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花冠祭と呼ばれているレヌマの薔薇祭り。
薔薇は別名花の王とも呼ばれている事からこの名が付けられた。
レヌマでは古くから様々な品種の薔薇が栽培されており、特に王族への献上種がある事から花の都とも呼ばれている。
式典への出席と関係者からの挨拶を済ませた後はスティーブンに一人警護の為に高位精霊を付け、街へと繰り出した。
街は花の匂いで溢れ、そこかしこに飾られた薔薇が街を華やかに彩っている。
「綺麗ですね、アリア。それにとても良い匂いですよ」
〔匂いは分からないけれども、綺麗なのは同意するわ〕
「その中にいたら匂いは分からないのでしたね、失念していました。その内に術式を改良して匂いや物の味が分かる様にするつもりなので、楽しみにしていて下さいね!」
〔簡単に言うわねぇ……〕
レインは事も無げに言うが、術式は新たに編み出すだけでも生半可な才能では難しいと言われている。
にも関わらず齢13歳にして鏡の術式を編み出したレイン。
編み出すよりも更に難しいとされる改良も彼ならば不可能ではないのだろうが、用途がアリアを拘束し続ける為と言う不毛な目的の為なのだから、つくづく才能の無駄遣いだとしか言えない。
その情熱をもっと健全な方向へ向けて欲しいとアリアは心底から残念に思う。
「アリア、薔薇のアイスだそうですよ。他にも薔薇のクッキーや紅茶、ケーキ、他にも入浴剤なんてのもありますよ」
〔薔薇の花を色々と活用しているのねぇ。流石、花の都と呼ばれるだけあるわね〕
「この薔薇の紅茶は程よい酸味が効いていて美味しいです」
〔薔薇って酸味があるのね、意外だわ〕
「アリアに似合いそうな味です」
〔味が人に似合う似合わないなんて表現、初めて聞いたわよ?〕
「うーん、このアイスには薔薇のすりおろした花びらの他にも香料が練り込まれているのでしょうか?薔薇の香りが口内に広がって全面に薔薇を押し出している感じがしますね」
〔率直な感想は?〕
「香りが強すぎて食欲が失せます」
〔何事も程々が一番って事ね〕
「この入浴剤と洗剤は肌を輝かせるそうですよ。それに、体臭が薔薇の香りになるのだとか。アリアにぴったりですね」
〔精霊はお風呂に入らないって忘れていない?〕
自由に動き回れる訳ではないが、なんやかんやで久しぶりに目新しい物を見る事ができたアリアは、今この時だけは自身の現状を忘れて観光を楽しんでいた。
ある程度見回って楽しんだ後、レインは路地裏で契約精霊の内の一人であるフーイを呼び出した。
〔お呼びでしょうかレイン様〕
「うん、昨日話した場所に連れて行って欲しい」
〔畏まりました〕
フーイの精霊術によって空へと身体を浮かしたレインはそのまま空を飛んで移動していく。
久々に見る事ができた空を飛ぶ景色をペンダントから眺め、次は何処に行くのかとわくわくしていたアリアだったが景色が変わり、見覚えのある場所に近付くにつれてその顔色が変わっていく。
〔……レイン、一体何処に向かっているの?〕
「ん? アリアなら景色を見て大体予想がついているのではないですか?」
〔……もう一度聞くわよ、一体何処に向かっているの?〕
アリアの問いに笑みを浮かべ、心底楽しそうにレインは答えた。
「タームの森ですよ」
〔どうしてそこへ?〕
「前にアリアの大切な場所だと聞いたのでお連れしようと思ったんです。折角近くに来たのですから寄っていきましょう」
〔気持ちは嬉しいけれども今は気分では無いの、また今度にしましょう。それよりもここよりも南に行ったら野生の野薔薇の群生地帯があるのよ、それがとても絶景だからそっちの方をレインに見せてあげたいわ〕
「わあ、それは嬉しいですね!では森に行った後にそこに案内して下さい」
〔いいえ、森には行かずに行きましょう。フーイ、南に飛んで頂戴〕
〔私の主人はレイン様よ。貴女の指図は聞かないわ〕
〔そう、じゃあレイン、南に向かう様にフーイに言ってくれないかしら?〕
「お断りします。どうしてそんなに森に行きたくないんですか?」
〔気分じゃないからよ〕
「行きたくないのではなく、僕を行かせたくないのでしょう?」
〔……〕
沈黙を是として捕え、レインは更に笑みを深くする。
「大好きなヴァンとの思いでの地だから、それ以外の人間とは行きたくないと言った所でしょうか?」
〔……それが分かっているのなら、どうしてこんな意地悪な事をするの?〕
意地悪と言った言葉に心外だとレインは口を尖らせる。
「やだなぁ、意地悪なんかじゃありませんよ。もう会う事のない人間なんかよりもこれからずっと一緒にいる僕との思い出の場所にした方がずっと有意義だと思いませんか?これは意地悪なんかじゃなくて親切心です」
〔親切心と言うのなら、お願いだから戻って頂戴。あそこだけは放っておいて!!〕
「我が儘ですねぇ、アリアの一番のお願いなら既に聞いてあげているじゃないですか。僕よりも長い時をアリアと共に過ごし、貴女に愛されている目障りなあの男を排除せずに我慢しているのは偏にアリアが僕の傍に居てくれると約束と言う名の対価を払ってくれたからですよ?
