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ある物……鞄の中から出てきたそれは、一見普通のペンのように見える。
「あなたたちが、私を脅した証拠が取れたわ。これ、なんだかわかるかしら? 最近開発されたもので、音声を録音できるとても便利な魔道具よ。本来はドレス制作の際に、お客様の要望を記録するために買ったんだけれど……まさか、こんな場面で役立つとは思わなかったわ」
魔導録音機はまだ市場にほとんど出回っておらず、価格も非常に高価だ。ソフィアが私の腕を掴んだとき、私はこっそり録音ボタンを押していた。
母の顔がみるみる蒼白になり、怒りと焦りが入り混じった目で私を見つめた。父も唖然とした表情を隠せない。ソフィアは唇を噛みしめ、手がわずかに震えていた。
「まさか、家族を訴えるつもりなの?」
「お姉ちゃん、 私たち仲の良かった 姉妹じゃない」
「 マリア 、お前はとても親孝行な娘だっただろう?」
「全て過去形だわ。 今はもう他人です。これ以上つきまとうなら、迷いなく訴えるつもりよ。これを証拠にサンテリオ侯爵様に話せば、あなた方は恐喝罪に問われる。サンテリオ侯爵領の治安がとても良いのはなぜだと思う? ここで犯罪が起これば、他の領地以上に厳しい処分が下るからよ。サンテリオ侯爵様は、悪事を働く人には容赦しないわ」
母は一瞬、口を開きかけたが、言葉が出ずに固まった。父もソフィアも、どう反論すればいいかわからずにうろたえている。その光景に、私は自然と笑みがこぼれた。
時計にちらりと視線を向け、今ごろカエリンさんは旦那様とマリアちゃんで、仲良く煮込みハンバーグを楽しんでいるだろうと想像する。そう思うと、急にお腹が空いてきて、無性にカエリンさんに会いたくなった。
「……わ、わかったわよ、もうつきまとわないから……最後に、ここで夕飯だけ食べさせてもらえる? こんな都会のカフェレストランで食事ができる機会は、もうないかもしれないし。お姉ちゃん、お願い」
ソフィアは途端にしおらしくなり、眉尻を下げながらお腹が空いたと私に訴えてきた。私はため息をつきつつ、店員にディナーメニューを持って来させた。
(食事くらいは食べさせてあげたほうがいいわよね……本当は、この人たちとこれ以上一緒にいるのは嫌なんだけど)
「マリアも一緒に食べましょう。私たちはもうあなたに付きまとわないから……これが、一緒に食べる最後の晩餐よ」
「そうだとも。マリアも好きなものを頼みなさい。 久しぶりに家族水入らずで食べる夕食だ」
(まるで自分がお金を払うような口ぶりね……本当に、これが最後になってほしいわ)
店員がメニューを持ってくると、三人は迷わず一番高い牛フィレステーキのコースをデザート付きで頼んだ。まるでこの機会を逃すものかとばかりに、三人の顔には期待が満ちている。同じメニューを頼む気にはならなくて 、私はシチューとパンだけにした。
テーブルに料理が並ぶと、三人は夢中でナイフとフォークを動かし、感嘆の声を上げながら次々と口へ運んだ。香ばしい肉の匂いが漂う中、私はスプーンを傾けてシチューを口に含む。あんなことがあった両親や妹と共に食卓を囲んでいるせいか、少しも美味しく感じられない。ソフィアたちの会話は楽しげに弾んでいたが、私は加わる気にもなれず、静かに時間が過ぎるのを待つしかなかった。
まだ三人が食べ終えるまでには少し時間がかかりそうだったので、その間に軽く化粧を直そうと思い、席を立った。
「ちょっと化粧室に行ってくるわ」
大きな鞄を手にした私に、ソフィアが「荷物は見てるから大丈夫よ」と声をかける。
「ありがとう。じゃあ お願いね」
そう言いながら、私は大きめのポーチ――化粧品やマンションの鍵、魔導録音機などが入っている――を持って、化粧室へ向かった。
ところが戻ってみると、両親や妹の姿はなかった。そして、……私の鞄も消えていたのだった。
(どうしよう……お金を払うにも、財布はバッグの中だわ)
途方に暮れた私は、思案しながら窓の外をぼんやりと眺めた。
夜の通りには街灯が点り、人々の姿もまばらだ。そんな静かな光の中を、黒塗りの魔導馬車がゆっくりと走っていく。
艶やかな車体にサンテリオ侯爵家の紋章が浮かび上がり、馬車の窓越しに見えた侯爵様が、こちらに気づいたように目を見開いた。そういえば、この通りは、サンテリオ侯爵様がいつも屋敷へ戻られるときに通る道だった。
「マリア?」
そんなふうにつぶやいた声が聞こえてくるようだった。
馬車が止まり、サンテリオ侯爵様が扉を開けて入ってきた。
心配そうな顔で私を見つめながら、静かに歩み寄る。
「どうしたんだい? こんなところで……」




