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激しい喉の渇きと痛みで目が覚めた。
咳込みそうになるのを我慢しながら、うっすら瞼を開いて周囲を見回して自分以外に誰もいない事を確認する。
周囲が無人である事に安堵したアリアはそっと気怠い身体を起こし、ベッドのサイドチェストに水差しとコップが置いてあるのを見つける。
空気が普段の何倍にも重くなったかのように身体全体が押さえつけられ、腕を持ち上げるだけでも一苦労だ。
満水に入った水差しを持てる自信がなかったが、幸いにもコップには水が注いであったため震える腕で零しながらもなんとか喉を潤した。
くぅー
空腹で腹の音がなるが今はそれどころではない。
人がいない内に何とかここから逃げる手立てを考えなければ。
取り敢えずこの部屋が王宮のどの位置にあるのかを確認しよう。
そう考え、やけに重い体に鞭打って布団から足を出す。
ジャララララ
「…………は?」
床に足を下ろすとそれに釣られて布団の中からジャラジャラと鎖が床へと落ちる。
体の感覚が鈍く、気が付かなかったが右足には足枷が嵌められ、そこから長い鎖が連なっている。
「なに、これ」
鎖の繋がった先を見ようとベッドから立ち上がろうとしたアリアだったが、足に全く力が入らずべしゃりと床に崩れ落ちた。
ベッドを支えにして立ち上がろうとするが、腰から下が全く言う事を聞かない。
「!???」
混乱するアリアの耳にドアをノックする音と鍵を開錠する音が入る。
「失礼いたします……あら? あらあらあらまあまあまあ、奥様大丈夫ですか?」
ワゴンを押しながら入ってきたのは一人の年老いた侍女だった。
彼女はワゴンを入口の傍に置くとアリアへと歩み寄り、傍にしゃがみ込む。
「奥様、床にお座りになって一体どうなさったのです?そんな所でお座りになると、お身体が冷えてしまいますよ」
「奥様……?」
「はい、レイン様の奥方になられるお方ですので奥様と御呼びしろとのお達しがありましたので奥様と御呼び致しております」
「私、レインの妻になんてならないわ!」
驚愕の情報をアリアはすぐさま否定するが侍女は困ったように頬に手を当てる。
「そうおっしゃられても、主であるレイン様のご命令ですので困りますわ。
ああ、お目が覚めてからお傍にレイン様がいらっしゃらなかったからご気分を損ねていらっしゃるのですね。
レイン様も奥様がお目覚めになるまでお傍に居たいと仰っていたのですが何分ご多忙の身ですので泣く泣く奥様のお傍を離れてご公務をなさりに行かれました。
何としても今日は早めに帰って来ると仰っていましたのでレイン様がお帰りになるまでしばし我慢なさって下さいまし。
一先ずはお食事をお持ち致しましたのでそれをお召し上がりになって下さい。
それで、奥様どうして床にお座りになっておられるのですか?もしや、立てないのでは?」
「え、ええ、そうなの、何故だか足に力が入らなくて」
口早に捲し立てられたアリアはポカンとなりながらも何とか質問に答える。
「まあまあ、そうですかそうですか!!昨晩はお楽しみでしたものねぇ、立てないのも無理もございませんわ。お声も辛そうですし、後ほど喉に良い物を用意させましょう」
にこにこと微笑ましい者を見る目でそう言う侍女にアリアは絶句する。
奥様って本気で言っているのか、この人間はいきなり現れた女を王族の嫁にするのに何の疑念も持たないのか。
いや、レインの事だから先にこの身体の持ち主をここである程度生活させて周りの人間に馴染ませてから受肉させたと考える方が自然か。
足元に視線を落とすと相変わらず鎖は健在でその先はベッドの足に繋がっている。
この鎖に関しても一切驚いた様子が無い事から触れないように言い含められているか、アリアが受肉する前からこうだった可能性が高い。
言葉が見つからないアリアを余所に侍女は手際良くアリアをベッドの上に戻し、サイドテーブルをセットするとワゴンから食器を運んで食事の準備をする。
「本日、奥様は動く事が出来ないだろうからと私が一日お世話の為に付く事となっております。
レイン様から、お体の調子がまだ本調子ではないから2、3日は重湯を与える様にと言われましたのでこちらをご用意しました。
お体の調子を見て徐々に重湯の水分を減らしていきますので、要望があれば遠慮なく仰って下さいまし」
「食事よりもこの足の鎖を外してくれないかしら?重くて仕方がないのよ」
「申し訳ありません、私にはその質問に回答する権限がございませんので。
さあ、それよりも今は栄養を付けるのが先です。お口を開けて下さいまし」
アリアの要望を一蹴し、そのまま食べさせようとしてくるのを断る。
「お手洗いに行きたくなったらどうするのよ?」
「そちらの鎖はこの部屋の設備ならば問題なく使える程の長さとなっておりますので問題はないかと。
どうしても何か不自由な点があればお申しつけ下さいませ」
取り付く島もない侍女の様子に溜息を吐く。
考えたけれど、食事くらいしか今できる事はない。
諦めて大人しくスプーンを手に取るが相も変わらず腕は重い上に震えて言う事を聞かない。
「さあご遠慮なさらず、私がお口へ運びますわ」
見かねた侍女にスプーンを奪われ、重湯を口へと運ばれる。
人に食べさせてもらうなど羞恥心が強く、固く口を閉ざしていたがスプーンを差し出しにこにこと見つめ続ける侍女の重圧と空腹に負けアリアは渋々口を開いた。




