第78話 イギリス上陸
やっとイギリスに到着し、潜水艦から降りることになった。だが潜水艦は降りるのが大変で、接岸する場所もないので沖から緊急用のゴムボートに乗り、そこから軍人が手漕ぎで陸地まで運んでくれた。
俺たちが上陸すると軍人は、そのまま潜水艦へと引き上げていく。
「なあ、帰りはどうするんだ?」
「ここは“魔素”が強すぎて通信機器は一切使えないが、連絡を取る方法はあるから心配しないでくれ」
俺の疑問にレオが答えてくれた。イギリス上陸にあたっては聖域の騎士団と軍がかなり準備をしていたようだ‥‥‥‥俺は何もしないでゴロゴロしてたからな、何か申し訳ない。
「まず車を確保しよう。屋外にある物は壊されてる可能性が高いが屋内にある物や地下駐車場を中心に探そう!」
さっそく聖域の騎士団のメンバーは行動を開始した。この辺はよく連携が取れてるな‥‥レオには絶対的な信頼があるんだろう。
明かりも無く真暗な中、ワージングの町を進むが何かおかしい‥‥‥ドラゴンに襲われて建物等が壊れているのは予想通りだが、それだけではない。
「なんだ‥‥‥こんな所に山なんかあるのか?」
狩人のルカが呟いたが、確かに地形がおかしい。暗くてよく見えないが町中に小さな山と言うか丘のような物がある。
「近くにスーパーマーケットや病院があるはずだ! とりあえず、車のありそうな所を回ろう」
レオの言葉でルカやアンナが地図やタブレットで現在地を確認している。車さえ確保できれば“深淵の穴”があるロンドンまではすぐ着くだろう‥‥‥。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ルカと共にタブレットで道順を確認していたが、気になることがある。
「ルカ‥‥五条のことをどう思う?」
「五条? どうって‥‥‥何かあるのか?」
「あいつはソナーが反応する遥か前にドラゴンの存在に気付いていた。ソナーが探知した距離は20キロほどだ。それより前に“敵意感知”などで判断できるか?」
ルカは少し考えて、首を横に振った。
「普通の“敵意感知”や“空間探知”では考えられないな‥‥‥なんらかの魔法を使ったんじゃないのか?」
やはりそう思うだろうな‥‥実際、俺もそう考えていたが‥‥‥
「グレスに鑑定させたんじゃないのか? おかしな所があるなら真っ先に、あいつが気付くだろう!?」
「グレスは問題ないと言っていた。ただ最近、明らかに様子がおかしいんだ」
ルカは困惑した表情になった。
「レオ、あいつはアンタのことを尊敬してる。嘘を吐くとは思えないがな」
確かにそうだな‥‥‥俺の取り越し苦労ならいいんだが‥‥‥。
◇◇◇◇◇◇◇◇
病院の地下駐車場で車を何台か見つけることができた。鍵のかかった車だったが、グレスは簡単にエンジンをかけてしまった。
なるほど‥‥‥非戦闘員なのに彼が呼ばれた理由が分かったな。
夜の間に移動するか、朝になってから移動するかで意見が分かれたが日が昇ってから移動することになった。海底で襲われた時のように、暗闇での戦いは分が悪いと考えたんだろう。
駐車場には何台か車があったので、それぞれ車の座席で仮眠を取ることになった。俺が眠ろうとしていると、王がやってきて横の座席に座った。
「少し話がしたかったんだ。いいか?」
「ああ、いいよ」
王はリクライニングを倒し、ゆっくり眠るような体勢で目を閉じている。
「海底のドラゴンを倒したのは五条、お前だろ?」
「ん? ああ、そうだな」
「すぐに分かったぞ。ドラゴンが突然消えて、お前がズブ濡れで現れたからな」
王は目を閉じたまま少し笑っているようだった。
「言わないのか? レオや聖域の騎士団のメンバーに‥‥‥レオに不満があるわけじゃないが、実力はお前の方が明らかに上だ。お前が先頭に立った方が討伐の成功率も上がるんじゃないか?」
王は俺の力を知っている。当然そう思うだろう。
「王の言う通りだよ。俺も積極的に力を隠したいわけじゃない‥‥ただ怖いんだ」
「怖い?」
「以前は何も気にしないで戦ってた。手に入れた力を使って人を助ければ喜んでもらえると思って。だけど現実は違ったんだ。想像以上に恐れられて、余計な対立も生んだ」
王は俺の話を黙って聞いていた。
「俺が人類の敵に回ったら誰にも止められなくなる‥‥‥そう考えて排除しようとする人たちは必ず出てくると思うんだ」
「お前がそんな奴じゃないことは分かってる」
「王はそうかもしれないが、他の人がどう思うかは分からない」
「だったら無理して戦わなくてもいいんじゃないか? 世界を救わなきゃいけない義務はないんだから、理不尽な思いをするなら止めたっていい」
「でも俺が戦わないことで世界が滅びたら俺の居場所もなくなっちゃうよ」
「‥‥‥確かに、それはそうだが‥‥‥」
王はなんとも言えない複雑な表情をした。
「だが五条、イギリスに上陸したのは全員異能者だ! ある意味、同じ立場の人間だ。お前の強さに一般人ほどの拒絶感はないと思うぞ」
「分かってる。イギリスの“統率者”を倒すのに手加減してる場合じゃないからな。王も俺が全力で戦う時は周りの人が巻き込まれないように協力してくれ」
「ああ、私も全力でサポートする!」
本当は聖域の騎士団が前面に出てイギリスの討伐をしてくれるのが理想だが、そんなわけにもいかないだろう‥‥‥。
「五条! たとえ世界中の人間がお前のことをどう思おうと私はお前のことを信頼してる! それだけは覚えておいてくれ」
俺には“念話”のスキルがあるので、相手が本気で言ってるかどうかが分かる。王はいつも本気で言ってくれる。最も信用できる人間の一人だ。
翌朝――
車二台に乗って移動する。前のワンボックスカーにはレオ、フレイヤ、ルカ、エリアス、アレクサンダー、グレスの6人が、後ろの乗用車には俺と王、劉さんカルロ、アンナの5人が乗車している。
「見つかるかな? イギリスの“統率者”は‥‥‥‥」
車に乗り込む時、王が聞いてきた。
「分からない‥‥ただ、レオは“深淵の穴”にまで行けば“統率者”に会えることを確信してるように見える」
俺は前の車に視線を向けた。
「何か考えがあるのかもしれない」




