第十話 ソレウサラス攻略作戦と失敗
村の猟師小屋に暮らし始めて早十日。
換金用の魔物の素材も集まり、食べられる野草やキノコをサラに教えてもらって大体覚えた。
体力面ではあまり向上は見られなかったけれど、魔力の扱いはかなり上達したように思う。
目に見えないのが厄介な魔力は、扱っているうちにどんどん空間認識力が鍛えられていく気がする。おかげさまで、魔物が突っ込んできたら即座に魔力をぶつけて殺せるようになった。
「よっと」
身体強化を無効化されて体の痛みにのた打ち回っている魔物へ投げナイフを飛ばして止めを刺す。
十メートル以内なら動かない的に当てられるようになってきた。まだまだ修練が必要だけど、実用的な技術にはなったと思う。
少し離れた場所で、サラが鉈を持って魔物に攻撃を仕掛けている。
腕の長い猿のような魔物は樹上で迎え撃とうと棍棒を構えていた。
サラは木々の枝を足場に魔物との距離を詰めると、魔物の直前で方向を転換、木の幹を支点に一瞬で魔物の後ろに回り込む。
魔物が反応して振り返りざま、棍棒を横に寝かせてサラの鉈を受け止めようとする。
しかし、サラが片手で振り下ろした鉈の威力は魔物の想定をはるかに上回っていたようだ。
鉈が棍棒を叩き割る。驚愕する魔物の頭蓋をも砕き、地面に叩き落とした。
サラも魔物も身体強化をしているようだけど、強化のレベルが段違いらしい。
地面に降り立ったサラは鉈が刃こぼれしていないかを調べた後、僕へと向き直って尻尾を小刻みに揺らした。相変わらず猫背だ。
「倒し、ました」
「見てたよ。かっこよかった」
「はい!」
尻尾の振り幅が大きくなった。
魔物の死骸を回収して、森の外に置いてある台車に載せ、猟師小屋に直帰する。
一日に魔物を二、三体討伐しては猟師小屋で解体する。血抜きをしている間に森の中で山菜などを取っておき、食事をしてから猟師小屋の前で訓練というのが一日の大まかな流れだ。
サラの索敵能力は高く、身体強化で聴覚を強化するとさらに魔物の発見が容易になる。おかげで僕らの魔物の討伐は順調で、村の人達は怯えを含んだ目で僕らを見ていた。
村の連中がいまだに僕らを邪魔者としてみているのは確かだけど、驚異的な早さで魔物を殺し続けている僕らに実力行使ができずに手をこまねいている、といった所だ。
「サラ、机の上を片付けて」
「はい」
魔物の牙やら何やらをロープで纏めていたサラに声を掛けてから、料理を運ぶ。
お金を使わない採取狩猟生活をしているけれど、食生活そのものはこの世界に来た当初より明らかによくなった。
「そろそろパンも食べたいね」
村での買い物は断られてしまうから、パンをしばらく食べていない。主食がないのは少し痛手だけど、森で取れた果物などで品数自体は増えている。
「そろそろこの村を出てもいい頃だと思うけど、サラはどう思う?」
「わ、私はなんとも……」
「なんとも?」
考えないのは許さない。
僕が促すと、サラは目を泳がせる。
「どちらでも、いいです……」
「へぇ、なんでどちらでもいいの? メリットとデメリットを天秤にかけてその結論を出したのなら話してよ」
「えっと……」
「ゆっくり考えていいよ」
答えを出すまで許さないけど。
惰性で生きてきていたサラは考えて結論を出すのが苦手だ。しかも逃げ癖が付いていて、僕の考えに何も考えず賛同しようとする。
そんな状態では、僕が地球に帰った時に苦労する。だから、僕に依存しそうなら確実にその芽を摘んでいく。
料理を食べながら、サラの答えを待ち続ける。
次第に混乱し始めたのか、虎模様の三角耳が萎れてきたサラに内心ため息を吐きつつ、僕は口を開いた。
「まずはこの村にまだ居続けた場合のメリットとデメリットを上げてごらん」
「……猟師小屋が使える?」
「そうだね。雨風がしのげるのはメリットだ。きちんと休んで明日に備えられる。他にはある?」
「訓練できます?」
「それは旅の途中でもできるね」
「……分からないです」
「じゃあ、次にデメリットは?」
サラに質問を続けて考え方を教えていくと、最終的には近いうちに村を出るという結論になる。
ついでに村を出るにあたり、準備しておいた方が良いモノを考えさせて、洗い物を終えた僕は外に出た。
投げナイフの練習と柔軟体操や走り込みをする。
短剣の扱い方を自分なりに模索しながら練習していると、すっかり僕たちの監視役になった村のおじさんがやってきた。
珍しく友好的に見せかけた笑みを浮かべている。ありていに言えば愛想笑いだ。
「精が出るな」
「日々訓練ですから。それに、そろそろ出発しようと思ってますし」
