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ヤンデレ王子と風の精霊  作者: 東稔 雨紗霧
3st監禁

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30/38

 2時間程そこにいたアリアは重い腰を上げ、ヴァンの墓標に一つ口付けを落とし帰路へと着く。


 とにかく今日は疲れた。

 もう何も考えたくない。

 今はただ、安全な家のベッドでゆっくりと眠りたい。


 ぼうっと霞掛かる頭でそんな事を思いながら歩いていたアリアの足元の地面が突如、消失する。

 足場を失った身体は重力に引かれるままに暗闇の中へ落下していき、落下による内臓が押し上げられる様な不快感がアリアを襲う。

 咄嗟に上へと手を伸ばすとクンッと手首が引っ張り上げられた。

 視線を向けるとアリアの手首に付けていた精霊具が強い光を放ち、アリアの身体を上へと引っ張り上げていく。

 召喚拒否の精霊具が問題なく発動した事にホッとしたのも束の間、精霊具に対抗するかのように力強く、まるで絶対に逃がさないとでも言うかの様に執着すら感じられる力で下へと体を引っ張られる感覚にアリアは嫌な予感がした。

 精霊具は問題なく発動している、なのに言い知れぬ不安感が拭えない。


 ピシッ


 その音はやけに大きく聞こえた気がした。

 ハッと視線を精霊具を見つめていると、精霊具の中に嵌めていた精霊具の要である精霊術の込められた石にピシリッ、ピシリと細かなヒビが入り、蜘蛛の巣の様に広がっていく。

 そんな、あれは特別頑丈に作っておいたのに何故?と驚くアリアの脳裏に先日フーイに精霊具ごと手首を掴まれていた光景が浮かび上がった。

 きっとあの時に何か細工を施したのだろう。

 自身でも精霊術を使いなんとか上へと浮上しようと試みるがヒビが広がっていくにつれ身体を引く力がどんどん強まっていき、均衡状態を保つのがやっとだ。

 そして、


 パンッ!


 弾けるような音と共にキラキラとアリアに榛色の光が降りかかり、同時に凄まじい勢いで体が下へと引き摺り降ろされる。



 「ああ!!イヤ、嫌よ!!」



 必死に上へと手を伸ばすがその手を掴み引き留める者はいない。

 精霊界の光はどんどんと遠ざかっていく。



 「ぐっ、ガハッ!!ゲホッゴホッ!!」



 勢いよく地面に叩きつけられた様な衝撃に堪らずアリアは床に倒れ伏した。

 身体が衝撃に震え、上手く肺に空気が入らずに咽かえる。

 空気を取り入れるよりも先に咳が出続け、上手く酸素を取り込む事ができず酸欠で目の前が赤く明滅する。

 何とか必死に呼吸を繰り返し、しばらくして最初の叩きつけられた様な衝撃から立ち直ったアリアは倒れ伏した体を起き上げようとして、嫌に自分の体が重たい事に気が付いた。



 「痛っ!」



 震える腕で何とか起き上がろうとして体を支えきれず再び床に倒れたアリアは堪らず痛みに呻き、ハッとする。

 『痛み』

 召喚された世界では実態を持たないアリアたち精霊には存在しないはずの感覚。

 思えば、先ほどの呼吸に関してもそうだ。

 実態を持たないのだから酸素など必要としていないにも関わらず酸欠で気を失いそうになった。


 (まさか!)


 嫌な予感を抱えアリアは自分の頬を手で抓ってみた。

 身体の加減がきかず、思い切り抓られた頬はとてつもなく痛かった。

 自分の腕をひっかいてみると赤い血がうっすらと滲み出てくる。


 (受肉されている!!)


