第29話 滅亡の淵
8月11日、午後4時18分。岐阜県各務原市、自衛隊が関東から来た化物と交戦状態になってから2日が経っていた。
この戦いは岐阜県の各務原市。愛知では一宮市、稲沢市、名古屋市に防衛線を引き陸上自衛隊、第10師団を擁する名古屋市守山駐屯地に参謀本部を置く形で行われた。
事実上の最終防衛線である。
突貫工事で造られた防壁の上に坂木はいた。
「あと何日もつだろうか?」
「銃弾はまだありますが、魔鋼鉄の武器を持ったチームは全滅しました。数も少なかった魔鋼鉄の弾丸も全て使い果たしています」
通常の弾丸がいくらあっても戦いが好転することはない‥‥‥‥。
“厄災の日”以降、化物を倒すため、自衛隊は戦車や戦闘機、戦闘ヘリのアパッチなど、持てる武器をありったけ使い化物を迎え撃った。
数を減らすことはできたが、地中からわらわらと溢れ出してくる化物に対しては意味がなく、単に弾薬を大量に消費しただけだった。
もっと武器を効率的に使っていれば、この防衛戦も少しは違っていたかもしれない‥‥‥いや、ただの気休めだな。
「岐阜、愛知にいた避難民を関西に送り出すことはできた‥‥‥だが俺たちが撤退したら、そのまま化物が関西になだれ込んでくる」
「私たち‥‥‥無駄死にするんですかね‥‥‥‥引くことも、迎え撃つこともできなくて‥‥‥‥」
桜木は“鑑定”の能力を得てから俺の補佐をしてもらっている。彼女は相手の職業とレベルが見えることから戦闘チーム作りにたずさわってくれていた。
実際、魔鋼鉄の武器を持ったチームを作る際、“戦士”や“武道家”といった職業でレベルの高いものを集めて構成した。
事実、序盤においては善戦していた。魔鋼鉄の武器で切り込み、周りを銃撃部隊で補助する形だ。
しかし、相手が多すぎる‥‥‥‥1日目の夕方には力尽き、次々と倒れていった。それに対して化物は眠ることがない、昼夜問わず襲ってくる。
自衛隊員は不眠不休で戦っている‥‥‥3日目‥‥‥‥今日が限界だろう‥‥‥
◇◇◇◇◇◇◇◇
大阪府堺市、仮設の首相官邸――
「総理‥‥‥岐阜、愛知はもたないようです。ここも避難する準備を始めなければなりません‥‥‥!」
「どこに逃げろと言うんだ‥‥‥‥もう日本に逃げる場所なんてないだろう!」
「韓国やフィリピン、インドネシアは比較的被害が少ないので一時的な避難の打診をしています」
「国民を残して政治家だけが逃亡して‥‥‥その先に未来があるのか‥‥‥!? 国民になんと言い訳すればいいんだ!?」
内閣総理大臣の多田俊樹は絶望的な思いで官房長官の報告を聞いていた。
「日本人全員が死に絶えるわけにはいきません。ご決断を!」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「押し返せーーーっ!! 持ちこたえろ!!!」
「だめだ! 突破されるっ!!」
防壁やバリケードが破られるのも時間の問題だ‥‥‥ここにいる自衛官の全員が、もうダメだということは理解しているだろう。
それでも戦い続ける彼らに報いてやることができないのが、残念だし情けなかった‥‥‥‥‥‥
「万雷!!」
その刹那、そらが瞬いた――
目を開けられないほどの光が周囲を覆う。
同時に数えきれないほどの無数の稲妻が化物たちに降り注ぐ! 自衛隊と交戦していた化物が次々と絶命していく、不思議なことにあれだけ多くの雷が落ちたのに自衛隊員には当たっていないようだった。
「何が起きたんだ!?」
防壁の前に、ひしめき合っていた化物、少なくとも数千体は死んでいる。改めて空を見上げると、そこには何かが浮かんでいるように見えた。
「あれなんでしょう‥‥‥? 飛行する化物でしょうか?」
「いや‥‥‥あれは‥‥‥」
防壁の上にいた数人の自衛隊員が空に向けて銃を構える。それを俺は手で制した。
「待て! あれは‥‥‥‥」
人のように見えた‥‥‥人が二人連なって飛んでいる?
「まさか‥‥‥」
◇◇◇◇◇◇◇◇
“万雷”は広範囲殲滅魔法だ。大量の敵を命中率重視で撃ち倒すものなので威力は低くなる。中位以上の魔物は一撃では倒せないだろう‥‥‥とりあえず、この人を安全な所に降ろさないと‥‥‥。
「清水さん! 下に降ろします」
比較的安全そうな防壁の上の自衛隊員がいる所に清水さんを降ろすことにした。
ゆっくり降りていくと防壁の上にいた自衛隊員が目を丸くしている。
「すいません、この人をお願いします!」
「ああ‥‥はい‥‥‥」
俺は再び飛び上がり、生き残った魔物(上位種)に向かって魔法を放った!
「複合魔法・雷炎!」
強力な雷に撃たれた魔物は炎上し絶命していく。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「清水!!」
少し離れた防壁から駆け付けて、清水に向かって大声で叫んだ。
「おう! まだ生きてたか‥‥‥約束通り連れてきたぜ!!」
「お前‥‥‥」
清水は座りこんでいたが、その右足が無かった。体に傷は無いように見えたが着ている服は血だらけだ。
「お前、そんなになってまで約束を守ってくれたのか‥‥‥‥」
「しみったれたこと言うんじゃねーよ! でっかい貸しにしておくからな」
「ああ、一生かけても返しきれないほどだけどな‥‥‥」
二人で空を見上げた。
「あの人がそうか‥‥‥‥」
「ああ、想像以上だったがな」
「桜木! “鑑定”できるか?」
近くに来ていた桜木に上空で戦っている“魔法使い”の鑑定を依頼した。
「はいっ!」
桜木が鑑定を発動すると――
「見えました! “大魔導士”レベルは88です」
大魔導士‥‥‥聞いたことのない職業だ。自衛隊員をかなりの人数調べたがそんな職業の者も、そんなに高いレベルの者もいなかった。
「あの人なら‥‥‥‥」
今まで抱くことができなかった希望を俺は持ち始めていた。




