希望の慟哭
「……私は、誰とも一緒にいるべきじゃないの。私が一緒にいるせいで、死なせてしまうから」
坊主に詰め寄られ、観念したようにポツポツと語り始めた。
「あの赤い女の目的は、多分私だったんだと思う。コミュニティの住民が食われてる間に逃げようとした時も、私を追っていたみたいだった」
「わ、私やリベルタ君も標的だったと思うよ。お姉さんだけを狙ってたわけじゃ……」
「でも、あいつは明らかに私を重要視していた。蛇とか姉妹とか、言っていることの意味は分からなかったけれど、それくらいは分かる。そして、あいつの口ぶりからしてあいつと似たような奴らがまだいるんだと思う」
ゲブラーとかいう赤い女は『白い髪の姉なんか知らない』っつってたし、アイツに姉がいる可能性はロナも勘付いているようだ。
「あいつが私を狙っていたから、コミュニティの皆が食べられて、アンタたちも殺されそうになったのよ。私に関わっている限り、アイツの同類に着け狙われることになるわ」
「違う、あの襲撃はお前のせいじゃ……!」
「そうだったとしても、私は自分の身が可愛くてコミュニティの人たちを囮にして逃げようとした! 今度はアンタたちを見捨てて、裏切って自分だけ逃げようとするに決まってるわ! だから、だから……!」
歯を軋ませながら、悲壮な面持ちでロナが口を開く。
これが最後だと、その顔が告げているかのようだった。
「もう、私に関わらないで……一人で、死なせて……」
ロナの語った言葉は、明確にオレたちを拒絶していた。
このまま無理やり連れて行ったとしても、おそらくまともに生きることなんかできないだろう。
下手すりゃ、オレたちを巻き込まないために自殺を選ぶ危険性すらある。
ああくそ、めんどくせぇ。
こっからどう説得すりゃコイツは立ち直る?
何もかも勘違いだ。
コミュニティの住民たちはロナがいなかったとしても、あの赤い女に食い殺されていた。
そんなことまで気に病む必要はねぇし、逃げようとしたのはオレたちだって同じだ。
それを分からせてからじゃねぇと、コイツを連れ出すことはできそうにねぇ。
仕方ねぇ、長期戦覚悟で話すとすっか……ん?
「ロナ、君の気持ちは分かった」
「……なら、早くどっか行ってよ」
「その前に、今度は僕の気持ちを君に伝えたいと思う。ずっと、言いたかったことがあるんだ」
「……?」
ロナの説得を始めようとしたところで、坊主がロナに向かってそんなことを言い出した。
おいおい、こんなタイミングで何を言うつもりだ?
「僕は、ずっとロナのことを……」
おい。
マジで何を言う気だお前。
まさか、まさか一丁前に愛の告白でもする気か坊主……?
「あまり頭がよくないと思ってた」
「……は?」
……。
ああ、うん。そうだよなこんな時に告白なんかするわけねぇよな。
でもそれも今言うことじゃねぇ気がするんだが。同意はするが。
「ロナ。君がコミュニティに来た時から毎日傷だらけになりながら異獣を狩って生活してたのを、僕はずっと眺めてた」
「……」
「あの時も、防弾スーツでも着込みながら異獣狩りに行けばいいのにって思ってた。でも、君は誰も寄せ付けないように、誰にも助けを借りないようにしていた」
「……それが、なんなのよ」
「君が誰とも一緒にいないようにする本当の原因は何?」
「っ!」
「何を怖がってるの? 誰かと一緒にいると死なせてしまうのが怖いの? そのきっかけは何?」
「うるさい! アンタには関係ない―――」
「うるさいじゃない! 本音で話すことから逃げるなっ!!」
っ……!
坊主が声を荒げてロナを怒鳴りつけたのを見て、思わず息を呑んだ。
これまでどこか表情に乏しかった坊主が、リベルタが険しい怒りの表情を浮かべている。
その顔には、幼いながら確かな迫力があった。
「開き直るくらいなら本当のことを言えばいいだろ! 一人で死にたい!? ふざけるな! その時は僕も勝手に、一緒に死んでやる!!」
「り、リベルタ……」
「死ぬとかなんとか言う前に、僕と……ロナ自身と本音で向き合って。お願いだから、一人になろうとしないでよ……!」
目を潤わせながら、それでもリベルタは真正面からロナに向き合いそう告げた。
……リベルタはロナに怒ってなんかいない。
ロナの気持ちを分かってやれないのが、泣いちまうくらいに悔しくてたまらねぇだけなんだ。
リベルタに諭されてからしばらく俯いたまま黙っていて、それをオレもナナも見ていることしかできないでいた。
……そういえば、さっきからNo.1の姿がねぇな。どこ行ったんだ?
