第93話 修道院
日本に戻って三ヶ月が過ぎた。各地で復興に向けて人々が頑張っている中、俺はというと“厄災の日”の前に借りた100万を利息とともに返済した。
一時期は社会が混乱して物価も跳ね上がっていたが、最近はだいぶ落ち着いてきたようだ。懐には余裕があったため、早く返済できて良かった。
今は地元の長野に戻って、復興活動のボランティアに参加している。瓦礫の除去や清掃、被災者の引っ越しの手伝いなどやることはたくさんある。
海外に目を向ければ、聖域の騎士団はカナダの“統率者”の討伐に成功したみたいだ。フレイヤはこの討伐を最後に聖域の騎士団を退団したとニュースで大々的に報じられていた。
王が率いる“朱雀”もインドの“統率者”の討伐に成功したと、王から直接報告を受けた。どうやらサルマンさんから”朱雀”に武器の提供があったらしい。
いい人なんだなーと思っていたが、これもビジネスの宣伝に利用するようだ。
商魂たくましい所はさすが‥‥‥俺がバルムンクの剣を壊したことも滅茶苦茶怒ってたみたいだけど、レオがヒュドラを倒したのが俺だと説得したら公表しないことを条件に不問にしてくれたしな‥‥損得勘定が徹底してる。
レオと王には必要ならいつでも呼んでくれとは言ってあるが、どうやら必要なかったみたいだ。
「おーい、五条さん!」
「ハーイ」
ボランティア責任者の村井さんに呼び出された。なんの用だろう? 休憩所になっているプレハブにやってくると、中に見知った顔があった。
「お久しぶりです。五条さん」
「萩野さんじゃないですか!」
萩野さんはイギリスにも一緒にいった内閣府の人間だ。どうしてこんな所に来たんだろう? 萩野さんは額の汗を拭きながら恐縮しているようだ。
俺と萩野さんはプレハブの中にある長机を挟んで席に座った。萩野さんは持っていたビジネスバッグから何かの資料を取り出している。
この人しっかり準備する性格なんだろうな‥‥‥。
「今日は五条さんにお話と言いましょうか、お願いがあって来ました」
「なんでしょう?」
「五条さんは異能者が増えていることをご存じでしょうか?」
「ええ、それは聞いています。それがどうかしたんですか」
「異能者が増え続けることで、色々な問題が起こり始めておりまして。特に深刻なのが未成年の異能者です。彼らはまだ精神的に未熟で力を制御できずに暴走させるケースが数多く報告されています」
「そうなんですか‥‥」
子供にも多くの異能者がいるのか、そういえば中国に行った時は老人の異能者がいたな‥‥。年齢は関係ないのかもしれない。
「そこで彼ら、彼女らを一旦社会から離して力の使い方を教える施設が設置されることになったんです。一つの学校のような場所です」
「学校ですか‥‥‥聞く限りでは隔離施設のようにしか思えないですが」
「ええ、そういう側面も否定はできません」
萩野さんは、汗だくになって額の汗を拭っている。大人の異能者が問題を起こせば即、逮捕され隔離されるだろう。子供だから“教育”というワンクッションを置くってことか。
どちらにしろ異能者を排除したいって思惑はありそうだな‥‥‥。
「問題なのは、子供たちに能力の使い方を教える“成熟した異能者”が少ないということです。大人の異能者はたくさんいますが、彼らもまた力の使い方が分からない場合がほとんどですから」
「それで俺の所に来たんですか。でも先生なんてできませんよ。俺、頭悪いし」
「いやいやいや、五条さんほど能力の使い方に熟達された方は他におりません! 勉強を教える教師はおりますので、子供に異能の使い方を教えてあげてほしいんです」
結構ハードルの高い頼み事をしに来たな‥‥‥俺、子供とか苦手なんだけど。
「もちろん、これは強制ではなくあくまでお願いなんですが‥‥‥五条さんがボランティアをずっとされているとお聞きしまして、もしも興味があればと‥‥‥」
これは完全に引き受けると思ってるな‥‥‥。
「それで、やるとしたら日本の施設に行けばいいんですか?」
「日本でも人手は足りないんですが、もっと人手が足りない国から日本に異能者を派遣してほしいという依頼が来ておりまして。良ければ海外の施設から選んでいただいても結構ですので‥‥」
