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私は、サンテリオ侯爵様とウィルミントン侯爵夫人、ヘバーン伯爵夫人に伴われ、国王陛下に謁見するため王都へ向かっていた。すでにお目通りの許可は頂いており、指定の刻限に間に合うよう魔導馬車を走らせている。高位貴族の方々に接するのは慣れてきたつもりでも、相手が国王陛下となれば話は別だ。謁見の瞬間を想像するだけで、指先がわずかに震えた。
そんな様子の私を見て、ウィルミントン侯爵夫人が、にこやかに笑みを浮かべておっしゃった。
「マリアさん、それほど緊張しなくても大丈夫ですわ。国王陛下や王妃陛下はお優しいお方ですから。それに、王妃陛下と私は学園時代の同級生で、今でも親友ですのよ」
「父上は国王陛下の旧友だった。歓迎してくださるはずさ」
サンテリオ侯爵様が穏やかに続ける。
ヘバーン伯爵夫人も、楽しげに微笑んだ。
「王女殿下の家庭教師は、私の姉なのですよ。王宮には昔から顔を出しておりますわ」
三人の言葉を聞きながら、私は合点がいった。どうして、こんなにも気軽に“国王陛下に会いに行こう”と言えるのか。要するに、この三人は王族一家と深い縁で結ばれているのだ。
けれど、胸の奥には別の疑問が残った。
私たちは、何のために国王陛下に会いに行くのだろう?
ソフィアたちの悪事を訴えて、罰を願い出るため?
サンテリオ侯爵様といえども、領地外に住むソフィアたちを裁くには、国王陛下の許可が要るのかしら?
そんなことを考えながら、私は車窓の外を眺めた。流れていく景色の中に、少しずつ王城の塔の先端が見え始めていた。やがて王城の全貌が姿を現す。白亜の城壁が陽光を受けてまぶしく輝き、幾重にもそびえる尖塔が空を突くように伸びていた。その堂々たる姿に圧倒されて、ますます緊張が深まっていった。
てっきり“謁見の間”のような、荘厳な場所に通されるものと思っていた。 けれど案内されたのは、王族が親しい客人と歓談するためのサロンだった。
大理石の床には柔らかな絨毯が敷かれ、壁際には季節の花々。香る茶葉の匂いに、少しだけ肩の力が抜けた。
「まあ、ようこそ。遠路ご苦労さまでしたね」
気品に満ちた王妃陛下が、柔らかな微笑みとともに声をかけてくださった。
私は慌てて裾を摘み、深くカーテシーをしてご挨拶を申し上げる。
その隣で、好奇心に満ちた瞳を輝かせながら、王女殿下が私たちの纏うドレスを見つめていた。
「あなたがサンテリオ侯爵領のトップデザイナー、マリアさんなのね? とても有名だから、いつかお会いしたいと思っていたの。皆様のドレスも、あなたのデザインなのでしょう? 私にも一着、仕立ててほしいわ」
私は王女殿下にも丁寧にカーテシーをし、微笑んで答えた。
「ええ、もちろんでございます。喜んでお作りいたします」
国王陛下は目を細め、どこか楽しげに笑っておられた。
「ふむ、君が今、サンテリオ侯爵領で最も評判のトップデザイナーか。我が国の文化を華やかに彩ってくれているようだな。……ありがとう」
あまりにも穏やかで親しみのある口調に、胸の奥の緊張がふっとほどけた。これほど温かな雰囲気の中で、国王陛下と言葉を交わせるとは思わなかった。
「恐れながら、国王陛下のお言葉、身に余る光栄にございます。この身の限り、誠心誠意、務めを果たしてまいります」
私は深くカーテシーをして、緊張で震える声を抑えながら答える。国王陛下は目を細め、どこか満足げにうなずかれた。そして、ふいに声の調子を変えられた。
「おぉ、サンテリオ侯爵! 父上は元気かね? 田舎に引っ込んで趣味ばかりに興じていると聞いたが、まだ若いのにもったいない。たまには王宮に顔を出すよう伝えてくれんか?」
「はい、父上は湖畔の別荘で釣りをしたり、絵を描いたりして楽しんでおります。ところで、陛下。ひとつ提案があるのですがね」
サンテリオ侯爵様は穏やかな笑みのまま、さらりと続けた。
「王宮でファッションショーを開いてはいかがでしょう? 陛下の治世を讃える“王国文化祭”のひとつとして。貴族だけでなく、民たちも楽しめるように――王都のコロッセウムで大々的に行うのです。 そこに、今話題の新顔デザイナー、オッキーニ男爵領のソフィアとレオナードも参加させたらどうでしょう? ますます盛り上がると思うのですが……もちろん、サンテリオ服飾工房も喜んで参加させていただきますとも」
サンテリオ侯爵様はにこやかに微笑み、私は思わず息をのんだ。