 その事実を認識したアリアは顔色を青くした。

 本来、精霊は召喚された時に元の世界に自分の肉体を置いて精神体となり他の世界に召喚される。

 それは召喚と言う精霊界から引き離される精霊が人間界から死と言う脱出方法を簡単に選択できるように、使役される事で苦痛を感じて傷付いてしまう事が無い様にと召喚される精霊たちの為に神が配慮した安全装置の様な物だ。

 ただし、例外的にその安全装置を外し精神だけの精霊に肉体を与える方法がある。


 それは新たに依り代となる物を精霊の召喚する魔法陣の中に入れておく事だ。

 通常、それは精霊の宿った魔法具等を作る時にペンダントやブローチなど無機物を入れるのが主流だ。

 精霊の使う精霊術を込めて使うのが精霊具、精霊本体を宿しその時の要望に応じて精霊術を行使させるのが魔法具と分類されており、呪具と違って魔法具は精霊を強制的に拘束する力は弱く、例え魔法具が壊れたとしても精霊の魂に傷が入る事はない。

 精霊は出番が無い限りは魔法具の中でとは言え好きに過ごす事ができ、尚且つ魔法具に込められた魔力を好きに取り込むことができる上に魔法具に込められた魔力が尽きれば無条件で精霊は解放されるため、帰りたくなったら魔力を吸い尽くせば終わりと帰還の自由度が一番高い。

 召喚する側としてもあらかじめ魔法具に魔力を込めておけば精霊に日常的に魔力を分ける必要が無くなり、余裕が出来たその分その日の使用可能魔力量が増える上に新たに魔力を込めて召喚し直せば何度でもその魔法具を使う事ができると言うお互いにとって損の無い友好な関係を築ける。

 魔力量の乏しい精霊術師が良く使う手法だ。


 先にも言ったが依り代は通常、ペンダント等の無機物を用いられる。

 だが、それが無機物ではなく動物や人間だった場合話は変わってくる。

 大きな変化としてはまず、魔力の受け渡しをする必要が無くなり、精霊は魔力の代わりに食事を摂って生活をしなければいけなくなる。

 次に、お互いに契約関係による強制力が無くなるので召喚者は精霊に命令が出来なくなり、精霊は召喚者に逆らう事ができる。

 例えば精霊が召喚者を殺す事も可能になるのだ。

 その代わり、例え召喚者が死んでも受肉した精霊は解放されることが無い。

 例え、受肉されたその身が滅びてもその先にあるのは解放ではなく魂の消滅だ。

 召喚された精神が元の世界に戻る事は無い。

 精霊は自由を好む。

 余程良い関係を築かない限り例えこの世界での生活の基盤を手にする事ができず直ぐに死ぬ事になろうとも受肉した精霊は召喚者の傍を離れ、その残された生を謳歌する事を望む。

 待ち受ける先が魂の消失だとしても、自らの自由を阻害するのであれば躊躇なく召喚者の命を奪う。

 ただでさえ数の少ない精霊がそれによって数を減らす上に生物の身に受肉させる時には生物一つ分の命が必要になってくる。

 だからこの世界では精霊の受肉は禁止されている。


 だが、それでも人一人の命を使って受肉させる召喚者もいる。

 受肉した精霊の最大の特徴として生殖活動ができる事が挙げられる。

 つまり、精霊との間に子を作れるのだ。

 受肉する前に召喚された精霊と召喚者が想いあった結果、他者を犠牲にしてでも幸せになりたいと願いその為に他人の命を犠牲にしてでも想いを遂げる。

 そんな事が稀に起こるのだ。

 勿論、そんな自分勝手な想いで他人の人生を狂わせて良い道理は無い。

 事が知られれば直ぐに二人とも捕まり、召喚者は強制労働、精霊は召喚者や子供の命を盾に死ぬまで精霊術の酷使に使われる。

 それは精霊界でも人間界でも認識されている事だ。


 それなのにアリアを、それもよりにもよって人間として受肉させた人物。

 そんな人物に関する心当たりはアリアには一人しかいなかった。



 「そんな、まさかレインの……」



 床に横たわったまま震えるアリアの体を後ろから何者かが起き上がらせ、力強く抱き締めた。



「ああ、何度失敗しても挑戦し続けた甲斐がありました。おかえりなさい、僕のアリア」



 まるで脳髄を溶かそうとするかのような甘い声と熱い吐息が耳に掛かった瞬間、アリアは気を失った。



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