第36話 自衛隊の矜持
統合幕僚長の林田は目の前にいる五条という男を認めることができなかった。本来、日本国民を守るのは自衛隊の役割である。
当然被災した国民を救助することもそうだ。
しかし、この男は現実を超越した力を使い自衛隊が倒すことができなかった化物を次々と倒していった。
とても人の力とは思えない‥‥‥この異常な世界に生まれた異常な人間‥‥‥いや人間であるかもあやしい。
今回も異常な力を使って怪我人を治していった。
もしも、この力が化物ではなく我々人類に向けられたら‥‥‥全力で止めるしかない。たとえ殺すことになっても‥‥‥。
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「あなたには感謝している‥‥‥しかし魔法を使っての治療は一切、安全性が確認されていない医療行為にあたる。警告したにもかかわらず魔法を行使したことも明らかな違法行為だ。身柄を拘束する。抵抗する場合、銃を撃つことになる!」
「その銃で俺を? 効くと思いますか!?」
「この銃弾は魔鋼鉄で造られたものだ。たとえ化物でも至近距離から撃てば一撃で倒せる。抵抗はするな」
「やめてください!! 彼は自分たちを助けてくれたんですよ!?」
「総理の怪我も治したんです! 銃を向ける必要がどこにあるんですか!!?」
俺をかばってくれたのは一緒に救助活動をしてくれた自衛隊員だった。ありがたいけど上官に逆らうのはまずいんじゃないかな?
もっとも魔鋼鉄の銃弾だろうが普通の銃弾だろうが俺には効かないと思うんだが‥‥‥‥。
「やめるんだ‥‥‥!」
統合幕僚長 林田の後ろから聞こえてきた声は、総理の多田だった。
「もういい。全員、武器を降ろせ!」
総理の言葉で銃を構えた自衛隊員は全て銃を降ろした。自衛隊の最高指揮官は幕僚長ではなく総理大臣だ。
「総理、しかし‥‥‥‥」
「自衛隊の最高指揮官として君を更迭する、正式な辞令は後から届くだろう」
「そんな‥‥‥私は」
総理の多田は食い下がろうとする林田を無視して右脇をSPに抱えられながら、ゆっくり五条に近寄ってきた。
「不快な思いをさせて申し訳なかった。五条さんの助力に日本国民を代表して心から感謝を伝えさせてもらいます」
「俺が勝手にやったことだから気にしないでください。ああ、違法行為をしてるみたいなんで捕まっちゃうんですかね?」
総理は少し微笑んだ後、俺に向かって真面目に答えた。
「あなたが罪に問われることはありません。もし許可が必要なら内閣総理大臣である私が許可を出します」
「好き勝手に暴れ回るかもしれませんよ?」
「好きなだけ暴れてかまいません。日本国民を日本をあなたの力で助けてください、お願いします!!」
総理がそう言うと五条は少し笑って振り返り、まだ大勢いた負傷者を助けに行った。
「五条将門、彼に全てを賭けてみよう‥‥‥」
多田はこの日の朝には緊急の閣議を開き、意見の対立していた官房長官を罷免し、一部の自衛隊幹部を更迭した。行政や自衛隊が五条に全面的に協力できるよう閣議決定を行い、魔法禁止法の廃止を含めた法整備を急いだ。
それは一国の総理が、たった一人の男に国の命運を託す決断をしたということに他ならなかった。
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瞬間移動で岐阜基地に戻ってくると坂木と清水が落ち着かない様子で待っていた。
「終わりましたよ」
「五条さん!!」
「向こうはどうでした! 被害はあったんですか!?」
かなり心配していたようだ。俺は大阪で起こった出来事を坂木たちに聞かせた。
「犠牲者はかなりの数になったと思うけど、やれるだけのことはやったと思う」
「そうですか‥‥‥」
「問題はどうして突然、あんな魔物が現れたのか‥‥‥理由が分からないんですよね」
坂木は少し考えてから、口を開いた。
「以前、ジョージアという国で日本と同じように化物が暴れ回ってたんですが、その化物たちのボスのような生物を軍隊が倒したらしいんです。それによりジョージアでは化物の数が激減したと聞いています」
「ボスモンスターがいるってこと? じゃあドラゴンゾンビもそいつが送り込んできたのか!?」
「そのボスがいたのはジョージアの首都ティビリシにできた青黒い大地の中だったそうです。日本でいるとしたら東京しか考えられませんが、東京でも青黒い大地に巨大な入り口がある箇所があって、中から化物が溢れ、とても中に入れなかったと‥‥‥若い隊員の中には、その穴の奥は迷宮なんじゃないかと言う者もいたそうです」
「迷宮‥‥‥」
日本を救うために、次にどこに行くべきか、その言葉で明確になった。




