第90話 竜殺しの剣
「グレス!」
俺はグレスの手を掴み、亜空間の扉を開く。部屋の入口からは警備員が雪崩込んできた。こちらに気づく前に空間に飛び込む。
不法侵入したうえ勝手に持っていくからな。サルマンって人には申し訳ないが、後から謝って許してもらおう。
俺とグレスはイギリスに瞬間移動する。頼むからみんな、生きててくれ!
◇◇◇◇◇◇◇◇
フレイヤと飛竜に乗ってヒュドラの周りを旋回する。もう少し近づかないと大気操作でヒュドラを飛べなくすることができない。
「フレイヤ、もっと近づけるか!?」
「やってみる!!」
ヒュドラの放つ三つの光を避けながら近づくのは、かなり大変だ。その上、あの竜は俺と同等ぐらいの大気操作ができるようだ。
空中で俺たちの真上に来ると、大きく羽ばたき暴風を起こす。
「きゃあああーーーー!」
「くそっ!」
フレイヤの持つ手綱を一緒に引き、なんとか飛竜の体勢を立て直した。やはり強い‥‥一筋縄ではいかないぞ。
ヒュドラが襲い掛かろうとした時、3体の影が俺たちの脇を通り抜けヒュドラに向かっていく。カルロが召喚したガーゴイルだ。
ガーゴイルはヒュドラの周りを飛び回り、注意を逸らしている。
ヒュドラが口から放つ光をギリギリ避けながらなんとか近づこうとするが、竜が一羽ばたきするだけで突風が起きるため接近は容易じゃない。
地上からはルカが弓で、アレクサンダーとアンナは魔法で攻撃した。効力がないのは分かっているが、注意を俺たちから自分たちに向けさせるつもりだ。
ヒュドラの頭の一つが地上に向けて光を放った。
その刹那、王が伸ばした棍棒で三人を薙ぎ払う。三人は吹っ飛んだが、そのおかげで光から逃れることができた。
荒っぽいやり方だが、あれしかヒュドラの咆哮から逃れる術がない。
王は伸縮する棍棒を使いこなしている。地面に突き刺した棒を一気に伸ばして移動し、その棒をまた一気に縮める。
五条ほどではないが、その場を一瞬で移動する技術は見事だ。実際、ヒュドラも王には攻撃を当てられていない。
王に飛ばされた三人は、劉とエリアスが回復魔法で治療している。
連携は取れているが、所詮は時間稼ぎだ。もう長くは持たないだろう‥‥全員がギリギリの所で踏ん張っている。
ヒュドラが放つ三つの光はガーゴイルを消滅させ、大きく羽ばたき俺やフレイヤが乗る飛竜を吹き飛ばした。さすがにもう立て直せない! そう思った時――
「大丈夫ですか!? 旦那」
目の前にグレスがいる。他のメンバーも一緒に集められ、全員地上にいた。見渡すと、かなり離れた場所にヒュドラが見える。
「戻ってきたのかグレス! 五条はどうした?」
「あいつは向こうです。レオの旦那!」
グレスは遥か向こうにいる黒い竜を指さした。
「剣を手に入れたのか!?」
「ああ、旦那。剣は手に入れたんだが、通用するかは分からない。後は五条に賭けるしかないですね」
「五条‥‥‥」
◇◇◇◇◇◇◇◇
眼前には静かに俺を見つめる神竜がいた。“神”と表記されるだけあって、途轍もなく強い。
この剣が本当に通用するかは使ってみないと分からないが、効かなければ人類はこの竜一匹に滅ぼされてもおかしくない。
竜の頭の一つが有無を言わさず口から光を放つ! 俺は即座に避けるが、自分の後ろに亜空間の出入り口を開けておいた。光のブレスを亜空間を経由して直接ヒュドラにぶつけられないかと思って試したが‥‥‥。
光が通過し、出入口が消滅している。元々不安定な上、俺が近くにいなければ出入口は維持できないから仕方ないか。
俺は剣を握りしめ、空を飛びながら瞬間移動を使いヒュドラに迫る。頭の真上に移動し、時間を止めた。
落下する勢いを利用してヒュドラに剣を振り下ろす!
剣は甲高い音を立てて、弾かれた。
「効かないのか!?」
絶望感が脳裏をよぎったが、すぐに時間を止めたせいで効果を発揮しなかったことに気づいた。この剣も魔法剣の一種なんだ。
時間を動かし、今度はヒュドラの首に切りかかる。
光る剣が“絶対防御”の竜の鱗に小さな傷をつけた。だが‥‥‥固い! わずかではあるが傷を付けられて怒りだしたのか四方八方に光のブレスを放つ。
俺は一旦、距離を取る。
確かに傷を付けることはできた。だがアイツを倒すにはもっと強い力が必要だ。握りしめた剣に大量の魔力を流し込む。
“無限魔力”と“竜王の柩”によって剣に限界を超える魔力を一気に流した。
刃は振動し重低音を出したかと思うと、剣が発光して遥か上空にまで光の刃が放出される。魔力が暴走するかのように剣が手の中で暴れ出す。
力ずくで抑え込み、ヒュドラを見ると明らかに警戒心を抱いている。俺から距離を取り、遠距離から光のブレスで攻撃してくる。
ヒュドラのすぐ傍まで瞬間移動で距離を詰めた。目の前に来た俺を見て、竜は雄叫びを上げる。構わず切りかかろうとすると、黒い竜の体が光りだしヒュドラは白い発光体となる。
「なにっ!?」
竜の形は無くなり、光る球状の物体はどんどん圧縮されていく。体が最大限の危険を感じ取った。マズイ! と思い、瞬間移動で距離を取ると――
光の玉は弾け、球状の消滅空間が辺りに一瞬で広がる。
光が収束すると黒いヒュドラが空中に現れ、下にある地面は円形にキレイに消滅している。こんな攻撃手段も持ってるのか‥‥‥。
当たったらと思うとゾッとするが、莫大な魔力を使ったせいかヒュドラは消耗してるように見える。連発は出来ないだろう。
俺は瞬間移動でヒュドラの正面、やや右上に出る。
剣を右上段に構えた。魔力の刃が放出され暴れる剣を腕力で制し、そのまま下に向かって振り下ろす。
遥か上空から弧を描いて振り切った光の刃は、ヒュドラの左首と胴体を難なく切り裂き両断した!!
長く伸びた光の刃はヒュドラだけではなく、その向こうにあるロンドンの大地も惰性で切り裂く。体を分断されたヒュドラは、それでも残った二つの頭で光のブレスを放とうとしている。
俺は瞬間移動でヒュドラの背後に回った。
バルムンクは未だ力が有り余るように光り輝き、地平線の彼方まで光の刃を伸ばしている。横一閃、薙ぎ払った剣は神竜の二つの首を切り落とす。
「テイム!!!」
分断されたヒュドラの体の周りに魔法陣が展開される。だが、いつもとは様子が違った。
魔法陣はガタガタと揺れながら、光が点滅してるように見える。ヒュドラほどの強さになるとさすがに困難なのか!?
そう考えていると、ヒュドラの体が黒い煙となり魔法陣の中心に現れたサッカーボールくらいの大きさの玉に吸い込まれていく。
ひょっとしてアレが“魔核”なのか?
大きな玉も魔法陣も同時に消えていった。テイムのリストボードを見ると、神竜ヒュドラの名前が表記されている。
ヒュドラが消えた場所の真下に行くと、いつものようにソレは転がっていた。俺はずっと勘違いしてたんだ。
これで、はっきりと分かった。
「これは魔核なんかじゃない!」




