第95話 闇
時間がきて生徒全員の能力は確認できなかったな。職員室として使っている部屋にいくと‥‥‥
「大丈夫でしたか?」
修道女が唐突に聞いてきた。
「え? ええ、大丈夫ですけど‥‥どうしたんですか?」
そこには修道女の他に数名の先生も集まってきている。何事かと思った。
「いえ、あのクラスを担当した先生は初日で怪我をされる方が多かったものですから心配になりまして‥‥‥」
「そうなんですか? 今日、見る限りではいい子たちでしたよ」
「本当ですか? 何かされませんでしたか」
「んーいや、別に何も‥‥‥」
先生たちも、かなり心配そうな目でこっちを見ているが特に問題なかったな。
「子供たちの様子はどうでしたか?」
「そうですね。みんな明るく接してくれましたよ。ひょっとしたら教師とか向いてるのかもしれませんね」
俺が笑いながら言うと、周りは信じられないといった表情をしていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「おい、ノアどうすんだよ! 今までの教師と全然違うぞ」
「私たちの力じゃ追い出すなんて無理よ!」
「静かにしてくれ」
僕がそう言うと周りは口を閉じた。
「あの教師はかなり変だ。見た限り“戦士・魔法使い・魔物使い・鍛冶職人”の最低でも四つ以上の職業を持ってるように見える」
「だとしたら聖域の騎士団のフレイヤ・クルスと同じ数よ。有名な異能者なんじゃないの!?」
「いや‥‥五条将門なんて名前は聞いたことがない‥‥‥日本に関する情報もほとんど無いからな」
「でも本当にフレイヤ並みの実力者なら、そんなのどうやって‥‥‥」
アーサーがしゃべっているのを手で制した。実力があるのは確かだ。だが、あいつを追い出さないと僕らの未来がなくなる。
席から立ちあがって教室の隅にある机に向かった。
「お、おい‥‥ノア!」
その席にいる少女はこのクラスで一番幼く、暗い雰囲気で静かに座っている。僕はその子に明るく話かけた。
「ねえ、エミリー。君の力を借りたいんだ。話は聞いてただろ?」
エミリーはうつむいたままだったが、いつものことなので話を続けた。
「みんなで約束したじゃないか、目的を果たすためにはアイツは邪魔なんだ!」
「‥‥でも‥‥私は‥‥‥」
消え入りそうな声で話すエミリーを説得する。
「もし何かあれば僕らが必ず助けに入るから。僕らのことは信じてるだろ?」
最後はエミリーも黙ってうなずいてくれた。この子さえ力を貸してくれれば五条がどれだけ強くても関係ない。
明日には五条を追い出せるはずだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日・午前――
職員室で子供たちのことをノートに書いていた。昨日、子供たちの能力を見た後、鑑定したので大体の能力は把握できたと思う。
ノア・シュミット
賢者 Lv5
スイス人で14才、驚きなのはいきなり上級職の“賢者”が発現してることだ。やはり能力の発現は個人差がかなりあるようだな。
ビクター・メイズ
魔法使い Lv7
ベルギー人、15才
ルイス・ベルナール
モンク Lv4
フランス人、11才
アーサー・ルロワ
戦士 Lv8
フランス人、14才
サラ・デュボア
大魔導士 Lv9
フランス人、16才
クロエ・マルタン
魔物使い Lv6
フランス人、12才
あれ、6人だな。全員鑑定したと思ってたけど一人してなかったか? 抜けてるのはルクセンブルグ人のエミリーか‥‥‥確か影の薄い子がいたと思うけど。
まあ、今日調べればいいだろう。俺は教室に向かうことにした。
「おはよーみんな」
「おはようございます」
昨日と同じように全員、整然と着席している。昨日は7人中5人までの能力を確認したから今日は残り2人か‥‥‥。
それにしても子供たちの能力の高さには驚かされる。最初の頃の俺なんかより、よっぽどうまく力を使ってるように見えた。俺の場合は努力で身に付けた訳じゃないからな‥‥ちゃんと教えられるか不安だが。
それに気になったのがレベルだ。魔物を倒して上げるものだと思ってたが、子供たちは魔物を倒してないはずなのにレベルが上がってる。
何か他の要素で上がるのか、もしくは俺の持つ職業ボードと自然に発現する能力とは違いがあるのかもしれないな。