「わ、わたし、は……」
No.1の姿を確認しようとあたりを見渡していると、ロナが弱々しく口を開いた。
震える声で、まるで今にも泣きだしそうな小さな子供のように。
「……私、昔、アンタくらいの歳のころ、食料を売ってる店に入って盗みをはたらいたことがあるの……」
「……」
「腹を空かせた身寄りのない連中が集まって、店の食料を盗むために拙い計画を立てて、実行した」
「……」
「陽動役の男たちが、かき集めた燃料に火を点けて爆発させて、それに店主が気をとられてるうちに私と……ちょうどアンタくらいの男の子と一緒に、食料を盗み出す手筈だった」
自らの罪を懺悔するように、というよりも子供が自分の悪戯を告白しているかのように、俯きながら話している。
それを、リベルタは声を発することもなく、ただ黙って聞き続けている。
「用意したボロ袋に食料を詰め込んで、逃げ出そうとしたところで、『危ない』って男の子が叫んだのが聞こえて、私の体が突き飛ばされて……」
「……」
「店主がいない間もその店の用心棒が残っていたみたいで、そいつが私を殴り飛ばそうとしたのを、一緒にいた男の子が私を庇って代わりに殴られたみたいで……そのまま倒れて、動かなくなった」
「……」
「それを見て、私は、わたしは、にげだしたの。わたしをかばったその子がどうなったとかよりも、ただこわくなってにげだしたの。たべものもなにもかもなげだして、ずっとはしりつづけて……」
「……」
語るロナの目から涙がポロポロと零れ落ちていく。
その口から発せられる涙声は、どう聞いてもただのガキが紡いているようにしか思えない。
だからこそ、取り繕わない本音が語られているのだということが分かる。
「……ほとぼりがさめたころに、おとこのこがどうなったのかをみにいったら、そのこ、つめたくなってて、いきもしてなくて、しんじゃってて……」
「……」
「わ、わたしのせいで、そのこはしんだの……わたしを、わたしをかばったせいで、あのこはっ……!」
「……ロナ……」
……それを聞いて、ロナを庇って下半身を喰われたリベルタのことを思い出した。
あの時はリベルタが死にそうになったから酷く狼狽えてるもんかと思ったが、その時の体験がフラッシュバックしていたのか。
「……しばらく泣き続けて、ふと、陽動役の連中はどうなったのか気になって、事前に打ち合わせていた合流場所へ戻ったら、大笑いしてる男たちの声が聞こえてきた」
「……?」
「隠れて様子を見てみると、集合場所には陽動役の連中が店の食料を食べながら機嫌よさそうに話してた。『あのガキ二人を用心棒の囮にするのがうまくいってよかった』って」
「囮って……ロナと、もう一人の男の子のこと……?」
「……爆発による陽動をしたうえで私たち二人を囮にして、食料を奪っていたの。私たちはそんなこと聞かされていなかったから、あのまま二人とも用心棒に殺されることを前提で動いていたんだと思う」
「ひ、ひどい……!」
あまりに卑劣なやり口に、ナナが歯軋りしながら呟いた。
……ガキ二人を生贄にして食料を盗み出す、か。ここのコミュニティのクソ住民どもならやりかねねぇな。
「それから、私は、誰も信じられなくなった。仲間なんていらない、仲間なんて作っても、あの男の子のように死なせてしまうか、騙されて裏切られるだけだって、思ってた」
「わ、私たちは、裏切ったりなんか……」
「分かってる。アンタたちは、決して裏切らないことぐらい分かる。でも、だからこそ、死なせたくないのよ……!」
俯いていた顔を上げると、さっきまでの弱々しい泣き顔とは打って変わって、覚悟を決めたような表情。
眉間に皺を寄せ、目を吊り上がらせてオレたちを睨んでいる。
「お願いだから、私にアンタたちを殺させないで……! 私のせいで、アンタたちが死ぬところなんか見たくないから、私に、関わらないで……!!」
そう告げて、いわゆる体育座りの状態のまま膝に顔を押し付けて、黙り込んでしまった。
それがお前の本音か、ロナ。
今まで、どこか他人に対して突き放すような態度をとっていたのは、そういう経緯があったからだったのか。
