第87話 深淵より来たる者
なんだ‥‥? 深淵の穴から不気味な気配が近づいてくる。俺が深淵の穴の方を向いていると、レオや王たちも視線を移した。
その時――
穴の淵から眩い光が放たれる。レオやフレイヤ、王たちが光に飲み込まれ消えていく。
光は俺がいる方に向かってきた。慌てて結界術を使い二重の防御魔法陣を展開する。アース・ドラゴンを倒したことで、聖戦士の職業ランクもCからBへ上がっていた。
大抵の攻撃なら、これで防げるはずだが‥‥‥。
光は防御魔法陣を易々と突破し、俺の体に触れる。光が当たった場所は消えていき再生することもない。
俺の全身が光に包まれた時、全てが消滅していくのを感じた。
「――――――――――――――――――――――はっ!」
今のは? “神眼”で見た未来の映像か!? マズイ、俺は時間を止めた。
あの光のせいで数秒後、ここにいる全員が殺される!!
時間を止めたまま、王や劉さん聖域の騎士団のメンバーを安全な場所まで運んだ。さすがに何往復もすることになる。
フレイヤと一緒にいた飛竜も運んだが、かなり大変だった。
全員運び終わった後、深淵の穴まで行き中を覗き込んだ。そこには、ただ深い闇が広がっているだけだ。
何も見えないが、何かが上がってきているのは間違いない! 俺はみんなを運んだ場所まで戻り、どうなるか身を屈めて様子を見ることにした。
時間を動かす――
「え?」
「なんだ? 景色が変わったぞ」
「ここは‥‥」
全員困惑しているが、詳しく説明してる時間はない。
「静かに! 深淵の穴から何か来る」
俺の言葉に全員、沈黙した。異常な事態が起きていると察したのか身を屈めて様子を見る。それぞれの視線が深淵の穴に集まった時、その光は放たれた。
そこにあった物質は全て消えてなくなり、後には深くえぐられた大地だけが残った。
深淵の闇の中からそいつは現れた。核を投下したからか、あるいはタイタンと炎竜王の魔力の衝突に触発されたのかは分からない。
どちらにしろ深淵の奥にいた化物を目覚めさせてしまったようだ‥‥‥。
全身は黒っぽい銀色に見える。大きな翼を広げながら悠然と空へ昇っていく、大きさは炎竜王より一回り小さいか? それは紛れもなく“竜”の姿をしている。
だが、今まで見た竜と明らかに違うのは頭が“三つ”あることだ。多頭竜という奴か。
俺は鑑定を行使する――
神竜ヒュドラ
竜種 Lv5593
■ ■ ■
■ ■ ■
レベルが5500!? タイタンや炎竜王のレベルを超えてる! こいつが竜の“統率者”なのか? あるいは、それ以上の‥‥‥‥。
「オイ、オイ、オイ! どういうことだ? “統率者”は倒したんじゃないのか?」
「あんな竜までいるなんて聞いてないわよ!」
エリアスとアンナが不安そうな表情で叫んでいた。
「五条、あれも“統率者”なのか? 一つの国に一体しかいないんじゃないのか?」
王も心配そうに聞いてきた。
「分からない‥‥‥。だが、あいつは炎竜王より危険な感じがする」
俺は立ち上がり、レオの顔を見た。
「あいつは俺が倒してくる。巻き込まれないように避難してくれ」
亜空間に亀裂を作り移動しようとした時、後ろからグレスが何か言おうとしたようだが、そのまま瞬間移動で竜の前に出た。
目の前に浮いている三つ首のドラゴン‥‥‥やはり今まで感じたことの無い威圧感だ。
ヒュドラは三つの頭にあるそれぞれの目で、俺を興味深そうに見ていた。この魔物は地上に出してはいけない生物だ。俺の脳裏にタイタンによって焦土と化したアメリカがよぎる。
必ずここで倒さなければいけない。
俺は胸の前で両腕をクロスした。全身の魔力を最大限引き上げ、力を溜める。辺りには稲妻が走り、空気が震える。
全力でいく!!
手を高く上げ魔力を込める。空が発光しヒュドラは僅かに反応した。
貫け――
「雷帝!!!」
天から大地に貫く巨大な雷光。今まで使った雷魔法の中では最大の威力だ。稲妻が落ちた地面は木っ端みじんに吹き飛んでいる。
だが、光の中からヒュドラが向かってくる。ダメージを受けてないのか?
竜を躱すため、高速飛行で左に回り込む。ヒュドラも俺に合わせて旋回し三つの口から消滅の“光”を放つ!
この光はヤバイ。防御できないうえ、当たれば再生もできないかもしれない。
光を避けながら、魔法を撃ち込むタイミングを計る。この竜は思ったより、ずっと速い! だが神眼と瞬間移動がある限り、俺に当たることは絶対に無い。
空中での飛行は僅かに俺の方に分があるな。追って来たヒュドラは巨大な体のせいで一瞬スキができる。
真上に魔力を流し膨大な質量の火球を作り出す。ヒュドラの三つの首は自分の頭上にある疑似太陽を見上げた。火球は真っ直ぐに竜に向かって落ちる――
「地獄の極大業火!!!」
ヒュドラに直撃する! 爆散した炎は凄まじい大きさの炎の柱となって辺りを焼き尽くす。多少でもダメージを負っていれば勝ち目はあるが‥‥‥。
炎の中から三つの光が襲ってくる! 光と共に炎は消滅し、竜の黒い体が上空を覆った。こいつには極限の魔法でも通用しないのか?
だったら‥‥‥。
俺は巨大な魔法陣を展開する。より強大な力ならヒュドラの防御も突破できるはずだ!!
「召喚!! ―――― 炎竜王シヴァ!!!」
魔法陣から真赤な鱗の熱気を帯びた竜が現れる。
ヒュドラに向かって咆哮する。神竜ヒュドラと炎竜王シヴァが放つ魔力がぶつかり合う。
◇◇◇◇◇◇◇◇
いやいやいや、いくらなんでも滅茶苦茶でしょ! 召喚魔法は“テイム”する時も“召喚”する時も莫大な魔力が必要になる。強力な魔物なら尚更だ。
五条は見たことない魔法を次々と使って黒い竜を攻撃しているし、すでにタイタンも召喚している。無尽蔵に魔力があるとしか思えない。
「カルロ! 五条は“統率者”をテイムしたのか?」
レオが困惑した表情で聞いてきた。
「そうみたいだね。タイタンをテイムできるんだから竜の“統率者”もできるんだろうけど‥‥‥」
異常なのは、その成功率か‥‥‥“統率者”ともなればテイムの成功率はかなり低くなるはずなんだけどね。タイタンに続いて竜の王もテイムするなんて、職業ランクが相当高いのか?
「カルロ、あの竜の王はもう死んでるんだよね?」
フレイヤが心配そうにしている。親の仇のようなドラゴンだからな。
「大丈夫だよ。もう死んでる。召喚魔法で五条が再現してるだけだ」
俺の言葉に少し安心したような表情を見せるが‥‥‥。
「フレイヤ!」
グレスが青い顔でフレイヤに声をかけてきた。
「どうしたの?」
「五条を連れてこられないか? このままじゃダメだ。全員殺されてしまう」
切迫した感じがするが、五条と黒い三つ首竜との戦いの場にフレイヤを行かせる気か? 正気の沙汰じゃない。
「何がダメなんだグレス。あんな場所にフレイヤを行かせられるわけないっしょ」
「五条でも、あの竜には勝てない! 勝てない理由があるんだ!!」
“魔眼”を持つグレスの言葉でこの場にいる者、全員に緊張が走った。




