第97話 外出
今日は生徒たちの月に一度の外出日らしい。別に何も悪いことをしてるわけでもないのに、月に一度しか外出できないのはどうかと思うが。
フランスでは国の方針でそう決まってるようだ。
可哀そうな気持ちになったが子供たちは今日を楽しみにしていたみたいで、嬉しそうにはしゃいでいる。
「他のクラスの子と一緒に行くんですか?」
職員室で今日のスケジュールの説明をしている修道女に聞いた。
「いいえ、まとまって行動すると目立つので、それぞれグループに分かれて違う場所に行きます。五条先生のクラスは引率としてフィリップ先生も同行しますので、お二人と生徒七人で行動してください」
――っと。いうことでフィリップ先生と一緒に行くことになった。「よろしく」と軽くあいさつをして、今日どこに行くのか確認する。
午前中はショッピングモールへ行って、そこで昼食か‥‥‥まあショッピングモールはなんでもあるから楽しいだろう。
その後は美術館に行って鑑賞‥‥‥子供には退屈じゃないかな? そう思ったが、このスケジュールを知った子供たちが、それでも早く行きたいと言っていた。
外に出られることが嬉しいんだろうな。
「よし! みんな行くぞ。離れんなよ」
「「「おーーーっ!」」」
「それにしてもなんで修道服を着なきゃいけないんですかね?」
俺は黒い修道服を着て子供たちと一緒にバスに乗り着席したが、何故この服なのか聞いてなかったので隣に座ったフィリップ先生に聞いてみた。
「決まりみたいですね。一般の民間施設に行くときは、修道院から来たことを明確にしないといけないみたいですよ」
そうなんだ‥‥‥確かに修道士としての身分証も持たされたからな。何かトラブルが起きたら修道院が責任を取らされるってことか。
バスは北部にあるショッピングモールに向かって走り出した。
◇◇◇◇◇◇◇◇
僕たちを乗せたバスは目的地のショッピングモールに着いた。ここに来るのは修道院に入ってから二回目になるか‥‥‥。
「おいノア。早く行こうぜ」
「ああ」
アーサーが勢いよく飛び出していった。僕も降りようと席を立つと、後ろの席で窓の外を見ているエミリーが目に入る。外に出ることを躊躇してるように見えるが。
「エミリー、一緒に行こうか」
「‥‥‥私は‥‥‥その」
僕はエミリーの手を取った。
「絶対楽しいから!」
そう言ってエミリーと一緒にバスを降りた。今思えば、これが良くなかったのかもしれない‥‥‥。
◇◇◇◇◇◇◇◇
引率として子供たちと色々な店を回っていた。女の子は服屋や本屋に入り、男の子はゲームセンターやおもちゃ屋に入っていく。
修道院からお金を預かっているので、その範囲内で使っていった。
「先生! マルセイユ美術館には行ったことある?」
ショッピングモール内のフードコートで昼食を食べているとノアが声を掛けてきた。
「いや、無いな。有名なのか?」
「美術館自体は有名じゃないけど、中に飾られてる絵画や彫刻なんかは素敵な物ばかりで僕は凄く好きなんだ」
へーっ、この子は絵が好きなのか。だとしたら美術館に行くのは嬉しいだろうな。
そんなことを話していた時、別のテーブルで子供たちと食事をしていたフィリップ先生が何人かの男たちに囲まれているのが見えた。
「お前ら聖ヴィクタスから来たのか! だとしたら異能者の子供だろ。こんな所まで連れてきやがって」
「い、いえ確かに私たちは修道院から来ましたが、ちゃんと許可を取って外出しておりますので――」
「うるせーーー!!」
大声を出しているので周りの人たちもこちらに気づき始めた。
子供たちも怯えたような目になっている。あの男たちは何しに絡んできたんだ? 俺はすぐにフィリップ先生のもとに駆け付けた。
「そもそも住民が反対してるのに、あんな施設作りやがって!」
男はフィリップ先生の胸ぐらを掴んで持ち上げようとする。
「やめろ!」
俺は男の腕を掴み、そのまま下に降ろす。
「いっ、痛っ! 何すんだ」
