閑話-5
※食事前や食事中に読んではいけません。汚いお話で食欲なくなるかも。
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昼食は黒パンに、ひよこ豆の入ったサラダ。塩魚もついていたのだが、ソフィアはベーコンやソーセージがなければ満足できないらしく、またしてもぶつぶつと文句をつぶやいた。
「魚って嫌いなのよ。小骨がたくさんあるし、生臭いったらありゃしない!」
午後からの仕事で任されたのは、共同汚物貯蔵槽の掃除だった。分厚い石の蓋をずらすと、強烈な悪臭が襲いかかる。下水溝とはまた違った種類のニオイに、ソフィアの顔が歪む。
(……これ絶対、トイレの終着点……)
看守が、長いホースのついた魔導具を構える。
「これは魔導吸排機だ。内部に汚物を蓄える魔導蓄槽があり、吸引後はホースからまとめて吐き出せる。まずは先端を汚物貯蔵槽に突っ込み、吸い上げろ。ソフィア、ホースを持て!」
渡されたホースは予想以上に太く重かった。魔石を起動すると、魔導蓄槽へと汚物を送り込む魔装置が「ゴゴゴゴッ」と轟音を立て始める。
(こ、これに……私が……汚物を吸わせるの……!?)
「いけ! 突っ込め!」
看守の号令と同時に、ソフィアはホースを汚物貯蔵槽の中へと押し込んだ。
その瞬間――ゴオオオオオオオオ!!
ホースが凄まじい音を響かせる。
「うわわわわっ!? ちょ、待って、待って、待ってッ!」
瞬く間に、茶色い液状物がホースの内部を勢いよく走っていく。透明なものではないため中身は見えない。だが耳と振動だけで、今まさにその類のものが大量に吸い上げられていることは、痛いほど理解できた。
(吸ってる……!? 私、この世で一番不浄なものを吸わせてる!? これが、私の仕事ってことなの!?)
そのとき、ホースの先端に“それ”が詰まり、吸引音が途切れた。
「固形が引っかかったな。新入り、手袋をして押し込め!」
「押し込むって……よりにもよって“それ”に触れっていうわけ!?)
背後で作業に慣れた囚人が、無表情で言う。
「大丈夫。手袋すれば直接は触れないし……ほら、生きていれば誰だって“する”もんだからさ」
(そんな理屈で乗り越えられるもんなの!?)
震える手でホースの先端を支えながら、ソフィアは“それ”をぐいっと押し込める。ぬちゃりとした嫌な感触、所々が固い。次の瞬間――流れが再開し、魔導吸排機が一気に唸りをあげた。その勢いで、けっこうな量の“それ”が飛沫となって頬や髪にはねる。
(いやあぁぁぁぁぁあああああああああ!! くさい、くさい、くっさっ!)
その後もホースの暴走を抑えながら吸引作業が続き、ソフィアは必死でそれに耐えた。
やがて汚物貯蔵槽の液面が下がりきり、看守が無表情で手を挙げる。
「よし、ここまでだ。排出に回すぞ。肥料化槽にホースを突っ込め!」
看守が魔導吸排機本体の排出バルブを回すと、「ゴボボボッ!」という音とともに、魔導蓄槽に溜まっていた汚物が肥料化槽へと吐き出されていく。
ソフィアは放心したまま、ホースを支え続けるしかなかった。
(……ちょっと待ってよぉ……この私なら、罰だって舞台で上演されるような“辛いながらも美しい試練”になるはずでしょう!? なのにどうして今、鼻が曲がりそうな現場で、ホースなんか握ってるわけ……?)
「今日の作業は終了だ。新入り、よく耐えたな。お前は筋がいいぞ」
(……褒められてる? でも、“こういう仕事に向いてる”って、全然嬉しくないんだけど)
その日の夜。寝台に身体を投げ出した瞬間、ソフィアはぽつりとつぶやいた。
「……私、ルクレール女学園を卒業して、お金持ちの奥様になるはずだったのに……。そうよ! それこそ貴公子に見初められてお姫様みたいな生活をしたかったのに……今日は一日中、みじめで臭くて、汗と汚れまみれの仕事ばっかり……こんなはずじゃなかったのに……」
その嘆きは、薄暗い雑居房の天井に吸い込まれていった。
そのときのソフィアはまだ知らなかった。この一日が“10年以上続く日々”の、たった最初の1ページに過ぎなくて、まだごく軽い労役だったということに……。
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ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございます。引き続き、楽しんでいただければ嬉しいです! 次回はレオナードのその後を書き、最後にマリアとサンテリオ侯爵の甘く穏やかな日常を描いて、本作は完結に向かいます。
今回のざまぁ展開は少し汚めの内容になってしまいましたが、ソフィアの場合は人を殺めた犯罪による極刑ルートではないため、鉱山送りよりもこちらの方がキャラクター的に合っていると判断しました。コメディ寄りのざまぁとして、笑い転げながら見ていただけたら幸いです。




