期待と失望 あと異物
お読みくださっている方々に感謝します。
今回はNo.1視点です。
No.67-J及びNo.77を確保し、『空間転移』のギフトでアクエリアスに帰還。
No.67-Jに酷似した容姿の対象との戦闘終了後に意識を失っていたので、楽に捕獲することができた。
No.77は抵抗する可能性が高かったので、奇襲で気絶させた。
アクエリアスに帰投後、確保した対象二名の拘束・監禁処理を速やかに済ませ、現在は監督官室にて状況報告をしている。
報告をする相手は、でっぷりと肥えた白髪混じりの壮年。
このコミュニティにおける最高責任者、『テック監督官』だ。
「俺以外のギフト・ソルジャーは全員パイシーズにて行動不能に陥り、回収しようにもNo.67-Jを確保するためにマジカを温存する必要があったため不可能だった」
「ふん……まあいい。兵士の代えなんぞいくらでもきく。アレの回収さえできれば大きな問題ではない」
……同行した彼らを案じる素振りすら無しか。
報告に耳を傾けながら、バリバリと下品な音を立てながら旧時代の嗜好品食料を貪る音がする。
資源が足りていないこのコミュニティにおいて、そういった希少品を摂取することを許されているのは目の前にいる『監督官』だけだ。
皿に盛られた嗜好品が空になるまでひとしきり貪ったところで、ブツブツと小さな声でなにかを呟き始めた。
「しかし、まさかもう『蛇』が動き始めているとはな。事前に聞いていた予定より大分早い……あの白い『蛇』が奴らにとってどういう存在なのか分からんが、確保しておくことで大きなポイント稼ぎになることは間違いないだろう……クククッ」
「『蛇』、とは?」
「貴様には関係のない話だ。指示も無しに余計な口を利くな!」
「……了解」
不快そうに眉を顰めながら、質問をした俺に対し怒鳴り散らしてくる。
藪蛇だったかと思ったところで、ふと、気付いた。
なぜ、俺は今あんな質問をした?
いつものように最低限必要な情報のやりとりだけを済ませれば問題なかったはずだというのに。
自身の言動に若干戸惑いを感じつつ俯いていると、監督官が指示連絡用の受話器を手に取ったのが見えた。
内線番号をプッシュし、担当者に連絡を入れたようだ。
『はい、連絡管一号です』
「ワシだ。聞きたいことがある」
『は、はい監督官。なんでしょうか』
「ギフト覚醒用に調整された異獣血液は何人分造ってある? おおよそでかまわん」
『調整された異獣血液ですか? 現状、約500人分ほどストックがありますが』
「あるだけすぐに住民に接種させろ。同時進行で異獣血液の調整をコミュニティの住民全員分を早急に製造し、一人残らずギフトに目覚めさせろ。一ヶ月以内にだ」
『なっ……!? そ、それは、いくらなんでも早すぎます。それに、現状の調整内容のままでは住民の2~3割ほどが死亡するか発狂してしまいますよ』
「グダグダ抜かすな! 貴様らはただ指示に従って働けばいいのだ! 逆らうのであれば、粛清官によって異獣のエサにしてやるからそう思え!!」
『ひっ……か、かしこまりました……!』
連絡管に檄を飛ばし、無理難題を恐喝じみた命令で押し通した。
……こんな子供の癇癪じみた指示に従わなければならない彼らには同情を禁じ得ない。
「貴様もいつまでそこに突っ立ってる! さっさと出ていって業務に戻れ!!」
「了解」
指示が無かったから待機していたんだが、それを口に出すとまた余計な小言に時間をとられるだけだ。
いつものように、ただ指示に従って退室すればいい。
退室して監督官室から充分に離れた後に、気が付いたら壁を殴って歯軋りをしていた。
「っ……!!」
怒りが抑えられない。
監督官の顔を思い出すだけで、殴り殺してやりたくなる。
今すぐ大きな声で喚き散らして暴れ出したい。
……なぜ?
なにが起きている。
俺はなにを考えている。
なぜ俺はこんなにも憤っている。
いつからこんな、自分の感情を制御できなくなった?
そもそもなぜ、怒りの感情など持つようになったんだ、俺は。
「すぅぅ……はぁぁ……」
深呼吸により精神の平常化を試み、辛うじて怒りを抑えた。
俺の精神異常の原因。心当たりはただ一つ。
目に浮かぶのは、銀髪の少女。
奴の言葉を聞くたびに、これまでの自分の在りかたに疑問を抱くようになっていった。
俺のするべきことはなにか、ではなく、今の俺のしたいことはなんなのか。
そんなこと、今まで考えたこともなかった。
……。
自分がなにに対して悩んでいるのかすら分からない。
考えはまとまらないままで、ただ足はどこかへ向かって歩き出していた。
D区画の収容房。
本来なら実験体たちを収容するエリアだが、No.67-Jのようなあまり表沙汰にできない対象を収容するためにも使われている。
なぜここに足を運んだのか、自分でも分からない。
いったい、なにがしたいんだ俺は。
なんのためかも分からず、しかし身体は迷いなくNo.67-Jの収容房へ進んでいく。
収容房の前まで辿り着き、窓から中を覗いてみると銀髪の少女の姿がそこにはあった。
その姿を見た時に、なぜか酷く落胆したのが自分でも分かった。
「……た………………わた………こ……」
鎖に繋がれた状態で、体を丸めて虚ろな目をしながらなにかを呟いている。
俺たちと戦っていた時のような、荒々しくも力強い印象は微塵も感じられない。
「……おい」
思わず声をかけたが、なんの反応もない。
「わたしがころしたわたしがしなせたわたしがころしたわたしがしなせたリベルタごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
ただずっと、呪詛のような、謝罪しているような言葉を呟き続けている。
なにを言っているのか全く要領を得ないが、深く絶望しているということが見ているだけで分かる。
……なにを期待していたんだ、俺は。
俺はこんなものを見たくてわざわざここまできたわけじゃなかったはずだ。
「……ちっ……」
なにに対して失望しているのかすら分からないまま、舌打ちしつつ元きた通路へ踵を返した。
……結局なにがしたかったんだ。俺も、コイツも。
「あ、違うわ。お邪魔しました」
「っ!!?」
No.67-Jのいる収容房の中から、ドアが開くような音とともに、聞き覚えのある誰かの声が聞こえた気がした。
思わず駆け戻って収容房の中を覗いてみたが、相変わらずブツブツとなにかを呟きながら蹲っているNo.67-Jの姿があるだけだった。
幻聴か? それにしてはハッキリと聞こえたような気がしたが……。
……どうやら自分で思っている以上に疲れているようだ。早く報告書をまとめてから休息をとるとしよう。
……心臓の音がうるさい。なにに対してそんなに驚いたんだ……?
お読みいただきありがとうございます。
最後の描写は特に大きな意味はありません。




