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「ウィルミントン侯爵夫人、アリューゼ卿、ようこそいらっしゃいました。本日は、ウィルミントン侯爵夫人の新しいドレスの件でお見えになったのですよね?」
「いいえ、実はね」とウィルミントン侯爵夫人が扇子をたたむ。視線が、ほんの一拍だけ誰もいない扉の方へ流れ、すぐ私に戻ってきた。
(いったい、何を気にしたのかしら?)
ウィルミントン侯爵夫人は、にっこりと微笑みながら、その先を続けた。
「アリューゼは仕事優先で女性のことは後回し、という子でしてね。いまだ婚約者もいないのです。ですから、今度の王家主催の舞踏会にぜひ出席させて、少しは“女性からの視線”というものに慣れさせようと思いまして……そこでお願いですわ。マリアさん、アリューゼが誰よりも輝ける燕尾服を、あなたの感性でデザインしていただけませんこと? できれば、とびきり女性にモテる1着にしていただきたいのよ」
「まあ、それは光栄ですわ。ぜひお任せください。アリューゼ卿を最高に輝かせる1着を考えてみせます」
「ありがとうございます」
アリューゼ卿は整えられた短めの栗色の髪に、鍛え抜かれた体躯を騎士らしい姿勢でまっすぐに伸ばしている。背が高く肩幅も広いため、初めは少し威圧感すら覚える――けれど、ふっと口許がほころぶと、目尻がやわらかく下がり、琥珀色の瞳が穏やかに優しく変わる。その瞬間、彼の印象は屈強な騎士から人当たりの良い好青年へと変わった。
「王立騎士団では、遠征や詰めの任務が続きまして……私事を持ち込まぬよう、しばらく社交を控えておりました。中途半端な気持ちで女性を惑わせるのは不誠実ですから。伯母上には、昔から何かと世話になっております。ですので、伯母上が安心できるようなご縁を探すにあたり……マリア嬢のお力を借りることができたら、ありがたいです」
「もちろんです。アリューゼ卿に ぴったりのデザインを考えて、 舞踏会で素敵な女性と巡り会えるように頑張りたいと思います。 それにしても……今でも十分素敵ですよ。 今まで女性とお付き合いがなかったなんて……信じられないくらいですわ」
その瞬間、アトリエの扉が音もなく開き、サンテリオ侯爵様がひょいと顔を覗かせた。
「……マリアはそんな熊のような……背も横幅もある男が好みだったのかい? 騎士は筋肉がっしりの大柄な男が多いが……そういうタイプが好きなのか? ……ウィルミントン侯爵夫人、ここは男女の出会いを提供する場ではありませんよ」
声はいつもの落ち着きを失っていて、どこか語尾が硬い。眉間にはわずかな皺が寄り、これ以上ないくらい機嫌が悪そうだった。
その様子に、ウィルミントン侯爵夫人は悪戯を成功させた子どものように楽しげに笑った。
「まぁまぁ、サンテリオ侯爵様は何をおっしゃっているのかしら? アリューゼは私の甥ですのよ。あなたも以前、顔を合わせたことがあるでしょう? 今度開かれる舞踏会で着る燕尾服を、センス抜群のマリアさんに仕立てていただこうと思っただけよ。
さて、私はこのあと用事がありますので、これで失礼しますわ。マリアさん、どうぞよろしくお願いいたしますね。アリューゼ。打ち合わせが終わったら、ちょうど昼食の時間ではなくて? マリアさんをお食事にお誘いするとよろしいわ。ランチでもご馳走して差し上げなさいな。女性と自然に会話をする良い機会になるし、マリアさんは話題も豊富だから学ぶことも多いはずよ」
「はい、伯母上! そうさせていただきます。マリア嬢、ぜひ俺とランチをご一緒してください! こんなに綺麗で魅力的な方と会話ができれば、舞踏会でも緊張せずに話せる気がしますから」
人懐っこい笑顔を向けられた瞬間、この方の婚約者探しを、心から応援してあげたくなった。だから、私の返事は当然イエスだ。
「はい、喜んで」
そう答えると、背後でサンテリオ侯爵様が低く「むぅ……」と低く唸った……気がする。
(どうしてこれほど、ご機嫌が悪いのかしら?)
不思議に思いながらも、私はデザインをするためにペンを取ったのだった。




