第十四話 忌子にとっての分水嶺
山間の街ヨークに来て三日。
僕の手配書は街中に張られ、ついにギルドも圧力に屈したようだ。
けれど、手配書がいくら貼られたところでギルドの冒険者は協力するつもりがないらしく、変装した僕を見咎める者もいない。
この三日、僕はサラと一緒に午前中に狩った魔物をギルドに持ち込み、資料室で文献を漁り、色々と知識を仕入れてきた。
ついでにクラスのケダモノ連中に関しての噂も調べておいたけれど、未だに動きは不透明のまま。
すぐにでもソットの町に進駐すると思っていた帝国軍の動きもなく、不気味な静寂が続いている。
僕が帝国の思惑を邪推しすぎたか、それとも何か問題が発生したか。問題が発生したとしたら、心当たりはジャグジャグくらいだけど。
「コウ様、考え事です、か?」
僕が作ったスープパスタを食べていたサラがおずおずと聞いてくる。
「うん。情報が足りないから今考えても何もわからないって言うのが結論だけどね。情報収集しようにも帝都に行かないと分からないし」
「行きますか?」
「あんな不快な所に行かないよ」
国民全員が総じて怠惰で他力本願。碌な目に遭わないに決まっているし、サラは帝国民が差別する少数民族のラッガン族だ。
勇者召喚されたクラスのケダモノ連中が魔物の問題が片付く前に地球へ返されるとも思えないし。
「それより、魔物の討伐だよ。そろそろ最前線へ向かおうと思ってる。サラはどうする?」
「一緒に、行きます」
僕に怯えてはいるけど行動は共にする、か。まだ一人で生きていくには知識も技能も足りてないって判断かな。
一度、ラッガン族とは無関係のギルドでサラに魔物の売却とかを経験させた方がいいかもしれない。僕と行動するって事は、少なくとも僕の判断を参考にするつもりではあるんだろうし。
ここヨークのギルドでも経験は積ませられるかな。
「それじゃあ、明日は早朝から森へ狩りに出て、魔物を仕留めたら一緒にギルドに行こう。サラに魔物の売却を経験させたい。その後はすぐにヨークを出るよ」
ヨークを出ることが前提なら、サラも失敗を恐れることはないだろうと提案する。
街を出ると聞いて、サラはどこかほっとしたような顔をした。差別されていたサラにとって、人の多い街中は気が休まらないのかもしれない。
料理を食べ終えて食器を片づけ、僕はサラを呼ぶ。
「話がある」
「は、話、ですか?」
そんな怯えるような事ではないんだけどね。
「僕の秘密について。分かりやすく言うと、どうやって魔物を倒しているかについて」
サラが驚いたような顔をする。
「い、いいんですか?」
「今のサラは自分で考えて行動できているからね。空回りする事もまだまだ多いけど、脅されたら後先を何も考えずにペラペラ喋るような馬鹿な真似はしないでしょ」
「……後先を考えて、それでも、話してしまったら?」
「そのリスクを呑んででも、話すのが誠意の示し方だと僕は判断したんだよ。まぁ、状況によるけど、誰かに許可なく話したら僕の敵に回ったと判断するかな。これはそれだけ機密性の高い話だって覚えておいて」
サラが身を強張らせて視線を泳がせる。
「あ、あの」
「なに?」
「話さないでいられる自信が、ありません」
「……そう。自信が付いた時にまた改めて教えるよ」
手配書まで出回っている僕についてくるくらいだから腹を割って話すのが誠意だと思ったんだけど、サラの方に覚悟が足りないとは予想外。
まぁ、断られてしまったなら仕方がない。
「ご、ごめんなさい」
「いいよ。時期尚早だったってだけなんだし、自信がないとちゃんと断るのもそれはそれで誠意だよ」
もちろん、残念に思う気持ちはあるけど。
※
朝が到来。
宿を引き払って森へと赴く。
「魔物です」
「行っておいで」
「はい!」
魔物を狩りに行くサラを見送って、僕は樹上の野鳥に投げナイフを飛ばす。
空気を切り裂いた投げナイフは狙い通りに野鳥の翼を斬り、地面へと落とした。