……そりゃ人間不信になるのも無理はねぇか。
だがな、お前は勘違いしている。
お前は何も悪くなんかねぇ。
周りに悪意が渦巻いていて、最悪の環境に晒され続けたうえに、ただ間が悪かっただけなんだ。
「……なぁ、ロ―――」
「ロナ」
そう言おうとしたところで、リベルタがオレの声を遮ってロナの名を呼んだ。
……今度こそオレがズバッと言ってやろうと思ったのに……。
「もう一度言うよ。君は頭があまりよくない」
「……知ってるわよ」
「君のせいで死ぬところだったなんて言っているけど、それは違う。君がいなくてもあの赤い女はコミュニティを襲っていた。それは断言できる。信じられないなら後でいくらでも証拠を見せてあげるよ」
「だから、私のせいじゃないとでも言いたいの……? あんな目に遭っておいて……そもそも、アンタどうやってあのケガを……」
「それはロナが治したからだよ。覚えてないの?」
「え……」
「ロナのせいだとかなんとか言ってるけど、全部間違いだよ。それどころか君がいなければ、僕は死んでた。ナナもツヴォルフもあの赤い女に殺されてた。それを倒して皆を守ったのは君なんだよ」
「う、嘘よ……だって、そんなの、覚えてないし、私がどうやって治せるっていうのよ。それに、私があのバケモノに勝てるわけが……」
あの赤い女相手に黒髪の状態で戦っていた記憶がないのか、酷く狼狽えた様子で混乱している。
実際にその現場を見たオレも自身の目を疑ったくらいだ。
覚えていないのなら信じられなくて当然だろう。
「僕もツヴォルフの話を聞いた時は本当かどうか分からなかったけれど、事実として僕の体は治っているし、ナナもツヴォルフも無事でいられた。そして―――」
そう話しつつリベルタがロナの手を掴むと、ロナが驚いたように目を見開いた。
ロナの手を掴みながら、優し気に告げる。
「それは、君がいたから。ロナがいてくれたから、僕も、ナナもツヴォルフも生きてる」
「だ、だから、そんなの知らないって言ってるでしょ、は、離してよ……」
「離してほしかったら無理やり振りほどけばいい。何度離されても、そのたびに君の手を握りなおすから」
……坊主、歯が浮くようなセリフを吐いてる自覚があるか?
はたから聞いてるこっちが恥ずかしくなってくるんだが。ナナなんか顔真っ赤にしてやがるぞ。
「君のおかげで生きのびた人は数えきれないくらいいるけれど、君のせいで死んだ人なんて誰もいないよ」
ロナの手を握ったまま諭すように、慰めるように、リベルタはただ言葉を続けた。
「そんなことも分からないまま自分のせいで死んだとか言いながら一人になろうとしてるから、頭がよくないって言ってるんだ」
「っ……」
「でも、それはあくまで結果の話。人の心は理屈だけじゃどうしようもないっていうことは、君と一緒に過ごしてきてよく分かった。だから―――」
掴んでいたロナの手を離したかと思ったら、リベルタは再び手を差し出した。
今度は自分から掴もうとはせず、ロナから握るのを待っているかのように。
「僕たちと一緒にいたいのか、いたくないのか。それを示してほしい。一緒にいると死なせてしまうとかそんなことはどうでもいいから」
「え……」
「理屈でも損得でもなく、ただ、君の気持ちが知りたいんだ。嫌なら僕の手を跳ねのければいい。でも……」
俯きそうになる顔をどうにか上げて、ロナの目を見据えながら言い放った。
「僕は、ロナと一緒にいたい。ロナは、どう思ってるの?」
「……っ」
ロナの手が、差し出されたリベルタの手を掴もうと前に出そうとしているが、それでも躊躇ってただただ震えている。
もどかしい。
素直になって手を掴んでしまえばいいのに。
誰よりもそう思っているのはオレでもナナでもリベルタでもなく、ロナ本人だろう。
「大丈夫」
「……」
「もう、一人になろうなんて思わなくていい。君の正直な気持ちを、教えてほしい」
「……ぅあっ……ああっ……!」
そう告げたリベルタの手を、掴んだ。
両手で握りしめながら、嗚咽を漏らし、泣いている。
「ああああっ……!!」
言葉ではなく、ただ泣き声を上げながら、ロナは孤独であることを拒絶した。




