第99話 新しい剣
欧州議会議員選挙当日――
各国で選挙が行われ、異能者に否定的な候補者が過半数となる。当初は民間人の間で人気がある聖域の騎士団の影響もあり、異能者に対して肯定的な議員が優勢との見方もあった。
しかし各地で異能者が起こす事件などが原因で否定派が勝つことになり、大方の予想通り欧州議会議長はドイツのハンス・ベレントとなった。
【欧州革新党・ハンス選挙事務所】
「では、新しく欧州議会議長になられたハンス先生にお言葉を頂きます」
白とブラウンのオールバックの髪型で高級なスーツを身にまとい、その男が笑顔で登壇すると選挙事務所は拍手に包まれた。
「ありがとう。今回の選挙にご助力頂いた全ての支援者の方へ心から感謝を申し上げます。みなさんもご存じのように、世界が未曾有の事態に陥ってから初めて行われる欧州議会議員選挙でした。数々の課題はありますが、手を取り合って協力していきましょう」
力強い拍手と共に歓声が上がり、ハンスも満足げに会場を見渡す。
「そして、みなさん。聖域の騎士団の活躍などもあり“厄災の日”以後続いた化物との戦いも終わりが見えてきました。しかし我々人類は考えなければならないことがあります。このまま一部の異能を持つ人たちだけに化物の討伐を押し付けていいのでしょうか?」
その言葉は、異能者に対する否定派・肯定派、両方引き込むように計算して作られた演説だった。
「化物たちに関してはデータが多く集まり、科学の力で倒せることが証明されています。みなさん思い出して下さい。世界で最初に“統率者”を倒したのはジョージアの軍隊であって異能者ではありません」
会場にいた何人かの支援者はハンスが何を言いたいのか分かり始めていた。
「異能を持つというだけで危険な戦いに行かされるのは、人権侵害にも等しい行為です。私はそのような状況を改善したい」
異能者の将来を心配している。そう聞こえるが、彼を知る者ならそんなことを欠片も思っていないのは周知の事実だろう。
「EU各国に協力してもらいNATOとは違う軍事組織――‥‥そう、化物を倒すことを主目的とした軍隊の設立を提言したい。すでに多くの議員から賛同してもらっているため、早期の発足を目指そうと思っております」
ハンスの発言は大々的なニュースとなり世界に広がった。これを機に、各国の異能者への対応は大きく変わっていくことになる。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「炎竜!」
炎は大きな蛇のような形となり俺に襲い掛かってきたが、結界防御にぶつかり弾けて消えていく。
「形にはなってきたが、まだまだだな‥‥‥」
ビクターは火魔法の威力と扱いを伸ばすことを課題にしているが、やはりレベルが低いうちは難しいところがあるな。
他の子供たちは向こうで巨人と戦っている。俺が召喚した巨人だから危険はないが、たいした経験値にならないだろうと思っていた。しかし鑑定で調べると子供たちのレベルが上がっていることに気づく。
実際の魔物と戦うよりはレベルの上がり方は低いようだが、大きな発見だ。
ちなみに自分で召喚した魔物を自分で倒しても、まったくレベルは上がらない。まあ当然か‥‥‥。
俺がこの修道院に来てから一ヶ月近くになる‥‥‥エミリーは相変わらず部屋に閉じこもり、ノアや数人の子供としか話していないようだった。
たまに部屋から出てきても、無言で去っていく。なんとかしないとな‥‥‥。
ここ最近で一番成長したのがノアだ。俺が召喚する魔物を仲間と一緒に倒して少しずつレベルを上げていったところ、“魔道図書”の職業ランクが“C”まで上がった。
かなり早いペースだ。やはり賢者としての素質が元々あるんだろう。このまま順調に上がれば“A”ランクになってもおかしくない。
子供が成長していく姿を見ることに、やりがいを覚え始めていたが‥‥‥。
「今すぐ出ていけ!」
「異能者施設、反対!!」
修道院の外で抗議集会をやっているのは異能者に否定的な団体だ。毎週末やってきて座り込みの抗議をしている。
「またか‥‥‥」
よくまあ飽きもせず毎週同じことができるな。呆れていると授業の終了を告げるチャイムが鳴ったので授業を切り上げた。
職員室へ行くと先生たちが全員テレビを見ている。俺も見ると、そこには欧州議会の様子がニュースとして流れていた。
「何かあったんですか?」
座っているフィリップ先生に尋ねる。
「ええ‥‥‥異能者に対する関連法が可決されたというニュースです。子供たちや五条先生にも関係してくると思いますが‥‥‥」
そう言ってフィリップ先生は言葉を詰まらせた。日本でもあったが、政治が良くない方向に進んでいる予感がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇
僕たちを含め、修道院にいる全ての生徒が大聖堂に集められる。修道女からみんなに大事な話があると言われたが、いい話じゃないことは分かってた。
「今日、お話しすることはみなさんの今後に関わることなのでしっかり聞いてください。フランス政府が異能を持つ人たちに、いくつかの“ルール”を設けました」
修道女はそう言って、ホワイトボードにいくつかの項目を書き出した。
「ここに書いたことは一部ですが、まずみなさんは国に異能者であると登録しなければなりません。そして、その登録証を外出する際は必ず身に付けてください。また外出も以前より制限を受けることが多くなると思います」
最悪だ。ホワイトボードに書かれているのは、この修道院での暮らしだけのことじゃない。僕らの将来の就業や住む場所、受けられる教育など様々な制限が書き出してある。
今でも充分差別的だと思ってたけど、より酷くなった感じだ。
ここにいる数十人の子供たちは全員が暗い顔をしている。それは自分たちの将来が閉ざされていくのが子供でも分かったからだと思う。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ベルギー・ブリュッセル――
欧州議会の委員会が開かれ重要事項が決まるため、各国のマスコミが多く集まっていた。注目を受け議長のハンスが演説台の前に立つ。
「お待たせしました。本日の委員会で正式に決まったことをお伝えします」
会場に設置された大型のスクリーンに視線が集まった。そこには見たこともない火と剣をかたどったロゴが映し出される。
「これが世界を守る“新しい剣”異能者に頼らず、人々を襲う怪物を打ち払うことができる人類の希望――」
スクリーンに注目すると、正式な部隊名が表示された。
「対・変異生物迎撃部隊<プロメテウス>の発足を宣言します!」




