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すっかり元気になり、自分のマンションへ戻ろうとしたのだが、あれこれ理由をつけてサンテリオ侯爵様に引き止められ、気づけばなんとなく屋敷に居座っている。侍女やメイドがいるこのお屋敷は居心地が良すぎて、帰れば自分で全部やらねばならない生活に、しばらく戸惑いそうだと思っていた。
そんなある日、サンテリオ侯爵様がそっと差し出した雑誌の表紙に、私はぎょっとした。そこにはソフィアの写真が大きく載り、彼女が身に纏っていたドレスは、明らかに私が盗まれたデザイン画のひとつと一致していたからだ。
それはオッキーニ男爵領で発行されている地元の雑誌で、表紙には大きく《美貌の天才デザイナー、ソフィア降臨!》と見出しが踊っていた。
「……申し訳ありません。すべて私のせいです。まさか、こんなことになるなんて……。 でも、どこかでわかっていた気もします。あの人たちは――私が思っているより、ずっと愚劣な家族だと」
サンテリオ公爵様は、君のせいじゃない、と言いながらも言葉を続ける。
「これは意匠権の侵害だ。このデザインはサンテリオ服飾工房に制作の独占権があるし、明白な違法行為だよ。だから私は、彼らにきちんと責任を取らせようと思う。放置すれば、優れたデザイナーや工房の権利が踏みにじられ、創作の価値そのものが守られなくなるからさ」
サンテリオ侯爵様の言葉は、まったく理にかなっていた。復讐や恨みで叩き潰すのではなく、彼が守ろうとしているのは業界の秩序と正当な利益だ。甘い顔をして見過ごせば、同じことを繰り返す者が出てきてしまう──努力して培われた才能や技術が、簡単に奪われてしまうのよ。だからこそ、私はサンテリオ侯爵様の決断が、正しいと感じずにはいられなかった。
「はい。本当にその通りです。彼らは決して越えてはならない一線を踏み越えました。ところで、サンテリオ侯爵様はこの先、どうされるおつもりですか?」
「そうだな。あの5点のデザインを正式に注文し、既に受け取っている正当なお客様たちとともに、国王陛下のもとへ赴こうと思う」
「こ、国王陛下のもとに? 正当なお客様たちとは、ウィルミントン侯爵夫人やヘバーン伯爵夫人たちのことですね? 毎年たくさんドレスを注文してくださいます。まずは私が、この件について謝罪に伺ったほうがよろしいですか?」
「いや、一緒に謝罪へ行きながら、この件に対する対応のことも相談したい」
かくして、私たちはウィルミントン侯爵夫人やヘバーン伯爵夫人のもとを訪ねたのだった。
※ウィルミントン侯爵夫人視点
私は王都で発行されている雑誌を含め、自分の領地に近い各地で発行される雑誌や新聞をすべて取り寄せ、記事にはざっと目を通すようにしていた。
ある日、その中の一冊――オッキーニ男爵領で発行されている雑誌――の表紙に、見覚えのあるドレスを着た女性が映っていた。
《美貌の天才デザイナー、ソフィア降臨!》などという文字が大きく踊っており、中を開くと、美辞麗句で埋め尽くされている。侍女に私のクローゼットから、思い当たるドレスを持って来させる。それは最近サンテリオ服飾工房で注文したドレスだった。
ソフィアという女性が纏っているドレスと見比べると、あまりにも似ている。 しかもよく見るとその女性には、どこかで会っていることに気がつく。
「どこだったかしらね? えぇっと……ああ、 サンテリオ服飾工房のエントランスホールで騒ぎ立てていた女性だわ! マリアさんにドレスを仕立ててくれ、と言っていたあの図々しい子だわね」
私には、お気に入りのデザイナーがいる。その名はマリアさん。凛とした美しさを持ちながらも、素晴らしい才能に恵まれ、礼儀正しくて謙虚な人だ。彼女にデザインを任せたドレスを身に纏えば、どこにいても主役になれる。
(このドレスは、私だけのために特別注文で仕立て上げられたもの。それを大量生産のドレスに貶められ、不格好な模造品が出回るなんて。いったい、どうしてこんなことになったのかしら?)
すぐにでもサンテリオ服飾工房へ出向き、この件について話をしなければ――そう思っていた矢先、ちょうどサンテリオ侯爵様とマリアさんが私の屋敷を訪ねてきた。
私は大切なお客様をもてなすサロンへお通しし、侍女に香り高い紅茶を用意させた。
「今日はどんなご用件でいらしたのかしら? ちょうど私も、そちらに伺おうと思っていたところですのよ」
向かいのソファに並んで座る二人に、にっこりと微笑みかける。
「この度は……本当に申し訳ございません。注文していただいたドレスのことなのですが、私の不注意で、デザイン画を盗まれてしまいまして……」
マリアさんの話を聞けば、あまりにも気の毒で、怒る気にもなれなかった。もともと責めるつもりなど最初からなかったのだけれどね。
「マリアさん、気にしなくても大丈夫よ。盗まれたあなたにも油断はあったでしょうけれど、悪いのは、盗んだ方ですもの」
「それで……折り入ってお願いがあるのですが、やつらを懲らしめるために、手を貸していただきたい。実は――」
そう切り出したのは、サンテリオ侯爵様だった。珍しく、少し悪戯めいた笑みを浮かべている。
「……ああ、なるほど。それは面白いお考えですね」
私はお似合いの二人を見て、朗らかに笑う。どうやらサンテリオ侯爵様は、まだマリアさんに正式な求婚をしていないようだ。二人の雰囲気から察するに、まだ恋仲にすらなっていないように見える。その一歩手前……というところかしら。
この件が片付いたら、私が恋のキューピットになってあげようと思った。少しばかり荒療治になるけれど、なかなか進展しない二人なのだから、そろそろ私の出番だろう。
でも……まずは、その前に。《《お邪魔虫》》を4匹、きれいに駆除しておかないとね……




