口が悪い
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パイシーズ異獣研究所地下ハンガー。
大型車両や建設用の機械なんかが保管されている場所で、車のメンテやら荷物の確認やら黙々と作業を続けている。
フィールドワーク用の車に燃料と食料に医薬品なんかを積み込んで、出発の準備が整った。
アリエスの連中はパイシーズ内部のゴタゴタを収束するのに手を割いているようで、こちらの動きには特に関心がないようだった。
……あるいはオレたちを泳がせておいて、アクエリアスでロナを確保したところで搔っ攫うつもりなのかもしれねぇが、さて。
一刻も早く出発しようと、積極的にリベルタも準備を手伝っている。
自発的な衝動や感情に乏しかった坊主が、こうやって危険を顧みずロナのために動こうとする姿には感慨深いものを覚えるな。
一月程度の間一緒に行動してただけだが、その中でしっかり『自分の意志』ってもんを育んでいたようだ。
「本当に、ついてくるつもりですか?」
「ついていくんじゃない。ロナを助けに行くのに都合のいい足が君の車しかなかっただけ」
「……随分と皮肉の利いた言葉を紡ぐようになりましたね」
「ロナはいつもこんな感じだった」
……でもこんな悪影響もあるわけで。
オレやロナの口の悪さが若干坊主にも感染っちまったようで、シャドウが見えない顔を顰めているのが分かる。
あらかた荷物が積み終わったところで、所長が坊主になにかを手渡そうとしているのが見えた。
「……きっと、危険な道のりになるでしょう。できることならここにいてほしいところだけれど、もう決心しているのね?」
「うん。……心配をかけて、ごめんね」
「ええ。とても、とっても心配よ。あなたがロナちゃんを大事に思うように、私もあなたのことがとても大切な子だと思っているわ。……でも、私の存在があなたの人生の枷になってしまうことは、良くないから……」
パンパンに張ったリュックサックを手渡しながら俯き、諦めと悲しみ、そしてわずかに嬉しそうに所長が笑った。
我が子の一人立ちを見送る親のような眼差しってのは、きっとこういう眼のことを言うんだろう。
「『リベルタ』、ロナちゃんが付けてくれたって聞いたけれど、いい名前ね。どうかあなたがどこまでも自由に、幸せに生きられるように願っているわ」
「……ありがとう、所長」
「じゃあ、元気で。身体に気を付けてね」
それだけ告げて、部屋の外へ出ていってしまった。
……所長のことだからもっと強くしつこく粘り強く引き止めるもんかと思ったが、やけにあっさり引き下がったな。
「ああああああぁぁぁぁぁあああぁぁぁあああぁあああ゛あ゛あ゛っ!!! あの子が行ってしまうわぁぁぁぁぁぁああああああ嫌あああぁぁぁああああああああああ゛あ゛あ゛!!!!」
……ドアの外から号泣しながら走り去るような騒音が聞こえてきたが無視しておこう。
やっぱつらかったのか。全力で自制して、辛うじて坊主の前では泣かなかったみたいだが、顔が見えなくなったところで堰が切れたか。
……泣きかたがうるさすぎてドア越しでも丸聞こえだが。
「……僕よりも所長のほうが心配かも」
「まあ、なんだ、別れに涙はつきもんだろ。ちと泣きかたの勢いが強すぎるが」
「……準備が終わりましたので、出発いたします。忘れ物のないように御注意を」
さぁて、準備の段階であったけぇシャワーやらまともなメシやら柔らかい寝具での仮眠やら、快適なひと時を過ごさせてもらったがこっからはまた荒野への進軍だ。
それも目的地があのアクエリアスだってんだから気が滅入る。
ロナとナナを取り戻しに行くっていう理由が無けりゃ絶対に近付きたくねぇ場所だが、やむを得ん。
「……行くか」
「うん」
「では、出します。地下を通る非常用の通路からアクエリアスへ向かいましょう。出口はコミュニティから離れた場所にあるうえに岩場の陰に隠れていますので、追手の心配はないかと」
車のエンジンをかけ車を出し、ハンガーから直接非常用の通路へ進んでいく。
ここから出口へ進み、荒野へと出ればもうオレたちはパイシーズへ戻ることはない。
……居心地のいい場所だったが、しばしのお別れだ。
パイシーズから脱出して、しばらく荒野の悪路に揺られながら景色を眺めていると、ずっとダンマリだった坊主が口を開いた。
コイツから話題をふるのは珍しい気がするが、どうした?
「シャドウ、運転中に悪いけど、少し話をしてもいい?」
「かまいませんが、なにか?」
少し深呼吸をした後、意を決したように口を開いた
「……シャドウは、フィールドワークしている時にコールドスリープされていた僕を見つけてくれたけれど、その場所で僕がなんのために造られたのか、知ることができていたんじゃないの?」
「!」
「あのロナにそっくりな赤い髪の人は、僕のことを養殖人間って呼んでた。僕は、あの人に食べられるために人工的に造られた人間だって言ってた」
「坊主……」
苦々しく歯噛みしながら、それでも言葉を続けようとする坊主の顔が、酷く痛々しく思えた。
……顔色も真っ青じゃねぇか、見ちゃいられねぇ。
「僕が眠っていたあの場所には色々な資料が残されていたけれど、僕に関する記録は一切見つからなかった。って所長には言ってたはずだけど、本当は違うんじゃないの?」
「……」
「僕が産まれてきたのはあの赤い人、あるいはその仲間に献上するための食事として造られたんだ。それを君は所長に報告せず、記録も回収せずに自分の胸の内にだけ秘めて黙っていた。違う?」
「……あなたは、本当に聡い子ですね。自身の出生の秘密、それがどれだけ残酷なものなのかを悟ったうえで、知ろうとしている」
感情も性別もイマイチ分からない声で、リベルタの問いに言葉を返すシャドウ。
一際大きな段差に車体が大きく揺れたところで、シャドウが口を開いた。
「私は、あなたを見つけたあの廃墟で、あなたの出生の理由やそれを依頼した存在、それ以外にもいくつかの重要な情報を目にしました」
「重要な、情報……?」
「ええ。重く、ひどく絶望的な、反吐が出そうなほどこの世界の真理に近い情報でした」
「反吐が……出そう……」
「失礼、少々口が悪かったですね。……? どうかしましたか?」
シャドウの悪口をリベルタが反芻したかと思ったら、口に手を当てて押さえている。
いや、ホントにどうした? 顔色が悪いのを通り越して土気色になってきてんぞ。
………あっ。
「シャドウ、車を止めろ! 坊主が車酔いで吐きそうになってやがる!」
「は、はい?」
「う、ううぅぅ……!」
「ああもう! 気分が悪くなったならすぐ言えってんだ! おい、我慢しろよ! 頼むから車内で吐くな!!」
「だから……『反吐が出そう』って、言った……うっぷ……!」
「……あなたも口の悪さを少し直すべきかと」
そういえば車酔いしやすい体質だったなこいつ。忘れてた。
……ってか顔色が悪かったのそのせいかよ。心配して損したわ。
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