第82話 深淵の穴
ロンドン‥‥“魔素”の中心部だけあって空は厚い雲に覆われている。
ブリクストンの町に入った時、その光景を目にすることができた。町中をくり抜いたかのように巨大な縦穴がある。これが“深淵の穴”か‥‥。
話には聞いていたが実際に見ると想像以上の大きさだ。それに穴の周りの大地も波をうったかのように隆起している。建物などが粉々になっていることからも、住人がどうなったかは想像に難くない。
かつてビルに囲まれていたであろう、その場所は今は見る影もなくなっている。
巨大な穴、壊滅した建物、隆起した大地、そして何度も目にした山のように盛り上がった地面‥‥‥ここにはイギリスの悪夢が詰め込まれているようだった。
「深淵の穴まで来たのはいいが、“統率者”をどうやって見つけるんだ?」
俺がレオに聞くと一瞬、変な間があったが答えてくれた。
「考えがある。用意するから、少し待っててくれ」
そう言ってレオはアレクサンダーのもとへ向かった。アレクサンダーは自分が持ってきた大きな荷物を地面に置いて中の物を取り出している。
俺たちも近くに行ってみると、銀色のスーツケースが3つあった。
「コレを使う」
「なんなんだ、コレは?」
王は興味深そうにレオに尋ねた。
「小型の核爆弾だ」
「えっ!?」
王や劉さんも驚愕している。そんなの持ち歩いてたのか!?
「コレを深淵の穴に投げ込んで爆発させるのか?」
「そうだ。もし、あの穴の中に“統率者”がいるなら倒すことはできなくても反応はあるはずだ」
いやいや、もし誤爆でもしたらどうする気だったんだ!? 俺は大丈夫かもしれないが他の奴らは、ただじゃすまないだろ‥‥‥。
聖域の騎士団のメンバーは知ってたみたいだが、俺や王、劉さんは何も聞かされてないぞ! これは怒ってもいいと思うが‥‥‥劉さんは驚いてるだけだし、王に至っては「やるなぁ」みたいな顔してるし。
この中で常識人は俺だけなのかもしれないな‥‥‥。
「もし、それでも“統率者”が現れなかったら?」
「その時は北上してアイルランドに入る。イギリスの生存者は、ほとんどアイルランドに避難してるから我々もアイルランドに入って避難者の生存確認と救出を行う。当初の予定通りだ」
アンナやエリアスがスーツケースを開いて中に入っていた装置をいじっている。詳しく聞くと時限式の核を穴の中に入れるが、穴の深さが分からないため爆発する時間の違うものを投下し反応を見るようだ。
準備ができるまで俺と王と劉さん、カルロは少し離れた場所で待つことになった。
「カルロ、グリーン・ランドの“統率者”をテイムしたんだろ? アンゴラでもテイムしたのか?」
「アンゴラの“統率者”は失敗したねー、このキルケーの杖は高確率で敵を“テイム”できるけど相手が強くなればなるほど成功率は下がっちゃうから」
「じゃあ、“魔核”は近くに落ちてたのか? “統率者”ならあっただろ」
「魔核? なんの話? “統率者”の魔核なんて落ちてないよ」
「そうなのか?」
“統率者”を倒したら必ず落としていくものだと思っていたけど‥‥違うのか。
「そもそも“テイム”って倒したモンスターの“魔核”を取り込んで、その“魔核”を元に自分の魔力でモンスターの体を再現する召喚魔法の一部だからね。テイムした後に“魔核”があるなんてことはありえないんじゃないかな‥‥‥」
カルロの話を聞いて、かなり衝撃を受けた。俺は“テイム”した後に更に魔核でスキルを取り込んでるぞ! カルロの話が本当ならありえないはずだ。
「まあ、もっとも今言ったのは仮説だからね。本当かどうかなんて誰も証明できないし‥‥五条は“統率者”の魔核を見たことがあるのかい?」
「ん? ああ、見たことがある‥‥みんなあるのかと思ってたが」
「確かに狩人の職業スキルなら稀にモンスターが“魔核”を落とすらしいけど“統率者”でもあるのかもね」
分からないことが多い‥‥‥そもそも今までこんな話を人とすることが無かったからな。“統率者”を倒した後、なぜ違いが出るんだろうか?
そんな事を考えてる間に、準備が終わったようだ。
「いくぞ」
一つ目のスーツケースが投下される。その後、二つ目、三つ目と落とされていく。俺たちは被害を受けないように、かなり後ろまで下がって様子を見ることになった。
全員が緊張感で包まれる。最初の爆発は五分で起こると聞いたが‥‥‥しばらくして地面が揺れた。一発目が爆発したようだ。
穴の中から凄まじい爆風と光が空に向かい雲を突き抜ける! 爆発の音なのか、それとも魔物の叫びなのか雑多な音が辺りに響き渡る。
それから二度、三度と大地が揺れたが一度目よりも揺れは小さい。より深い所で爆発しているんだろう‥‥‥辺りが静かになり数分たつがこれといって反応が無い。
「失敗か‥‥?」
王がそう言った時、何かが聞こえてきた。鳴き声とも叫び声とも、あるいは風の音のようにも聞こえるが、確かに何かの音が聞こえてくる。
「深淵の穴から上がってくるのか‥‥‥?」
レオの言葉に空気が張り詰める。
「そっちじゃない」
俺がそう言うと、レオが戸惑った顔でこちらを見てきた。俺が空を指さすと全員が目を向ける。厚い雲が徐々に赤く染まり始めた。
レオが忌々しそうに空を睨んで呟く。
「すでに深淵の穴から出ていたか‥‥‥」
聖域の騎士団のメンバーも驚きを隠せない。分厚い雲は真赤に染まりながら、ゆっくりと地上に向かって落ちてきた。
大気の温度が急速に上がり、むせかえるほどの“魔素”を感じる。
雲の中から燃えるように赤い鱗をした一体のドラゴンが姿を現す‥‥誰もがその巨大さに目を見張る。
両翼を広げると200メートル以上はあるか。今まで見てきたドラゴンがトカゲに見えるほど大きさが違い過ぎる。やはり難度S‥‥‥簡単にはいかないな。
俺はそのドラゴンを鑑定した――
炎竜王シヴァ
竜種 Lv4482
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あれが‥‥‥ドラゴンの“統率者”!!




