追い詰めていく
あー、くそ、泣きすぎて目元がヒリヒリしてる。
多分泣き腫らしちゃってるわコレ。すごく恥ずかしい。
「……醜態を晒したわね……」
「ははっ、イヤイヤ期の赤ん坊みてぇに喚いた挙句、あんだけ大泣きすりゃスッキリしたろ おぐっはぁっ!?」
「るっさいわ! アンタも泣かすわよ!」
「げ、元気になったみたいでよかった、のかな……」
「うん」
無駄口を叩くツヴォルフの背中をぶっ叩くと、苦笑いするナナにリベルタが頷いた。
……余計な心配させちゃったみたいね。
「いてて……無理すんなよ。さっきも言ったが、今のロナは坊主とお前の体を治した影響でガタがきてる状態だ。ちょっとした怪我が致命傷になりかねねぇくらいに打たれ弱くなってるんだぞ」
「それが分かんないところなのよね……ホントに私がそんなことしたの?」
「やっぱ覚えてねぇのか……」
闘技場でデカい亀と殺し合いさせられた時のように、髪が黒くなって大暴れしたって話は聞いたけれど、あの赤い女に頭を撃ち抜かれた後の記憶がない。
リベルタの下半身と私の頭と腕を治したって話だけど、治癒のギフトもなしにどうやってそんなことできたのかしら。
例の文字化けギフトの能力っぽいけど、傷の治し方なんて今の私には全然分からない。
「……でも、事実としてリベルタは生きてるし、手の甲の入れ墨も無くなってるってことは、ホントにイチから生やしたってことなのよね。我ながら化け物じみてるわー……」
「お、お姉さん、誰かの腕を食べた影響でそうなったって話だけど、いったい誰の、なんの腕を……?」
「それが分かればこんなに悩んでないわよ」
あの赤い女を軽く蹴散らすほどの力を持った誰かということしか分からない。それも、腕一本分の力で。
もし仮にそれと敵対することになれば、まず勝ち目はないだろう。
……でも、私の豹変ぶりを聞く限りじゃ多分そんな悪い人じゃないっていうか、ぶっちゃけアホな人だとは思う。それは断言できる。
「『腕の人』ってやつが正体不明なのは今に始まったことじゃねぇだろ。それより、今は監督官のトコまで殴り込みに行くことを考えな」
「監督官?」
「このコミュニティを仕切ってる野郎だよ。アイツさえ取り押さえちまえば後はどうにでもなる。あのクソ豚に逃げられないうちにさっさと捕まえなきゃならねぇ」
不快そうに顔をしかめながら『監督官』ってやつのことを話しているけれど、このコミュニティの有様を見る限りじゃロクでもない政策をしているクズだということは分かる。
私利私欲のことしか考えていないという点じゃ私も似たようなもんかもしれないけど、自分の立場を利用して我田引水するような奴だっていうなら、これまでやってきたことの責任をとらせてやる。
「分かったわ。そのクズを捕まえて二度と口が利けないようにしてやればいいのね」
「いや待て待て。その前に聞き出さなきゃならねぇことがある。ぶっ殺すなら必要な情報を吐かせてからにしな」
「? 何を聞き出すの?」
そう問うと、苦い表情で不味そうにタバコの煙を吐き出した。
ツヴォルフは大抵いつも不機嫌そうな顔してるけど、一際嫌そうな顔で口を開いた。
「あの赤い女の仲間たちがコミュニティと結んだ契約と、この世界の終わりについてだ」
「……は?」
~~~~~
「くそっ!! くそ、くそ、クソが!!」
緊急用の脱出路を駆けながら、不遜な侵入者どもへの侮蔑を叫ぶ。
あのクズどもさえいなければ全ては順調だった。
コミュニティの住民どもをギフトに目覚めさせ、『蛇』にエサとして献上したうえでさらにあの廃棄物を手渡せば、ワシは他の監督官どもより一歩有利になっていたに違いないというのに……!!
