幸せ締め
新規の評価、ブックマークありがとうございます。
お読みくださっている方々に感謝します。
昨日は投稿できなくてスミマセン(;´Д`)
明日以降も不定期になるかもです。
「はぁっ!」
「くっ……!」
No.4を叩きのめした後、今度はNo.1に殴りかかった。
件のバケモノこと腕の人にボコられた後だからか動きが鈍い。これならやれる。
よくよく考えたら、この人には二度も命を助けられてる。
あの異獣に殺される直前に助けてくれたのと、さっきの腕を私の前に飛ばしてくれた時に。
そう考えるとちょっと申し訳ない気もするけど、ここで放置して追われたり通報されたりすると面倒だ。ひとまず寝ていてもらおう。
互いに放った拳を掴んで握り合いになった。
万全の状態じゃなくてもこの膂力。伊達にNo.1の席にいるわけじゃないってか。
「ぐぅぅ……! なんだその力は……!?」
「さぁね。お腹が空いて死にかけてたところに、アンタが寄越した腕を美味しくいただいたらこうなってたのよ」
「あのバケモノの腕を、食ったというのか……!?」
そりゃ驚くよね。倫理もなにもあったもんじゃないし。
でも飢え死に寸前までくると、倫理とか道徳とかそんなものがどうでもよく思えてくるものよ?
「アンタには感謝してるけど、しばらく寝ててもらうわ」
「待て、今ならまだ釈明の余地はある。今のお前の力ならば、充分にギフト・ソルジャーとして登用される見込みがあるぞ」
「あっそ。どうでもいいわそんなもの」
「なに……?」
仮に適合試験で合格してその言葉をもらっていたのなら、そのまま登用されることに満足していただろう。
衣食住さえ保証されればそれで満足だった。
でも、一度『生きる権利』を奪われて、その後にたまたま強くなれたからって手の平返しにそんなことを言われても、まるで魅力を感じない。
この施設はクソだ。そこに働いている奴らも、言われるままに飼われてる連中も、自分さえ無事なら誰が死のうともなんとも思っちゃいない。
そのクソどもの仲間入りするのなんか、もう今の私にはあり得ない。
「私は私の思うがままに生きる。アンタらがどう思おうがもう知ったことか。邪魔するなら、誰だろうと蹴散らしてやる!」
「落ち着け。ここを抜けて、どう生きていこうというんだ。またゴミ山を漁りながらでも生きていくのか?」
「ここで飼われ続けるくらいなら、そのほうがマシよっ!」
「ぬぉあっ!?」
互いに腕を掴み合い、膠着状態だった状況で相手の身体をこちらに引き寄せた。
相手に押し倒される、いや相手をこちらに引き倒しながら足で身体を蹴り上げて、床に叩きつけた。
腕の人の知識によると、『巴投げ』という技らしい。いやこんな力任せに投げる技じゃないらしいけど。
「がはっ!」
背中を強打して痛そうにしているNo.1の胸に馬乗りになり、両腕を両脚で挟んで拘束。
そして顔面を掴み、私の身体を押し当てて窒息させる!
「ふぐぅっ!? ふぐぐぐっ、ぐっぅっ……!!」
苦しそうな声を上げて、顔を真っ赤にしながら暴れている。
両腕は私が挟んでるから使えない。足なんか届くはずがない。
唯一怖いのはギフトだけど、どうも腕の人との戦いで『M』を、つまりギフトを使うためのエネルギーを使い果たしてしまったようで、一向に使ってこない。
しばらくその状態を維持していたら、徐々に暴れる力が弱まっていって、動きが止まった。
押し当てていた頭を離し、ぐったりとした様子で気絶しているのを確認。よし、上手くいった。
よくよく考えると、男の人の顔を自分の胸に押し当てていたんだよね。我ながらなんだかすごく破廉恥なことしてた気分。
いや、これは戦いの際に仕方なくやってただけだから。故意にこんなことしてたわけじゃないから。うん。
……ペッタンコなままじゃできない攻撃だったわね。結構な大きさになっちゃって、もう揺れるたびに地味に痛いんだけど。
さーて、戦利品の不思議バッグとイモをいただきますかね。
うわ、さっき中から何十個も取り出してたイモが、さらに倍近くの量入ってるのが分かるんだけど。
ジャガイモとサツマイモ、それぞれ百個は下らないんじゃないかしら。どこからこんなもの手に入れたんだろう。
それにしても、重さはまるで感じないのに持っただけで中に入ってる物の内容が分かるとか、ホントになんなのかしらねこのバッグ。変なの。
イモもバッグも全部持っていこうとしたところで、ふと気付いた。
このイモは救荒作物だ。つまり、短期間で容易に大量の食料を生産できるということ。
もしもこのイモの安定供給ができるようになれば、『資源の無駄だ』なんて理由で殺される人たちも減っていくんじゃないだろうか。
それに、この施設にはNo.77もいる。
万が一食糧不足に陥って、あの子がまたひもじい思いをするのは正直いただけない。泣くとうるさいし。
