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私は今回のファッションショーに向けて40着を任されていた。数日前からコロッセウムに設けられた控え室へ持ち込み、モデルたちとも完璧に打ち合わせを済ませている。そのため当日になっても、舞台裏で慌てる必要はまったくなかった。
控え室の壁にはコーディネートを考えた私のスケッチが並び、それぞれの服の前にはそれに合わせた靴や小物も整然と整えられ、すぐにでも モデルがステージに立てるように工夫されていた。準備万端、 完璧だ。
だから、私とサンテリオ侯爵様は、コロッセウムの周りをゆっくりと見物することにした。あたりには屋台がずらりと並び、焼き菓子や果物の甘い香りが漂っている。蜂蜜を塗った小さなパンやナッツ入りのタルトが並ぶ屋台、煙を上げながら串に刺した肉をじっくり焼く屋台、リンゴやイチゴ、パイナップルを串に刺した果物屋台もあり、眺めてるだけでも楽しい。
子供たちが手にした風船は風に揺れ、大人たちは談笑しながら、屋台での買い物を楽しんでいた。大道芸人たちが火の輪をくぐったり、皿を器用に回したりして観客の視線を集めている。アコーディオンやバイオリンの音色が軽やかに響き、コロッセウムの周り一帯が、小さな祭りのように彩られていた。私は思わず胸が高鳴った。
「マリア、楽しそうだね」
サンテリオ侯爵様が微笑む。
「はい、このようなコロッセウムでの大きなファッションショーは初めてですし、まさにお祭りという雰囲気で、ワクワクしてきます」
そんな私へ、不意に尖った声がかけられる――ソフィアだった。
「お姉ちゃん、ずいぶんご機嫌ね! 汚い手を使って、私たちを妨害することに成功したからよね? ブロック服飾工房から、仕立て職人たちをごっそり持っていくなんて、浅ましいと思わないの?」
「え? そんなことはしてないわよ。それに、私の判断で職人さんたちを引き抜けるわけがないでしょう? 私は雇われている大勢のデザイナーのうちの一人なのよ?」
「そんなわけないじゃない! だって横にいる人がサンテリオ侯爵様で、お姉ちゃんの恋人なんでしょう? きっと、お姉ちゃんがこの人にお願いしてやらせたのよ。私にレオナード様を取られたことを、まだ根に持ってるんでしょ?」
見当外れなことを言われて、私は思わず呆れてしまった。レオナード様のことなど、私には何の未練もないし、サンテリオ侯爵様は恋人でもない。
「求人誌に募集をかけただけで、こちらは何もしていない。それより君はこんなところでのんびりしてる場合じゃないだろう? 今日のこのステージは、君たちの未来を決める大事な場だ。本当に才能があるかどうか、大勢の観衆の前で試されることになるんだぞ」
ソフィアは蒼ざめた顔をしながら、コロッセウムの中に消えていった。ソフィアの隣にレオナード様の姿はなかった。きっと専用の控え室で、モデルたちに指示を出しているのだろう。
「文句を言うことだけは一人前なんだが、自分がやってきたことを棚に上げすぎじゃないか? マリアの妹の思考回路は、一体どうなってるんだろうな……姉妹でも、全く似ていないな」
「はい。妹ながら、ソフィアの思考回路はまるでわかりません。ところで、サンテリオ侯爵様はドレスの盗作を暴露しようとして、この場を設けたんですよね? せっかくみんなが楽しみにしているショーが台無しにならないでしょうか?」
「全然、ならないさ。こういう場でのアクシデントや断罪には、みんな慣れている。一種のお祭り気分で味わえる、楽しいイベントのひとつなんだよ。さあ、ショーの始まりだ!」




