『命令を受諾』
「しねしねしねおまえころすころすころす」
「ろ、ロナ……?」
「おねえ、さん……?」
奥の通路から歩いてきたロナは、虚ろな目でうわ言を言いながら殺意を隠そうともしていない。
いや、何があった。明らかに様子がおかしいぞ。
『……排除対象の追加を確認。これより処分する』
そうつぶやいた後、ロナに向かって構えなおすオメガ。
一触即発といった状況の中、通路内に怒号が響いた。
『待てっ!! その女は殺すな!! そいつは『蛇』への献上品だ、殺さず捕縛せよ!!』
「!」
『……了解』
『くそ、大人しく収容されていたと思っておったのに、なぜ今になって脱走しおったのだ!? 手引きしたのは誰だぁ!!』
「……」
怒号の主は、監督官だ。
ロナを殺害しようとするオメガに対し、珍しく焦った様子で非殺傷による無力化を指示した。
それを、オメガに殺られそうになっていた坊主が唖然としながら眺めている。
っていや坊主! ボサっとしてねぇでさっさと下がれよ! 死ぬぞ!
……つーか、やっぱロナを捕らえていたのは『蛇』へ渡すためだったのか。
だが好都合だ。
これでロナに対するオメガの攻撃は死なない程度の威力しか発揮できなくなった。
今なら勝機が……いや、待て。
ロナの、今の生命力はどのくらいだ?
あのゲブラーとかいう赤い女との戦いの際、坊主とロナの致命傷を治したことでどれだけヘルスが減っている……?
恐る恐るロナのステータスを確認してみて、思わず愕然とした。
ロナ
ランク■
状態:憤怒 錯乱 恐怖 空腹
【スペック】
H(ヘルス) :201/201
M(マジカ) :918/942
S(スタミナ) :311/814
PHY(膂力) :2143
SPE(特殊能力):2312
FIT(適合率) :■■%
【ギフト】
摂食吸収Lv4 逶エ謗・謫堺スLv■ 膂力強化Lv6 火炎放射Lv5 磁力付与Lv4 索敵Lv3 速度強化Lv2 衝撃波Lv2 螺旋弾Lv2
ゲブラーを倒した影響か、全体のステータスが大幅に上がっている中、ヘルスの項目だけが激減している。
元の数値は600近かったはずなのに、今ではその三分の一程度だ。
まずい、今のロナは外見が無傷なだけで、中身はスカスカの傷だらけだ!
こんな状態じゃ、オメガに軽く小突かれただけですぐ死んじまうぞ!
「ロナ! 攻撃をくらうな! 今のお前は、ホントなら戦えるようじゃ状態じゃねぇんだぞ!」
「ころすころすころすゆるさないゆるさないゆるさないおまえおまえおまえおまぇぇぇえええ!!!」
ブツブツと呪詛を漏らすだけだったロナが、急にオメガへ向かって駆け出した。
速い。膂力が上がった影響か、オメガと遜色ない速さの突進だ。
「しね、しねしねしね、しねぇえええ!!」
ロナの繰り出した拳をオメガは『流動化』のギフトで受け流し、そのまま拳を拘束しながら殴りかかろうとしている。
ダメだ、いくら膂力が強くなったとはいえ、物理攻撃じゃこいつは倒せねぇ!
『無駄だ、大人しく寝ていろ……っ!?』
「あああぁぁあぁぁあぁぁぁああああっ!!!」
オメガの拳をもう片方の拳で砕き、目にも止まらない速さで殴り続けている。
全て流動化で受け流されてはいるが、全身を常に滅茶苦茶に殴られ続けているせいでオメガもまともに動けなくなっている。
効いてはいないが、少なくとも行動不能の状態を維持している。
「す、すごい……お姉さん、すごく強くなってる……!」
「ナナ! ボサッとしてねぇで傷を治しな! 自分の治療が終わったらNo.1を頼む!」
「え、は、はい!」
ロナがオメガを押さえている間に、状況の立て直さねぇと!
そして傷を治してる間に、どうやってオメガを倒すのか考えろ!