まあ、考えても分からないことは多いができることからやっていこう。
「それじゃあ、昨日の続きでサラから能力を――」
「先生!」
ノアが手を挙げている。どうしたのかと思うと‥‥。
「今日はエミリーから見てあげてくれませんか? 五条先生に教えてもらうことを楽しみにしていたので」
「‥‥そうか、分かったよ」
ノアが笑顔で言ってきたので、先にエミリーを見ることにした。教室の隅っこにいるその女の子は、ここでは最年少の生徒だ。
おどおどした様子で、存在感無さげに座っている。
「エミリー、君のことを教えてくれないか?」
「‥‥‥私は‥‥」
女の子はかなり小声で呟く。聞き取りにくかったので近づくと‥‥
「‥‥近づいちゃダメ‥‥‥になるから」
「え? なに」
更に一歩女の子に近づいた時、異変に気づいた。
「ん?」
下を見ると、足元に何か落ちている。点々としてるものをよく見ると血の跡のように見える。俺は自分の袖をまくった。
腕には無数の穴が開いていて、血が流れている。
慌てて、周りを見ると小さな黒い玉のような物が浮かんでいた。空間探知でも気づくことができない玉は、数えきれないほど無数にある。
「これは――」
闇魔法だ! 俺は女の子を鑑定した。
エミリー・シモン
魔王 Lv7
職業スキル 闇の加護 RankC
俺は一歩下がった。魔王? いきなり最上級職の能力が発現しているのか‥‥‥だとしたら使いこなせるわけがない。
「どうしたの? 先生」
ノアが笑顔で聞いてきた。昨日から俺に敵意を向けてるのは“念話”の能力で分かっていたが、なるほどこの子を使って追い出したいのか‥‥‥。
「‥‥お願い‥‥私に‥‥使わせないで‥‥」
席から立ちあがったエミリーは怯えたように震えていた。こんな子を残したまま出ていくわけにはいかないな。
俺は周りに被害がでないように“結界術”で光のシールドを張った。
「え?」
「何、これ!」
他の生徒を締め出して、この空間の中には俺とエミリー以外入れないようにした。“結界術”のシールドは光魔法で構成されている。闇魔法は光魔法で打ち消すことができるはずだから周りに影響は出ないだろう。
「エミリー始めようか、君がどんなことができるのか知りたいんだ」
「‥‥‥先生‥怪我してるし‥‥」
俺は袖をまくって腕を見せた。
「怪我なんかどこにも無いぞ。気のせいじゃないのか?」
「‥‥嘘‥さっき‥‥どうして」
俺はエミリーに近づいた。彼女は一歩後ずさり怯えた様子だ。
「ダメ‥‥私に近づくと‥‥必ず不幸に‥‥」
「不幸?」
「‥‥みんな怖がるの‥‥私のこと‥‥」
「どうしてだ。怖いことなんて何もないぞ」
エミリーの影から濃い闇が広がっていく。周りに浮かぶ黒い玉の数も増えていき、結界から外に出ることができないため空間の中は黒い玉で溢れかえる。
「‥‥化物って‥‥異能者の中でも‥‥化物って言われる‥‥」
「気持ちは分かるよ。でも気にする必要なんかない」
「‥‥分かるはずない‥‥私より強い‥‥異能者は‥‥見たことが無いの‥‥だから、きっと‥‥」
エミリーは苦しそうに言葉を吐き出した。
「奇遇だな。俺も自分より強い異能者に会ったことがない」
そう言ってエミリーに向かって歩き出した。黒い玉に触れると体を傷つけたが構わず歩いて近づいた。
「‥‥いや‥‥来ないで‥‥私の能力で死んでしまう‥‥」
「君の能力が通用しないと証明するよ。全力で攻撃してみな」
「やめろ!! エミリーをそれ以上刺激するな! 本当に死んでしまうぞ!!」
結界の外からノアが絶叫している。なんとか入れないかと他の子供たちと必死に結界を破ろうとしているが、彼らの能力では無理だな。
俺は手を上にかかげ魔力を込める。結界の中に無数の光が現れ空間を覆い尽くす。それを見たエミリーは恐怖の表情で怯えだした。
俺が更に近づいていくと――
「いやーー!! 来ないでっ!!!」
浮かんでいた黒い玉は一斉に俺に向かって飛んでくる。「光魔法――」俺の言葉と共に周りにあった光の欠片は更に輝きをます。
「――光源の流星――!!」
無数の光は黒い玉を正確に打ち払い、全ての闇が消滅する。それを見たエミリーは床にぺたんっとへたり込んだ。
「なっ! 俺の方が強かったろ」




