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観客席は人々でぎっしり埋め尽くされていた。笑い声やざわめき、子供たちのはしゃぐ声が重なり合い、熱気が空気を揺らしている。陽光が天井の開口部から差し込み、明るく照らされた観客の顔が見える。大きなコロッセウムの隅から隅まで、人々の目が舞台に向けられており、わずかなざわめきの中にも期待と高揚感が満ちていた。
舞台の幕が上がると、まずは私が作った40着の衣装が、次々とモデルたちによって披露されていく。日差しを受けて布が軽やかに揺れるたび、観客席から歓声が湧き起こった。カシュクールワンピースのシルエットはエレガントで、腰回りから裾にかけての柔らかなラインが自然に広がる。そこに、ふくらはぎの真ん中くらいまで足を覆うレギンスを合わせた。これは、かつて日本で暮らしていた前世の記憶を持つ私が、こちらに新たに持ち込んだものだ。
このレギンスを履くことで、素足を露出させたくない女性も、安心して膝丈のワンピースを楽しめる。足先まで覆ってしまうタイツとは違い、軽やかさと抜け感を兼ね備えたデザインになっているのがポイントだ。
「わぁ、素敵! タイツが途中で切れているのは、 初めて見たわ。 ワンピースだけだとおしゃれになりすぎるけど 、あれを合わせると途端に、カジュアルに見えるね」
「ちょっとしたお出かけにもぴったりだわ!」
平民から貴族まで、観客の目が次々と輝きを増していく。
パンツスーツやキュロットスカートが登場すると、貴族たちが座る貴賓席からも、感心するような声が聞こえた。
「動きやすいし、 見た目も良いですわね」
「女性らしさは失わないのに、とても機能的ですわ」
普段の生活で役立つことまで考えられた衣装だと、観客たちはにこやかに感想を言い合った。
柔らかな光沢のある素材で仕立てられたパンツスーツやキュロットスカートには、一部にレースを縫い付けたり、キラキラ光るビーズを散りばめたりして、華やかな場にも着ていける特別感を演出した。
さらに、厚手で丈夫な綾織りの生地や深い藍色の布を『デニム風』に加工してもらい、男性でも女性でも着られる作業着やジーンズ風の衣装として仕立てたものを、モデルたちが颯爽と着こなすと、会場内にどよめきが広がった。このときは男性モデルにも着用してもらった。
「こちらは、とても丈夫な生地で作られた衣装です。多少激しく動いても洗濯しても大丈夫です。さらに色あせや穴が開いても、それが自然な味わいとなり、長く着ていただけます。サンテリオ服飾工房が誇るトップデザイナー、マリアさんが考案し、本日初めて皆様にお披露目する作品です!」
司会を務める女性は誇らしげに紹介し、会場からは称賛の声が飛び交った。しかし私はまだ舞台に姿を現す時ではなく、静かに舞台裏でショーの進行を見守っている。
「おお、これはすごいな! 俺たちの作業着にぴったりだ。畑仕事のときも便利そうだぞ」
「確かに、泥で汚れてもガンガン洗えるって言ってたしな。丈夫な生地なのがありがたい」
こうして、男性陣の間でも話題になり、好評を博していた。
「……最後にサンテリオ服飾工房がお届けするのは、特別な日に着たいデイドレスでございます! モデルは王女殿下です!」
デイドレス姿の王女殿下が、にっこりと微笑みながら手を振る。色はローズピンクで、スカートの部分はバラを逆さにしたように、フリルが幾重にも重ねられていた。愛らしい妖精そのもので、少女たちのため息が漏れる。
「きれい……」
「あんなドレス、私も着てみたい!」
観客の声は次第に大きくなり、笑顔と歓声が混ざった空気が会場を包む。まるでお祭りのように熱気があふれ、私の心も自然と踊り出した。
「以上が、我が国が誇るサンテリオ服飾工房――そこのトップデザイナー、マリアさんがデザインした衣装のファッションショーでした。では、マリア先生! どうぞこちらへ!」
私はその声に促され、初めて大勢の観客の前に姿を現した。たくさんの魔導カメラが私を写し、できるだけにこやかに微笑む。会場からは賞賛の声と拍手が長く鳴りやまず、舞台裏に引っ込んでも、しばらくその拍手は続いていた。
やがて静寂が訪れ、司会の女性が次のデザイナーの紹介を始めた。
「次は、最近話題を呼んでいるオッキーニ男爵領のブロック服飾工房です。ソフィアさんとレオナードさんの共同デザインとなります。特にソフィアさんは、この業界ではまだ新顔ながら、素晴らしい才能をお持ちだそうです! では、引き続きお楽しみください」
観客たちは期待に胸を膨らませながらステージを見つめる。しかし、なかなかモデルたちが姿を現さず、ざわめきが小さく広がった。やっとモデルが歩いてくると、会場の空気が一瞬で失望の色に染まった。
目に飛び込んできたのは――灰色や茶色ばかりの地味なワンピース? 丈は足首までで、ストンと落ちるだけのシンプルな形だ。色も形も、工夫の跡はまったく見られない。
一般席からは、低く呆れた声が漏れ聞こえた。
「なによ、あれ? まるで着古した寝間着じゃない?」
「寝間着だって、もう少しおしゃれよ……」
「こんな素晴らしいショーに出すほどの価値あるの? あたしらが今着てる服のほうが、よっぽどおしゃれだよっ!」
貴族席からも、微かに笑い声が漏れた。
「まさか……こんなに地味でシンプルな服を、堂々とステージで披露するとは……」
「誰でも着たいと思わせる服ではなくて、あれでは誰も着たいと思わない服ですわね」
「曾祖母の寝間着、そのものですわよ」
さらに男性陣からは、きつめのヤジが飛んだ。
「引っ込め、引っ込め!」
「せっかくの素晴らしいショーの余韻を台無しにするなぁ!」
そのとき、サンテリオ侯爵様が満を持して大きな声を張り上げた。
「所詮、盗作で名前を売ったブロック服飾工房だ。誰もが着たいと思える服など、到底作れなかったのだろう!」
その場にいた人々は、盗作という言葉に鋭く反応し、驚きの声や怒声が飛び交ったのだった。