鳩くらいの大きさの野鳥にとどめを刺して、投げナイフを回収するついでにそばに生えていたヨモギっぽい野草を摘む。
「倒しました」
「おかえり――って、大物だね」
ステゴサウルスのような板状のたてがみが特徴的な猪に近い形状の魔物だ。死骸は身体強化したサラがここまで引きずってきたこともあり、泥だらけである。
女性という事を考えても細身のサラが引きずってくると違和感が凄い。
「朝食用の食材も取れたし、ヨークに戻ろうか。ギルドで魔物の買い取りをしてもらうから、道中に手順の説明をするね」
「は、はい……」
「緊張しなくても大丈夫だよ。帽子もかぶってるし」
一緒にヨークまで歩く。魔物を引きずっているサラの荷物を肩代わりして、買い取りの方法や昨日の相場を教える。
まだ朝も早い時間だというのに、ギルドには結構な人がいた。流石に規模が大きなギルドだけあって、一日中人がいるようだ。
これから遠征に出かけようという集団が多いらしく、数人ごとの団体に分かれている。
たった二人、それもどう見ても若い僕たちはそれなりに注目を集めたけれど、すぐに魔物の買い取りカウンターに向かった。取引金額に耳を澄ませるのはマナー違反だから、ほとんどの視線がすぐに僕たちから逸れた。
「……しつこいのがいるね」
「……はい」
どこからかしつこい視線を感じる。人が多いこともあり、目があったと思った瞬間に顔を向けても特定できない。けれど、確実に僕たちを見ている、監視している何者かがいる。
僕は魔力をいつでも周囲に放てるように準備しておく。
僕の懸念を他所にギルドの職員は魔物を適正価格であっさりと買い取ってくれた。
拍子抜けしつつ、売却金はサラのポケットマネーにしておく。
これで僕に何かあってもサラ一人で生きていく元手にはなるだろう。魔物狩りもサラ一人でこなせるんだし。
「財布がいるね。街の端で売っていたと思うから、買って行こうか」
「お店、開いてますか?」
「そっか、まだ営業してないかもね」
二十四時間営業のお店なんてまずないだろう。ギルドは街の防衛機関だから休みがないみたいだけど。
案の定、お店はやっていなかった。仕方がないので売却金は皮袋に入れたまま、サラの鞄に放り込む。
「サラ、ギルドから誰か付いて来てる?」
「みたい、です」
「狙いがよくわからないね。僕にかかっている賞金が目当てならこそこそする意味もないのに」
一応、僕はお尋ね者なんだから、人目につかないところで僕を捕える意味はないはず。
とりあえず、街中で襲うつもりがないのなら、騒ぎを回避したい僕としてもありがたいけど。
「どう、しますか?」
「襲ってくるなら返り討ちにするべきだろうけど」
向こうの人数や素性が分からない。僕の魔力の特性を知っている帝国の人間だったりすると非常に厄介だ。
とりあえず、向こうの狙いを確定させてみようか。
「サラ、身体強化を使ってここから一直線に街を出て。向こうが分散して襲ってくるならそのまま身体強化で逃げ切るか、街に戻ってくればいいよ。向こうは街中で手を出す気がないみたいだから」
「コウ様は?」
「歩いて後から追い掛ける。向こうの狙いが僕だけなら、サラは隠れているだけでやり過ごせるしね」
サラを追いかけて身体強化を使って追いかけるのなら、僕の魔力を横からぶつけてしまえばいい。射程範囲を走り抜けてくれるかが分からないから、サラに当てにされるのは困るけど。
心配そうな顔をしたサラは、それでも僕の指示に従って街の門へと走り出した。
「意外と多い」
サラを追いかけて通りに並ぶ屋根の上を高速で駆けていく人影は全部で四つ。あの距離だと届かない。
流石にサラも四人を相手にするのは難しいかな。そもそも、相手が人となると魔物とは勝手が違うし。
僕を追いたてるように足音が急速に迫ってくる。やはり、サラだけが標的ではないようだ。僕の方もうかうかしてられない。
まぁ、射程圏内だけど。
「――うっ!?」
バタバタと倒れ伏す音が聞こえてくる。
音の方を振り返ってみると、八人の男がぶっ倒れていた。
