37 ソフィア視点
※ソフィア視点
「所詮、盗作で名前を売ったブロック服飾工房だ。誰もが着たいと思える服など、到底作れなかったのだろう!」
サンテリオ侯爵様の声がコロッセウム内に響き渡り、観客たちの怒声が一斉に沸き起こった。
(こんなところで“盗作”なんて言わないでよ! ちょっと、お姉ちゃんの発表前の作品を借りただけじゃない!)
大げさに騒ぎ立てるサンテリオ侯爵様に腹が立つし、私たちがデザインした服を笑ったり、彼の言葉を鵜呑みにして怒る観客たちにも、怒鳴り返したい気分だった。
あの作品は私が必死に考えて作ったものだ。平民でも貴族でも着られるような――汚れてもいい、派手すぎず、誰にでも着られる服。見た目の華やかさより“暮らしやすさ”を選んだつもりだった。ウエストを締め付けないから、お腹いっぱい食べられるし、灰色や茶色なら少しくらい食べ物をこぼしても全然わからない。疲れたらそのまま横になれるし、翌朝だって着替える必要さえない。ダボッとしているから動きやすいし、なにより寛げるのよ。
(こんなに便利な服、ほかにある?)
忙しく働く平民にはぴったりだし、貴族だって面倒くさがり屋はきっといるはず。流行は巡るって言うし、昔のおばあちゃんの寝間着みたいでも、むしろ新しく見えるかもしれない。私は、本気でそう信じていた。
レオナード様は最初、私の考えた服に難色を示していた。でも私は、きっぱりと言い切った。
「これは時間の節約です! 朝の着替えだっていりません! たしかに昔の寝間着みたいかもしれませんけど、そこが逆に新しいんです!」
私こそが時代の先を行っている、そう信じて疑わなかった。だから、こんなにも批判されるなんて、思いもしなかったのだ。
(いったい何が間違ってるっていうの? あんなに便利な服を、どうしてそんなに馬鹿にするのよ!)
「ソフィア……やっぱり、あんな服はダメだったんだよ。それに、マリアのデザイン画を盗んだ件は、大ごとになりそうだ。……まずいよ」
レオナード様は顔面蒼白になり、すっかり萎縮していた。
「レオナード様って、案外、意気地なしなんですね。……大丈夫です。私がちゃんと反論しますから! 伊達にルクレール女学園を卒業したわけじゃありません!」
私は胸を張って笑ってみせた。
サンテリオ侯爵様が、私たちを盗作者呼ばわりしているステージに向かって歩き出す。
「いい加減なことを言わないでください! どこにそんな証拠があるんですか!」
高位貴族だろうと関係ない。私は真っすぐ侯爵様を睨みつけながら反論した。
(証拠なんてあるわけないわよ。だって、レストランの中で鞄を盗ったけど、誰も私たちのことなんて見ていなかったもの)
「証拠ならあるさ。まずは、君たちがオッキーニ男爵領で披露した“模造ドレス”を購入した方を呼ぼう。どうぞ、出てきてくれたまえ!」
その声とともに、私の友人のひとりがステージに上がった。お姉ちゃんのデザイン画をもとに仕立てたドレスを纏い、私をまっすぐ見据える。その瞳は、かつての友情を冷たく切り捨てるようで――私に侮蔑の眼差しを向けていた。友人が纏うその服が、まるで“罪の証拠品”みたいに注目を集めていく。
次の瞬間、ステージの奥からひとりの貴婦人が優雅な足取りで現れ、友人の隣に立った。
「……まぁ、ウィルミントン侯爵夫人が本来の注文者だったのですね。夫人が纏っているドレスは、確かに似ていますわね」
「本当に。あのお若い方のドレスは、ウィルミントン侯爵夫人の纏っていらっしゃるものの――劣化版模造品、とでも言うべきかしら」
貴賓席から、そんな皮肉まじりの声が上がった。
(……ウィルミントン侯爵夫人……どこかで聞いたことがあるなぁ……あっ、サンテリオ服飾工房のエントランスホールで、私たちを物乞い扱いした嫌みなおばさんだわ!)
「私が纏っているこのドレスは、サンテリオ服飾工房に特別注文した一点物です。マリアさんが私のためだけにデザインしたものでした。ソフィアさんがオッキーニ男爵領で模造ドレスを発表する以前に、私の手元に届いています。これを着てパーティーに参加した、証拠の写真もありますわ」
そう言って、ウィルミントン侯爵夫人は使用人に合図を送った。次の瞬間、大きく引き伸ばされた写真が掲げられる。夫人は今と同じドレス姿で、にっこりと微笑んでいた。背景は華やかなパーティー会場。右下には、魔導カメラによる撮影日がはっきりと記されている。それが私たちの発表よりも、前の日であることを示していた。
大勢の人々の中で晒された証拠写真を前に、私はどんな反論も思い浮かばない。
(こんなの、覆せるわけがない! ど……どうしよう……)




