第94話 ノア・シュミット
修道女に案内されて、能力の高い生徒がいる教室に向かっていた。今いる生徒の数は7名、年齢もバラバラで10才から16才までの子が集められているみたいだ。
「ここです」
修道女が教室の扉の前で止まった。中に入る気はないようだ。「後はお願いします」と言い残し、修道女は去っていった。
「さて、どんな子がいるのか‥‥‥」
俺は扉を開け中に入った。広い教室の中に机が7つ、間隔を空けて置かれていて生徒たちは大人しく座っている。
「こんにちは」
俺は教卓の前に立ち英語であいさつした。修道女から子供たちが英語を話せると聞いたので大丈夫だと思うが‥‥‥。
「こんにちは、先生」
前の席に座っている銀髪の男の子が挨拶をしてくれた。俺は手元にある出席簿を確認する。彼はノアかノア・シュミットと名簿にある。
「君はノアだね」
「はい、新しい先生が来てくれてとても嬉しいです」
ノアを始め他の生徒もニコニコしながら、こちらを見ている。もっと荒れ狂った感じを想像していたが全然違うな。
「今日からみんなに“異能”の使い方を教える五条だ。よろしくな。ちなみに俺は日本って国から来た。みんな知ってるかな?」
「日本は知ってるよ。マンガとかアニメは見たことあるから」
後ろの席の体格のいい男の子が答えた。彼はアーサーだな。一応名簿を見なくても名前と顔は覚えてきたので間違えることはないと思うが‥‥‥。
「先生は俺たちにどんなこと教えてくれるの?」
「そうだな‥‥まず君たちの能力を知らないと、何を教えればいいのか分からないから色々教えてくれ」
「分かりました。自己紹介代わりに能力を見せていきますね」
ノアは笑顔で答えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ノア」
「分かってる」
僕はアーサーに目配せした。アーサーもすぐ理解して頷いた。
「先生! 俺、力が強いのが自慢なんだ。腕相撲で勝負しようよ」
「腕相撲か‥‥‥いいね! やろう」
五条と名乗った先生はアーサーと机の上で手を組み合った。アーサーは【剛腕】の固有スキルを持ってる。大人の異能者でも固有スキルを持つ者は稀だ。この腕相撲で手の骨を折った先生もいたからね。五条先生は大丈夫かな?
「レディーゴォー!」
「うううっ」
「おお、強いぞ。凄いじゃないか!」
え? アーサーが顔を真っ赤にして力を入れているのに、五条の腕はビクともしない‥‥‥それどころか涼しい顔で笑ってる。
「ハイ、おしまーい」
簡単にアーサーの腕を机に付けた。アーサーに勝った奴は初めて見た。戦士系の異能者か‥‥‥。かなり強いみたいだな。それなら‥‥‥。
「ビクター!」
ビクターは軽くこちらを見て頷く。
「ねえ先生、今度は俺のも見てよ。魔法が使えるんだけど、ちゃんと扱えてるか見て欲しいんだ」
「おー魔法か、いいね見せてごらん」
ビクターは自分の周りに炎を出し、大きく立ちのぼった炎を右手に収束させ火球をつくった。ビクターには固有スキル【炎の恩恵】がある。火魔法でビクターの右に出る者はいない。
「先生、行くよー」
ビクターが投げた火球は真っ直ぐ五条に向かって飛んでいく。ビクターの炎は爆発的に全身に燃え広がる強力な火魔法だ。火が回ってもサラの水魔法で消すことはできるが、脅しには充分だろう。
五条の手前で炎が炸裂して燃え上がる。だが――
「何‥‥アレ?」
サラが目を点にして凝視している。炎は五条の前で拡散していく、何か丸い障壁があるかのように体に届いていない。
「凄いな、これだけ魔法がコントロールできるなら教えることは無いんじゃないかな‥‥」
そう言って五条は拡散していた炎を手に集め、更に巨大な炎にした。
「だけど、もっとうまくなれば‥‥こんなこともできるぞ」
炎は手から離れ、ぐるぐると渦巻くと竜の姿に変わっていく。
「炎竜!」
こちらに向かってきた竜は僕たち7人を飲み込んだ。全身を焼かれる‥‥‥! そう思ったけど、まったく熱くない。どうしてだ‥‥?
「面白いだろ。炎を自由に操れるようになると、燃やす物と燃やさない物を分けて放つこともできるんだ」
そう言って五条は炎を消した。魔法も使いこなせるのか!? あんなに力があって、魔法も使えるなら間違いなく“魔法戦士”だ。初めて来た上級職の人間‥‥‥。
でも、僕らが待っているのはコイツじゃない!
「ノア‥‥どうしよう」
アーサーが弱気な声で言ってきた。当然引き下がるわけないだろ。
「先生、クロエの能力も見てあげてよ。ちょっと変わった召喚魔法が使えるんだ。クロエ、見せてあげて」
「え、ええ‥‥‥」
「もちろん全員の能力を見るつもりだからな。いいぞ、やってみろ」
調子に乗ってるな。だけどクロエの前では力も魔法も意味が無い。吠え面をかかせてやる!
「いくわよ―― 召喚!!」
床に光の魔法陣が刻まれ、光の中から魔物が現れる。
「――悪鬼――!!」
2メートルはある赤い体の鬼が、強力な魔力と共に出現する。普通の召喚魔法は出てくる魔物がランダムだけど、クロエは自分が望む時にこの悪鬼を召喚できる。
この魔物を相手にしたら大怪我じゃすまないよ。先生!
「おー召喚魔法でこんな魔物を呼べるのか‥‥その年でたいしたもんだな」
アレ? 思ったほど驚いてないな。怖くないのか?
「俺も召喚魔法が使えるから、見せてあげるよ」
「「えっ!?」」
「召喚!! ――スプリガン――!!!」
床に現れた魔法陣から、とんでもない魔力が溢れ出す。光の中から一体の“鬼”が出てくる。クロエが召喚した悪鬼が子供に見えるほどの大きさだ。
この教室は天井が高いけど、この“鬼”の頭は天井につきそうになっている。
「ヴォオオオオーーーーーー!!!!」
“鬼”が雄叫びを上げると、教室の壁にヒビが入り窓ガラスが全部割れた。あまりの振動に僕らも後ずさりして、耳を押さえる。
目の前でまともに雄叫びを受けた悪鬼は、衝撃のあまり光の粒子となり消えてしまった。
「ああっ! ヤバイ」
五条はそう言って、“鬼”を消してから窓ガラスに向かって手をかざした。割れたいくつもの窓ガラスが光り始める。床に散らばったガラスが、まるで時間を遡るように元通りに直ってゆく。
「――生成――!」
何‥‥‥!? これは見たことがある。鍛治職人の職業スキル“生成術”だ。割れた最後のガラスの欠片がはまり、前とまったく同じ状態になった。
こいつ‥‥いったいいくつの能力を使えるんだ?
「さて、これで良しっと‥‥じゃあ他の子の能力も見ていこうか」