今のアリアには僕に何かをしてもらえるように交渉できる対価を用意できますか?できると言うのであれば考えますがどうでしょう?」
〔…………レインを嫌いになるわ〕
「……そうですか。例えアリアに嫌われても、既にアリアの存在全ては僕の物です。残念ですが、それでは何の交渉材料にはなりませんね」
アリアは唇を噛み締める事しかできなかった。
✻✻✻
良い気分転換をする事ができた。
自室に帰り式典用の堅苦しい服を着替えて一息ついたレインは上機嫌で鼻歌を歌う。
アリアとあの男の大切な場所だと言っていた場所は炎の精霊メラと土の精霊ツッチーの手により徹底的に破壊された。
滂沱し、半狂乱した様子で宝石を内側から必死に叩いてなんとか出ようとするアリアの悲痛な叫びを聞きながら、自身の精霊の手によってあの男が関連する場所が原型を留めなくなる様子を眺めていると心が満たされていく様な充足感を得られた。
アリアの半狂乱した様子とその後の悲しみに沈んだ表情を思い返すとレインの胸は痛んだ。
だが、それ以上に感じるゾクゾクとした堪らない感覚にレインは全身を震わせた。
僕のとる行動一つでアリアの心を掻き乱してしまえるというその事実が、たまらなく心地良い。
ああ、大好きで大切で大事にしたい人。
大事に慈しんで笑顔で過ごして欲しいけれども、それと同時に傷つき、苦しみ、悲しんでいる表情も見てみたい。
それを人は背徳感と呼ぶのだが彼はまだそれを知らない。
愛は素晴らしいなんて言う者もいるけれども、それは恵まれた立場にいる人間の台詞だ。
欲しい愛を与えられるのは一部の存在だけで全ての存在が分け隔てなく与えられる訳ではない。
レインは別にそれに悲観する気はない。
愛されないのであればそれ以外を手に入れてしまえばいいのだから。
欲しい物が既に他人の物であれば奪えばいいだけの話だ。
愛や慈しみがあの男だけに向けられるのならば、それ以外の憎しみや恐怖と言うあの男では決して得られる事のできない感情は全部僕の物にしてしまおう。
今は亡き母上は父上への愛を囁きながらもその口で放置されている現状や一向に渡って来てくれない父上への怨嗟を零しては一人泣いていた。
レインが霊眼持ちだと判明してからは再び霊眼持ちを産むかもしれないと期待した父上が渡る様になり、生活環境は一変した。
食事や生活の水準が大きく上がり、今まで母上に高圧的だった者が急にぺこぺこと頭を下げ始めたのだ。
今まで押さえつけられていた反動か母上は嫌がらせをしていた者を徹底的に扱き使い、虐げていた。
憎しみは下手な愛情よりも強く人を結びつけると本に書いてあったが、確かにそうなのだろう。
その証拠に、自らのその振る舞いをレインには隠そうとしていた事から母上も自分のその行いが正しい物ではないと理解していた様だが、かつて受けた屈辱を晴らすその様は父上と話している時よりも楽しそうで、瞳はキラキラと輝いていた。
部屋の大鏡に映るアリアは膝を抱えて泣いている。
ああ、早く顔を上げて下さい。
そしてその両の瞳で僕を見た時、強い憎しみで染まった瞳で僕を写すのでしょうか。
ああ、でもアリアは優しいからまだ僕を憎み切れないかもしれません。
ここまでされても尚僕を憎めないのなら、それならば代わりに一体どんな感情を抱き、どんな表情で僕を見るのか。
早くそれが見たくて見たくて堪らないのです。
大鏡に手を這わせ、レインは恍惚とした息を吐いた。