足元から腰くらいの高さまでに魔力をしかけた事もあり、全員生きているようだ。僕が振り返ったのを見て、無事な手でナイフを投げようとしたけれど、予想の範囲内だ。
「ぐあ!?」
「これ以上抵抗するなら全員殺す――って、ラッガン族の人達じゃん」
特徴的な獣耳と尻尾といい、見間違えるはずもない。八人全員がラッガン族、しかもサラがいた村の人達だ。宴会で見た顔ばっかり。
僕を睨んでくる彼らは一言も発しない。腕も足も使い物にならない状態でよく戦意を保っていられると感心してしまう。
「なんで君たちが今さら襲ってくるのか、聞いてもいい?」
「貴様の胸に問うてみろ」
「答える気がないならいいや。おおかた、手配書で僕の事を知って、忌子とはいえラッガン族のサラが一緒にいると自分達にまで類が及びかねないと連れ戻しに来たとか。いや、全員武装しているし、殺しに来たのかな? その顔、図星みたいだね」
悔しそうな顔をしている彼らを無視して、僕は街の外を見る。
いくらサラが自分で考えて行動できるようになったとはいっても、相手がラッガン族となると分が悪い。
こうなった責任の一端が僕にある以上、助けないわけにもいかないわけで。
「追い付けるとは思えないけど、間に合うかな……」
身体強化を使えないのが悔やまれる。
街の外へ向かって駆け出しながら、街周辺の地形を思い浮かべる。
サラと僕が行動を共にしている事で類が及ぶのを恐れたラッガン族は人目を避けるはず。街道に伏兵を置いている可能性もある。まだ朝の早い今の時間、街道に人影はないだろうから。
サラはラッガン族を迎撃するだろうか? そのまま逃げ切ってしまう方が得策なんだけど。
最悪のケースは捕まってしまっている場合かな。相手はサラと同じラッガン族だから、追い付かれないとも限らない。
ここが彼女にとっての分水嶺かも。
なんて思ってたんだけど――
「最悪のケースかぁ」
街道沿いの森、木を背にしたサラに短剣を突き付けている集団がいた。人数は十五人ってところか。
外で待ち伏せしていたんだろう。用意周到なのは素直に感心する。
「遅かったな、犯罪者」
「レシパ、だっけ?」
狼の耳と尻尾を持つラッガン族の戦士レシパがサラに短剣を突き付けながら声を掛けてくる。
サラは――ダメかな。完全に腰が引けてしまっている。幼少期から植えつけられた上下関係が克服できていないのか。
レシパが目配せすると、僕をラッガン族の戦士たちが取り囲んだ。サラのそばには短剣を突き付けているレシパだけ。
あれなら、逃げられそうなものなんだけど。
青い顔で僕を見ているサラに視線で合図を送ってみるけれど、気付いてくれない。レシパと部下の方が意思疎通できているくらいだ。
「指名手配犯スギハラ、この忌子を殺されたくなければ素直に降伏しろ」
「え? バカなの?」
おっと、思わず訊いてしまった。
まぁ、誤魔化せばいいか。
「あのさ、僕が捕まったとして、サラはどうなるわけ? また飼い殺しかな? そんなの生きてるって言わないよね。つまりさ、サラには人質としての価値がないんだよ」
差別意識の塊のこいつらがサラを解放するとも思えないわけで。
なにしろ、人質に取っているにもかかわらずサラを拘束していない。多分、触るのも嫌なんだろう。短剣を突き付けるだけで無力化できる従順な奴隷だと勘違いしている。
サラはもう、村を出たばかりの頃とは違って自分で考えて行動する事が出来る。そして、今まさに自発的な行動でないと切り抜けられない状況に陥っている。
なら、僕が手を差し伸べるはずがない。
サラがここで決断できないようなら、それは死んでいるのと変わらない。自殺するのと変わらない。
僕は死にたがりを助ける間抜けじゃない。
「――勝手に死ねば?」
サラを焚きつけつつ、僕は投げナイフを引き抜き、包囲を狭めようとしていたラッガン族の戦士へ投げつけた。
この機会にサラが真の意味で自立して生きていけるといいね。




