声からするにどうも若い男らしい。こいつの作る魔法具がとにかく高威力だってんで、街の魔法具職人を束ねるゴロツキがちょっかいを出してんだ」
「誰も見たことがないのにその人が作ったって分かるんですか?」
「そいつの庭に魔法具の罠がわんさか埋まってんだよ。一歩でも足を踏み入れたら、あれだ」
宿の主はそう言って、店の前を指差した。先ほどの騒ぎがその、庭に足を踏み入れて魔法具を食らったゴロツキらしい。
「ここ一年はゴロツキ連中も諦めて手出ししなかったんだがな。おおかた、上の覚えをめでたくしようと張り切った若いのが晴れて通過儀礼を終えたんだろうさ」
「通過儀礼って」
「一時は大変だったんだぜ? ゴロツキ連中が数に物を言わせて罠を突破しようとしたら家の中から追加の魔法具が放られてすごすご撤退したのには笑ったが」
要塞攻略かな?
「そんなにすごい魔法具なんですか?」
「あぁ、物凄いらしい。家の郵便受けに注文票を入れると期日に家の外へと放られるそうだ」
「へぇ」
凄腕の魔法具職人と要塞化された家ね。
※
「――コウ様、その話を聞いて何故、訪ねることにしたんですか?」
「被害者たちってよほど悪質じゃない限り怪我もほとんどしないんだってさ。腕が確かなら色々と話も聞けそうだし、交渉してみようかなって」
僕たちは夕食を食べ終えるとすぐに宿を出て、日も暮れた夜道を凄腕魔法具職人の家へ向かっていた。
「話を聞く限り、かなりの人嫌いみたいですよ?」
「だから良いんだよ。それに、引き籠りだからね」
つまり、僕の手配書を見ていない可能性が高い。
デムグズの住人はあまり手配書なんて気にしてないみたいだけど、魔法陣を教えてほしいと申し出た僕に好意的に接するかと言われれば否だろう。
「騙すようで悪いけど、僕の目的は魔法陣を教えてもらう事だからね」
「でも危険です」
「そう思う?」
「コウ様に何かあったら大変です」
「心配してくれてありがとう」
虎模様の三角耳をしょんぼりと垂らしているサラには悪いけど、この機会は逃すつもりがない。
「それに、危険はないよ。あ、着いた。この家のはず」
大きいな。しかも、左右には何もない。向かいは墓地。
これなら罠を仕掛けておいても通行人や迷子が被害を被ることはなさそうだ。
「おじゃましまーす」
「コウ様!?」
広々とした庭の向こうに建つ家の中に聞こえるくらいの声で挨拶をしながら庭に足を踏み入れる。
すぐサラが僕を追いかけてきた。
「サラ、身体強化はダメ」
「え? ……そういう事ですか。先に言ってください」
「気付いてると思ってたんだ。報連相は大事だね。今度からはちゃんと言うよ」
僕が魔力を周囲に張ってしまえば、魔法具がいくら仕掛けてあっても用をなさない。何しろ、精霊がどこかに行ってしまうから魔法具は発動しないのだ。
魔法具らしきものが手入れもされずに伸び放題の雑草の中に転がっていたり、足元の割れた陶器のタイルの隙間に見えたりしたけれど、僕たちは何事もなく玄関の前に到着した。
振り返ってみると、荒れ果てた庭が目に入る。魔法具を隠すためにあえて放置しているのか、それとも家主が興味を示していないのか。
多分後者だろうけど、こんなに広い庭を活用しないのはもったいないと思ってしまう。
「もうちょっと庭の手入れをした方がいいだろうね」
「ここまで平然と来れる人もいないはずです。庭を見る人がいないならこれでいいのではないでしょうか?」
「それもそうか」
では、改めて。
「ごめんください」
僕は玄関の扉を強めにノックした。