「大の大人が何してるんだ。子供の前でみっともないだろう」
「お前も聖ヴィクタスの修道士か!」
後ろにいた男二人も、こちらに突っかかってくる。めんどくさいな~と思ったので――
「うっ!?」
「ひっ!!」
男二人は腰が抜けたようにその場に座り込んだ。人間相手に暴力を振るうわけにもいかないので、スキルの“威圧”を使ってみた。
初めて使ったが、思いのほか効果があるようだ。怪我をさせることなく、相手を制圧できるからな。もっとも精神的にはダメージを受けてるかもしれないが。
けっこう便利なスキルだと感心していると‥‥‥。
「きゃっ!」
後ろから悲鳴が聞こえた。急いで振り返るとエミリーが顔を手で押さえてうずくまっている。
「どうした!?」
「誰かがエミリーに物を投げたんだ!」
ノアが言うように、床には中身の入った缶ビールが転がっている。俺は周りを見渡した。誰だ! こんな小さな子に悪意を向ける奴は。
“念話”の力を最大限発揮して周囲の思考を読み取っていく‥‥‥明らかに憎悪を向けてくる男を見つけた。
立ち去ろうとする男の前に周り込む。俺の速さなら時間を止めなくても人間が認知できない速度で移動できる。
「お前か! 子供に物を投げたのは!!」
「な‥‥‥なんだいったい!? 俺は知らん。知らんぞ」
明らかに動揺している。“念話”で確認するがコイツで間違いない!
「ひいっ!」
“威圧”で卒倒させた。後で警察に突き出してやる。俺は男をその辺に転がして、すぐにエミリーのもとへ向かった。
「大丈夫かエミリー! 怪我はすぐ治してやるからな」
そう言ってエミリーの顔に手をかざした時、異変を感じた。
周りにある椅子やテーブルがガタガタと揺れ出した。さっきまで食べていた机の上の食べ物や飲み物が浮かび上がり、何かに吸い込まれるように飛んでいく。
俺は真上を見上げると、そこには――
「なんだ……アレは……」
空中に黒い球体が浮かんでいる。球体は周りの物を吸い込んでいき椅子やテーブルも浮かんでクルクル回りながら球体に飲み込まれていった。
「きゃーーー!」
「なんだよコレ!!」
人間も浮かび上がる。周りの物を全て飲み込もうとする黒い球体からは凄まじいエネルギーを感じた。ひょっとして、これがエミリーの固有スキル“黒陽”なのか?
確かに黒い疑似太陽のようにも見えるが――
俺は時間を止める。とにかく周りに被害を出さないようにしないと、生徒たちや近くにいた人たちを全員建物の外に運び出す。
エミリーも連れ出そうとするが、まったく動かなかった。あの黒い球体のエネルギーの影響か‥‥‥だとしたらアレをなんとかするしかないか。
時間を動かし光魔法で球体を攻撃するが、魔法が全て飲み込まれてしまう。エミリーは座り込みながら泣いているが黒い球体のエネルギーはどんどん強くなってる。
これはマズイぞ! ほとんどブラックホールみたいに拡大していく。ショッピングモールの壁が剥がれ、周りにあった物もすでに消えていた。
俺の魔法でも消せないのか!? ‥‥‥消せない? 俺は時間を止める。
この黒い玉を消す方法は二つしか思いつかない、その中で現実的に町中で使えるとしたら一つしかないか‥‥‥。俺は一旦、時間を動かす。
アイテムボックスとして使っている亜空間を開いてから再び時間を止めて、その中から小さな玉を取り出した。
結局、こいつに頼らなきゃいけないのか? 何か強い力で運命を操られているように感じるから嫌だったが‥‥‥泣いているエミリーを見るとそんな場合じゃないと思った。
小さな玉を口に含んで、全部舐め切ってから時間を動かす。
真上にある黒い玉は更に巨大になっていき、かなり踏ん張らなければ俺でも飲み込まれそうになる。
両手を前に構え、意識を集中する。体の中から膨大魔力が両手に凝縮してゆき最大限のエネルギーに達した時、爆発的な光と共に一気に放つ――
「ドラゴン・ブラスト!!!」
閃光は黒い太陽と、その後ろにあった建物の壁を全て消し去った。