「なに? それはそれは」
良かった、と言いかけたのを誤魔化す様に繰り返して頷いたおじさんはサラをちらりと見てから再び口を開く。
「今日はちょっと頼みごとがあって来たんだ」
「すみません、忙しいので他を当たってください」
「猟師小屋を使わせているだろう?」
「五日に一度魔物を狩ってきて渡していますよ」
契約は果たしている。文句は言わせない。
「まぁまぁ、話くらいは聞いてくれ」
「助け合いは大事ですからね」
一方的にもたれ掛かってくる相手なら押しのけるけどね。
言外の意味に気付いたのか、おじさんは愛想笑いを一瞬歪め、それでも諦めずに頼みごととやらの内容を話し始めた。
「ソレウサラスって街に聞き覚えはあるか?」
「ソレウサラスですか。かつてあったメイリー族の国家の首都ですよね。帝国に接収されて、廃墟化したって話ですけど」
「そのソレウサラスだ」
ソレウサラスはこの村の裏にある背の低い山の向こうにある無人の街だ。
帝国に最後まで対抗していたメイリー族は、魔物の脅威が無視できなくなって終戦を帝国に持ちかけるも受け入れられず、最終的に降伏した。その際、首都だったソレウサラスは帝国に接収され、帝国は見せしめとしての意味合いか、ソレウサラスを立ち入り禁止に指定して荒れるに任せたのだ。
魔物が居なければまだまだ戦えたと考えていたメイリー族はこれに強い憤りを感じているらしく、帝国人への風当たりの強さもこの件が大きく影響しているという。
帝国からしてみたら、せっかく弱った目の上のたんこぶ・メイリー族が二度と力を取り戻さないように最大拠点であるソレウサラスを潰そうとしたんだろうけど。
この帝国植民村もソレウサラスを睨む位置だ。
僕は村の建物を見る。あの建物のいくつかは有事の際に使用する武具や備蓄食糧の倉庫であり、魔物の脅威がなくなり次第この村に帝国軍が進駐して拠点とするために存在していると僕は見ている。
「それで、ソレウサラスがどうかしたんですか?」
帝国民のおじさんからあの街の話題が出るって時点で良い印象がない。
おじさんは愛想笑いを取り繕って続けた。
「ソレウサラスの立ち入り禁止処置が解除されてね。ソットの冒険者ギルド主導でソレウサラスの魔物の掃討作戦が開始されるそうだ。ソレウサラス解放の暁には掃討作戦の参加メンバーに報酬金の他にソレウサラスの無人の住居が割り当てられるらしい。いつまでもこんな猟師小屋に住むよりはソレウサラスに家を構えるのもいいだろう。君たちも参加してみてはどうかと思ってね」
厄介払いだ、これ。
「僕らはメイリー族とは仲が悪いので、参加する義理はないですね。そもそも、ソット冒険者ギルドはメイリー族の運営ですから、錬度の高い槍兵集団が主軸になる攻略作戦になるはずです。僕らが加わっても邪魔になるだけですよ」
「そ、そうか」
舌打ちが聞こえてきそうだ。僕は読心術を身に付けたらしい。無論皮肉だけど。
「それにしても、なんでソレウサラスの封鎖が解除されたんですか?」
帝国にメリットはないように思うのに。
おじさんは肩を竦めた。
「さぁな、俺にもわからない。皇女様の上申に皇帝陛下が頷いたそうだ」
「皇女様が?」
皇女、カティアレンか。
そういえば、カティアレンが後ろ盾になっている商会が前線に物資を運んで販売しているって話をラッガン族の村で聞いたっけ。
カティアレンは少数民族に寛容な動きが見えるけれど、何か裏があるのだろうか。
あの高慢女が自分に利のない事をするイメージが湧かない。
いずれにせよ、遠回しに僕の暗殺を指示したあの女が発端のソレウサラス掃討戦に加わるのは不用心だ。カティアレンがどれくらいソレウサラスに興味があるかは分からないけど、掃討戦の成否について報告は受けるだろうし、そこにメイリー族以外の参加者がいれば報告で言及されるかもしれない。
君子危うきに近寄らず、遠巻きに眺めるのが吉。
話を打ち切ろうと思ったけど、おじさんは聞いてもいないのにべらべらしゃべりだす。
「男系相続だから相続権のない皇女を皇帝陛下が憐れんだんだろうさ。だから、わがままも聞いている」
「皇帝陛下に息子っていましたっけ?」
「影が薄いが、皇女の一つ下にいるだろ」
へぇ、いるんだ。
なんで勇者召喚の時に居なかったんだろう。
少数民族の人口抑制代わりに魔物との戦いを利用しているくらいだし、帝国にとって魔物は脅威ではないという認識かもしれない。
それでも、勇者が戦力になるのは間違いないはず。指揮権の所在は政治的にも重要な要素だと思うし。
初日に城を出て出奔してしまったから、政治に関しては情報不足だ。この辺り、クラスのケダモノ連中の方が詳しいかもしれない……