萩野さんはそう言って机の上に置いた資料を見せてくれた。中には各国の施設の名前が書かれている。ヨーロッパやアフリカ、アメリカもある。ロシアや中国は自分たちでやるみたいだ。
俺はその中の一つに目を止めた。
「フランスもあるんですね」
「ええ、フランスは化物が現れていないので異能者自体は少ないんですよ。ただ子供の異能者は一定数いる上、周辺国の子供も引き受けているらしく教えることのできる異能者の確保は急務みたいです」
「そうですか‥‥‥」
フランスか‥‥イギリスから帰ってきた後、改めて大賢者の職業スキル“アーカイブ”を確認したがやっぱりフランスの危険度は“A”だった。中国・ロシアと同じだ。
今ある国の中ではフランスの危険度が最も高い。他の国の討伐はレオや王に任せて大丈夫だと思うが、このフランスだけは俺がいた方がいいだろう。
「萩野さん、このフランスの施設のこと詳しく教えてくれませんか」
◇◇◇◇◇◇◇◇
2週間後 フランス・マルセイユ――
「えーと‥‥住所が合ってれば、この辺だよな」
フランスまで瞬間移動で来ようかと思ったが、ちゃんと入管手続きをしないと不法入国になるからな。普通に公共交通機関を使ってマルセイユまで来た。
ここマルセイユにある修道院に子供たちを集めてるらしい。修道院なんて日本ではあまり馴染みがないが、ヨーロッパでは珍しくもないようだ。
「ここか‥‥‥」
聖ヴィクタル修道院、思っていたよりかなり大きい修道院だな。古びた造りだが、まるで要塞みたいに堅牢な建物に見える。扉は閉まっており、横にはインターホンが付いていた。どうやら開放された修道院ではないようだ‥‥‥。
インターホンを押してしばらく待つと、年配の女性の声で応答があった。
「ハイ、どなたでしょうか?」
「あ、私、日本から来ました五条といいます。コルベール修道院長にお会いしたいんですが‥‥‥」
「ああ、ハイハイ聞いております。少々お待ちください」
出てきたのは黒い修道服を着た修道女だった。中に入れてもらい院長室へ案内される。ここに集められた子供たちは半分がフランス人、残りは違う国から来ていると萩野さんに教えてもらった。
共通言語として英語を学んでいるらしいが、念のためフランス語を勉強してきたので修道女との会話も問題なく行える。
演算加速のおかげで一週間くらいで覚えられた。能力様様だ。
「院長、お連れしました」
「入ってくれ」
部屋へ通してもらい席を勧められる。修道院長も黒い修道服を着ているが、さっきの修道女とは違い黒くてかっこいいローブのような服だ。
「五条さん、来ていただきありがとうございます。お待ちしておりました」
出迎えてくれた修道院長は70代くらいの白髪の老人だった。
「今日からお世話になります」
「五条さん、あなたには修道院にいる子供たちに異能の力の使い方を教えていただきたいと思っているのですが‥‥‥一つ伝えなければならないことがあります」
院長は神妙な面持ちで言ってきた。
「なんでしょう?」
「この修道院ではクラスを年齢別、又は能力別に分けております。その中で最も強い能力に分けられた生徒たちの扱いが難しく、とても苦慮しているしだいで」
「難しいというのは具体的にどういうことでしょうか?」
「実は何人かの異能を持つ先生が担当されたのですが、全員が怪我をして辞めていきまして‥‥長く続いた方がいないんですよ。五条さんはとても優秀な方だと聞いておりますのでなんとかしていただけないかと、藁にもすがる思いでお呼びしました」
要するに悪ガキってことか? 俺なら怪我をする心配は無いけど‥‥。
「この修道院は政府の要請で学校として機能しておりますが、きちんと卒業できなければ異能を持つ子供は本格的な隔離施設に移されてしまいます。どうか五条さんのご指導で子供たちを導いてあげてください。お願いします」
院長は切迫した表情で頼んできた。よほど困ってたんだろう。
「分かりました。そのために来ましたから」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「新しい先生が来るらしいよ」
「どうせまたすぐ出ていくんじゃね」
「まあ俺たちが追い出すんだけどな」
「かわいそ~」
「どのみち僕たちより弱い先生はいらないんだ。早めに出ていってもらおう‥‥‥僕たちの目的のために」