ヤツに効きそうなギフトは一つ。ロナの『火炎放射』のギフト。
粉体化した粛清官には炎が有効だったし、たとえ流動化しようとも実体がある限り燃焼なり蒸発するなりするから効くはずだ。
「No.1さん、大丈夫ですか」
「ああ、致命傷は負っていない。……だが、どうやって粛清官を仕留める」
「No.1! 治療が終わったら耳を貸しな!」
「む……?」
まともに正面から火炎を浴びせようとしても、不定形になれるうえにあの素早さじゃ避けられちまう。
No.1の空間転移でヤツを転移させて、不意打ちでロナに焼き殺させる!
「……そう上手くいくか? 今のNo.67-Jとまともな連携をとるのは難しいと思うが。どう見ても正気には思えん」
「他に方法なんざねぇだろ! いつまでもあんな無茶な攻撃が続けられるわけねぇ!」
『『衝撃波』』
「っ!!」
殴られ続けていたオメガが『衝撃波』のギフトを発動し、ロナを弾き飛ばした。
非殺傷を指示されたからか、二人の粛清官だった時に比べてもかなり威力は弱めだった。
「がはっ、はぁ……っ……!!」
だが、それでも今のロナにとっては大打撃だ。
吹っ飛ばされてから息苦しそうに床を転げまわって、血を吐き出しながら悶えている。
「お、お姉さん!!」
「ロナ!!」
吹っ飛ばされて吐血したのを見て、ナナと同時にロナに向かって駆け出した。
まずい、今ので内臓かどこかをやられたか……!?
『……非殺傷に留めるはずが少々威力過剰だったようだ。今後は出力を下方修正する』
「ぐぅっ……!!」
「お姉さん、今治すからしっかり!」
「う……!」
……クソっ! こんな有様になってるロナに頼るしか方法がねぇのかよ!
最悪だ! こんなガキに無茶させなきゃならねぇなんざ、クソ、クソ……!!
「ロナ、聞け。No.1が合図を送ったら、あそこの通路、袋小路になってるところに向かって火炎放射のギフトを放て」
「つ、ツヴォルフさん! お姉さんはもう戦える状態じゃ……!!」
「……頼む。もう、他に手がねぇんだ。このままじゃ、全員殺されちまう」
「こ、ころされ、る……? また、ころされる……?」
「? また……?」
非難するナナを抑えながらロナに頼むと、要領を得ない返事をしてきた
『また』って、なんのことだ? 坊主が殺されそうになった時のトラウマでも想起してんのか……?
「……わかった……」
「お、お姉さん! まだ立っちゃ……」
「……もう、ころさせない。ころされるまえに、ころす……!」
虚ろな目のまま立ち上がり、オメガを睨んでから、指定した通路の袋小路に向かって体を向けた。
『対象が治癒のギフトにより生命の危機を脱したことを確認。これより再度無力化を図る』
……治療中、妙に大人しくしてると思ったらナナが治すのを待ってたのかよ。
相手の行動まで視野に入れて判断できるあたり、単なる指示待ち兵士と違って相当頭も回りやがる。
『『衝撃波』―――』
「今だぁっ!!」
再び衝撃波のギフトでロナを無力化しようとしてきたところで、No.1が叫ぶのと同時にオメガを袋小路へ転移させた。
「がぁぁぁあああああっ!!!」
転移した直後、オメガに向かってロナの口から超高熱の火炎が吐き出されていく。
逃げ場はない。今のロナの火炎放射は以前のものとは比べ物にならないほど高出力だ。
あまりの高熱に通路の壁が赤熱化し、さらにはドロドロに溶けていく。
これならオメガといえども無傷じゃ済まないはずだ。
つーか、効いていなけりゃ今度こそ詰みだ。頼む、効いてくれ……!
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
ロナが炎を吐き出し終わると、通路だったはずの場所は真っ赤に燃えて溶けだしていた。
オメガの姿はない。
……燃え尽きて、灰すら残らなかったのか……?
『『衝撃波』』
「……なっ!? ごはっ!?」
「きゃぁあ!!」
「あぐぁっ!?」
火炎放射で真っ赤になった通路を祈りながら眺めていると、不意に後ろから強い衝撃が走った。
オレもナナも、ロナも全員吹っ飛ばされて壁に叩きつけられた。
ま、待て、後ろからだと……!?
衝撃波が放たれたほうを向くと、ほとんど無傷のオメガがそこに立っていたのが見えた。
いつの間に……!? いったい、どうやって袋小路から脱出しやがったんだ!?