今は考えても仕方がないか。情報は集めればいいんだし。
おじさんは二、三の皮肉を僕たちにぶつけて村へと戻っていった。
※
ソレウサラスの魔物掃討作戦が開始されたのはそれから三日後だった。
掃討作戦が開始されたのならもう少ししたら戦時需要で高騰したソットの物価も落ち着くかな。
掃討作戦からさらに二日後、川を輸送船が昇ってきたと聞いた僕はサラを猟師小屋にお留守番させ、ソットに買い出しに赴いた。
前回で顔を覚えられている可能性もある事から心ばかりの変装をしてソットに入る。どうにも雰囲気が暗かった。
魔物の素材を売却し、日持ちする食材やテントなどのキャンプ用品を購入した僕はついでに冒険者ギルドを覗いた。
閑散としている。
時間が原因じゃないのは明らかだった。
沈痛な面持ちをしたギルド職員が戸口を潜った僕を見てはっと顔を上げた後、知り合いではないと気付いて再び俯いた。
我関せずの態度を装いつつ、取引掲示板を確認する。
やっぱり、全体的に相場が上がっている。ソレウサラスの掃討作戦に人手を取られたにしては、物価の上昇が早すぎる。これは多分、今後に魔物の素材を入荷できる可能性が低いからこその上昇だ。
掃討作戦が失敗、または難航して、冒険者に死傷者が相次いだのかな。
情報欲しさに耳を澄ませていると、建物に新たな来訪者がやってきた。
装飾品はおろか武器も短剣だけ。迷彩模様のコートを羽織った中年の男性だ。
まっすぐにギルドの職員の下へ歩いていった男性が報告する。
「ソレウサラス攻略隊は壊滅。生存者は不明だ。付近の村へ人を出してくれ」
「分かりました」
途端に慌ただしくなったギルドの喧騒に紛れて、僕は建物を出た。
さて、どこまでが偶然だろう。
カティアレンがソレウサラスの封鎖解除を皇帝に上申して受け入れられ、廃墟と化しているソレウサラスに巣くう魔物を討伐するために少数民族メイリー族を中心にした冒険者集団が派遣された結果壊滅し、メイリー族の戦力は大幅に削られた。得をしたのは帝国という事になる。
壊滅の理由も分からないけれど、帝国が裏で動いているとはちょっと考えにくい。メイリー族だって警戒はしていたはずだ。攻略部隊を壊滅させたのは魔物と見るのが自然だろう。
可能性としては、強力な魔物がソレウサラスに住みついた事を知った帝国がメイリー族と潰し合わせたってところかな。もしそうなら、カティアレンのイメージにも合うけれど。
推論に推論を重ねても仕方がない。ひとまず、確定した事実から次に起きそうなことを考えようか。
ソレウサラス攻略失敗、戦力の落ちたメイリー族と物資集約の拠点足り得る港町ソット、僕らが間借りしている帝国植民村と、その植民村に存在する不自然に多い建物。
「あ、これヤバい奴だ」
標的を弱らせ、囲み、虐める。救援を求められないようにするのは難しいけど、救援を断らせるのは案外簡単だ。助けてもメリットがないか、デメリットがあると思わせればいい。それは例えば、イジメの標的が戦力にならないと思わせる事。
イジメの原則だ。
イジメられている被害者を庇えば次は自分がイジメられる。だから助けず見てみぬふりをする。なぜなら、イジられるような弱者と自分が組んでも大勢に逆らえないから。そんな自己保身的な考えの持ち主ならたくさん見てきた。
今のメイリー族をじわじわとなぶり殺しても、周囲の少数民族は魔物との戦いがあるから手を貸せないと救援を断るはずだ。助けたとして、見返りに何を提供してくれるのかと。
少数民族側にとって最適な考えは合従連衡だけど、帝国だって武力でメイリー族を制圧するつもりはないだろう。経済封鎖なり、婉曲な手を使うはず。
少数民族側が先に武力蜂起する事はまずない。魔物の脅威があるからだ。それでも帝国はメイリー族の力を削ぎ、真綿で首を絞めるように緩慢に殺しても反乱を起こさないように先手を打った。
それに、帝国側にはちょうどいい手駒がある。
勇者だ。
メイリー族のかつての首都を取り戻すために帝国が召喚した勇者が自主的に立ち上がる。これなら美談にできる。勇者の志に感銘を受けた帝国軍が一緒にやってきて、ソレウサラスだけでなく防衛力が落ちたソットに進駐して魔物に対抗するなんておまけもついて。
その後は、カティアレンがバックについている商会が乗り込んできて帝国軍に守ってもらいつつメイリー族の商売を圧迫していく感じかな。
実際に僕の予想通りになるかはともかく、帝国植民村でこれ以上過ごすとどんなふうに情報が伝わるか分からない。
さっさと逃ーげよっと。