粛清官は無力化され、No.1が裏切った以上奴らが監督官室へ向かうのは時間の問題だ。
最悪の事態に備えた籠城用のシェルターを遠方へ建設しておいたのは英断だったな。
脱出路の終点にある移送機に乗ってシェルターへ着いてしまえば、もう誰もワシを捕まえることはできなくなる。
No.1もギフト中和機構を搭載してあるシェルター内部にまでは転移できない。
そのうえ凄まじく頑丈に建設してあるため、たとえ『蛇』であろうとも破壊するのには数十年はかかるだろう。
押し込められるのは業腹だが、こうなっては致し方ない。
最悪ワシ一人生き残ればいい。
お前たちはせいぜい無為で短い勝利に酔っていろ。
どうせ最後は全て『蛇』と『樹』に食い尽くされるのだから。
「はぁ、はぁ……!」
慣れない駆け足に息も絶え絶えだが、どうにか移送機室に辿り着いた。
あとは移送機に乗ってスイッチ一つ押せば脱出できる。
……できる、はず……!?
「お疲れ様です。息を切らしている割には随分とごゆっくりと駆けていたようですね」
「なっ……!?」
移送機室に入ったが、既に何者かが侵入していた。
男か女か分からない声色と、ぼやけて輪郭すら定まらない誰かが、破壊され煙を吹いている移送機へ体を縋らせながら立っている。
こいつは……!?
「この機械を使ってどこかへ脱出しようとしていたようですが、見てのとおりです」
「き、貴様……! どうやってここへ入りこんだ!!」
「オメガが倒された時、怒り喚いていたあなたの後ろを通ってですが」
「そんなバカな!? 気付かないはずがない!」
「『隠密』のギフトで気配を消しながら入らせていたきました」
以前このコミュニティに取引を持ち掛けてきた、パイシーズの狗『シャドウ』。
オメガと戦っている間にどこへ行ってたと思ったら、先回りしていたというのか!? くそ……!
冷静に淡々と話す様に腹が立つが、今はそれどころではない!
脱出用の移送機を壊された! このままではシェルターへ向かうことができない!
「さて、それでは少しお話をしましょうか」
「こ、この狗めが……! なんということをしてくれたのだ! わ、ワシをどうするつもりだ!?」
「落ち着いてください。私は別にあなたへ危害を加えるつもりはありません」
「移送機を壊して退路を断った貴様の言葉なぞ信用できるか!!」
「そうでもありませんよ。……殺そうと思えばいつでも殺せたのですから」
「ぐっ……!?」
抑揚の薄い無感情な声で言う言葉は、嘘偽りのない説得力があった。
現にワシはこいつの存在に気が付かなかったし、その気になれば暗殺することなぞ容易かっただろう。
クソ、選択の余地はないということか……! 業腹だが、交渉に乗るしかなさそうだ。
「……何が望みだ……!」
「このコミュニティの監督権の譲渡を願います」
「なに……!?」
「どのみちここを放棄して避難するつもりだったのでしょう? 捨てようとしていたものを頂こうとしているだけですが、何かご不満でも?」
「貴様、いったい何を考えておる……!?」
そう問いかけると、輪郭すらよく分からない顔の、口の端が上がったように見えた気がした。
抑揚の薄い声も、どこか愉快そうに感じる。
「私は私の目的のために動いているというだけの話ですよ。さて、早くしなければロナさんたちがここを嗅ぎつけてきますが、いかが?」
「……貴様に監督権を譲渡すれば、ワシの身の安全を保障すると誓うか……?」
「ええ。私はもちろん、ロナさんやその他の方々の手からも逃がすと約束いたします」
ワシとてバカではない。ここでこやつの言うことを鵜呑みにする気など毛頭ない。
脳細胞を総動員して、この状況を切り抜けることを考えなければならない。
こやつを利用して、ここから脱出するための手段を確保しなければ……!