……癪だけど、半分くらいは残しておこう。我ながら甘いなー。
No.1にはちょっと悪いことしたなぁと思わなくもない。
他の皆を助けてくれなかったことは腹が立つけど、立場上仕方なかったところもあるだろうし、私が同じ立場でも助けたかどうかは正直あやしい。
そう考えると、私も自分の身が可愛いだけでこの施設の連中と大差ないわね。
だから、せめて風邪ひかないようにそのへんに置いてあったボロ布くらいはかけておいてやろう。
ただしNo.4、テメーはダメだ。
顔面に教科書の偉人ばりの落書きをしてやる。油性で。ざまぁ。
……『教科書』ってなんだ? 腕の人の謎知識に悩む日々がしばらく続きそうね……。
バッグを肩にかけて、施設内を探索。
そこらの部屋に置いてあった携行食料と飲み水に食塩、燃料と着火剤に医療品や服なんかをバッグに詰め込みつつ、脱出を図る。
泥棒しまくりだけど、なんの罪悪感も湧かない。
ここの連中が私にしてきたことに比べたら可愛いもんでしょ。
いやまあ、そもそもあの茶髪に拾われなかったらそのままの野垂れ死んでたんだろうけど。
それにしても、無駄に広いわね。
施設内の案内板でもあればいいのに、それらしい掲示物が見当たらない。
文明が崩壊する前の施設をそのまま流用しているって話だけど、設計した人たちは迷ったりしなかったのかしら。
カギのかかった扉をこじ開けたり、時にはシャッターを蹴破ったりしてとにかく前進。
職員たちの姿が見えないけれど、侵入者が入ってきたから避難でもしてるのかしら。
好都合ね。このままおさらばさせてもらうとしましょうか。
そう思いながらしばらく進んでいくと――――
不意に、地面が消えた。
「えっ……!?」
あ、ちょっ、これ、落とし穴……!?
「おわぁぁあああっ!!? いった!?」
……やられた。
よく考えたら、そりゃ暢気に避難してるだけじゃなくてこちらを捕らえようとするわよね。
こんなギミックまであるとか、この施設造ったヤツなに考えてたのかしら。
落ちた先はどこかで見たような場所、というか最終試験場じゃないのここ。
その証拠に、地面に赤いシミが残ってるし。……どう考えても、あのゴリラに蹂躙された跡じゃないの。
スピーカーから、最終試験の時のようにノイズが走った後に声が聞こえてきた。
この声は、ジヴィナか。
『脱走者No.67-Jに告ぐ。今すぐ抵抗を止めてその場に留まりなさい。大人しくしていれば、危害を加えることはありません』
「……それで? 私をどうする気?」
『一時的に拘束し、再検査をします。その結果次第では廃棄を取りやめ、ギフト・ソルジャーとして登用されることでしょう。最悪でも肉体労働者として採用されるので、今後の衣食住は保障されます』
要するに、命の保証だけはしてやるから従えってことね。
『これ以上の抵抗は無意味です。これより職員を向かわせますので、しばらくその場で待機して―――』
「お断りよ」
観察窓からこちらを眺めている職員たちに向かって、中指を立てながら拒絶の言葉を口にした。
役に立たなかったからって生きる権利を奪って、ちょっと使えそうになったら生かしてやるかわりに今度は自由を奪うってか?
ふざけんな。
「もうアンタたちに従うことなんかしない。捕らえたかったら力ずくで捕えてみろ。殺したかったら殺してみろ。ギフト・ソルジャーたちは全滅してるけどね。さあ、どうする?」
『……後悔することになりますよ』
「あんたらに尻尾振って生きるよかマシよ。くたばれクソババア」
サムズアップしてから手首を回し、親指を下に向けた。
腕の人曰く、『地獄に落ちろ』って意味らしい。こんな下品なジェスチャー教えてくれるなんて、なんて親切なのかしら。
『……では、お望み通りに。死になさい、廃棄物が』
ジヴィナの怒りの籠った低い声がスピーカーから発せられた後に、部屋の奥のゲートが開いた。
……やっぱそうくるわよね。
『ゴルルルルル……!!』
ゲートから出てきたのは、最終試験で他の職員候補たちを皆殺しにした、毛のないゴリラこと異獣。
アンタも大変ね。こんな奴らに飼われて、いいように使われて。
前に見た時には絶対に殺されるって確信めいた予感が走ったけれど、今は違う。
身体が震えてるけど、恐怖からじゃない。むしろ、気分が高揚しているのが分かる。
武者震い、と言うものらしい。……武者ってなにかしら?
前かがみになりながら、手を叩きながら誘ってみた。
「……かかってきなさい、おサルさん」
『ゴルァァァアアアアッ!!!』
あ、キレた。言葉は分からなくてもバカにされてるのは分かるみたいね。
アンタに殺されそうになった時のことは、ほんの数秒前のことのように思い出せる。
……今度はアンタに死の恐怖ってヤツを教えてあげるわ。
お読みいただきありがとうございます。