『貴様らの策なぞ『聴覚強化』で把握済みだ。転移した直後に体を流動化して床面へ伏せ、火炎の影響を受ける面積を最小限にしつつ早急に脱出すれば被害は軽微で済む』
「クソッ、タレが……!!」
つまり、こっちの作戦は全部筒抜けだったってことかよ!
コイツ、ただステータスが強いだけじゃねぇ! その場の状況にすぐさま対応して戦い方を組み立てるだけの判断力がありやがる!
こっちが小手先の策で状況を打開しようとしても、まるで通じやしねぇ!
「が……!!」
『対象の無力化を確認。生命の危機に陥るほどの損害は確認できず。……これより、残りの排除対象の処分に移る』
「や、やめ、て……! おねがい……やだ……やめてよ……!!」
もうまともに身動きすらできない状態でなお、ロナは目を見開きながらオメガを止めようとしている。
さっきまでの虚ろな目とは違う、まるで今にも泣きだしそうな顔で懇願する声を絞り出している。
……詰みか。
なら、最後くらい、このガキに大人らしいトコを見せてやらねぇとな……!
「……殺すなら、オレから、殺しな……!」
『そうさせてもらおう。お前が一番脆くて楽そうだ』
「に、にげて……ツヴォルフ……しなないで……!」
「……はっ。お前に『死なないで』なんて言われる日がくるたぁな。……せいぜい長生きしろよ、ロナ」
「や、やだ……ぁ……!」
あーあー、ついには涙まで流しちまいやがって。
はははっ、女のために死のうとしてるカッコいい男みてぇにはたから見てりゃ思えるかもな。
……ホントは、これからガキどもが殺されてくのを見るのに耐えられねぇから、真っ先に死のうとしてるだけなんだが。
「……さぁ、やるなら早くやってくれ。できるだけ、痛くないように頼むぜ……」
『では、死ね―――』
「つかまえた」
『!? ……命令を受諾。再び指示があるまで待機する』
……え?
オメガの傍に、小さな人影が立っているのが見えたかと思ったら、オレを殺そうとしていたはずのオメガの動きが急に止まった。
「……よくやった、リベルタ。まさか本当にうまくいくとはな」
「僕だけの力じゃない。ツヴォルフがオメガを釘付けにしてくれたうえで、No.1が僕をオメガの傍に転移させてくれたからうまくいった」
No.1とリベルタの会話する声が聞こえる。
お、オメガの傍に立ってるのは……坊主か?
「ぼ、坊主がオメガを止めたのか? いったい、どうやって……!?」
「『幻惑操作』で『監督官からの待機命令を受けた』幻覚を認識させた。オメガは監督官からの指示にはどんな命令でも従っていたから、もしかしたらと思って試してみたけど、上手くいったみたい」
! そ、そうか、『幻惑操作』か! その手があったか!
直接攻撃できる『温度操作』にばかり目がいってたが、そういう使い方もできたのかよ!
「そ、そんな手があったのなら、もっと早くやってくれよ……ホントに殺されるかとかと思ったぜオレぁ」
「普通の幻覚じゃ見破られる危険性があったから、隙を作って直接接触して、脳へ直接幻覚を認識させる必要があった」
『しゅ、粛清官オメガ! 何をしている! 先ほどの待機命令は敵のギフトによる偽の指示だ! 今すぐ『蛇』以外の侵入者どもを殺せぇ!!』
「今更指示を上書きしようとしても無駄。待機命令を出したうえで、周りの情報を認識できないように幻惑操作で五感をシャットアウトしておいたから、もう何も聞こえないし感じられない」
『な、なんだとぉ……!!』
監督官がスピーカー越しに怒鳴り声を上げているが、オメガはピクリとも動かない。
どうやらホントに無力化できたみてぇだな。……助かった。
「お疲れ。ツヴォルフがカッコつけて変なこといいながらオメガを引き付けてくれたから上手くいった」
「う、うるせぇ、カッコつけて変なことは余計だっつの……!」
……あーくそ、ホントに自分が情けなくなってくるぜ。
結局最後までガキどもに頼ってばっかりじゃねぇかオレぁ。あーやだやだ……はぁ。




