混沌のまま動き始める状況
新規の評価、ブックマーク、いいねありがとうございます。
お読みくださっている方々に感謝します。
今回もツヴォルフ視点です。
「っ! ナナッ! ……!?」
その未来が視えた直後、ロナを背負っていたナナの姿が消えた。
なんの前触れもなく、音もなく姿を消した。
「き、消えた……!? おいツヴォルフ、お前、なにをした!」
「オレじゃねぇよ! アイツだアイツ! チクショウ、あの野郎いつの間に……!」
オレにくってかかるゴリアテの隊長ことヴァーカスに反論しつつ、離れた場所からこちらを見ている『アイツ』に目を向けながら歯軋りする。
オレの視線の先には、ナナとロナを抱えた金髪の青年が立っていた。
「……目標の確保を完了。これより帰投する」
それだけ呟いて、金髪ことギフト・ソルジャーNo.1の姿が消えた。
ナナとロナも一緒に、『空間転移』のギフトで逃げやがった……!
「く、クソが……!!」
「今のは、アクエリアスの兵隊か! ロナに無力化されたことを確認したはずだが、一人無事だったというのか!?」
「アイツはギフト・ソルジャーの中でも別格だ。ギフトも膂力も他の奴らとは比較にならねぇ。『空間転移』のギフトでロナたちを攫っていきやがったんだ……!」
「……どうやら面倒な状況になってしまったようだな。やれやれ、思うようにはいかないものだ。……全隊員、パイシーズへ戻れ。今回の戦争の後始末にあたるぞ」
「「「了解」」」
ヴァーカスが溜息を吐きながら、心底疲れた顔で部下たちに指示を出した。
こいつもなにやら面倒くさそうなじじょうがあるみてぇだが、そんなこたぁどうでもいい。
「おい、お前らはいつからロナを狙ってやがった? こんな最悪のタイミングで裏切りやがって。道中で軽口叩き合ってたのも警戒心を薄めるための演技だったのかよ」
「この戦争を起こすことが決定した時点で、戦闘により弱ったロナを確保する計画だった。そのことを知っていたのは監督官と私だけだ。責めるなら私一人にしてくれ」
「誰が知ってた知らなかったなんて話ぁどうでもいいんだよ! こっちは裏切られたことにゃ変わりねぇんだ! いったいなんのためにロナを狙ってやがるんだお前らは!」
「悪いが、返答はしかねる。話は以上だ」
「待てよ、おい!」
オレたちにはまるで興味がないと言わんばかりに話を打ち切り、パイシーズのほうへ足を進めていくヴァーカス。
いったい、なんだってんだよ……!
「うぅ……」
アリエスの連中に裏切られた怒りと、ロナとナナを攫われた焦りなんかが混じって思考も感情もごちゃごちゃになりかかったところに、未だに眠りから覚めないリベルタの坊主がうなされているように呻き声を漏らしたのが聞こえた。
その顔は、随分と苦しそうに表情を歪めている。
身体はロナが治したが、一時的にとはいえ下半身が丸々なくなったんだ。なんらかの悪影響が残ってるのかもしれねぇ。
「……坊主をこのまんまにしとくわけにもいかねぇし、オレたちも一旦パイシーズへ戻るか。……ん?」
パイシーズへ戻るために坊主を抱えようとしたところで、メインゲートのほうから誰かがこちらに駆け寄ってきているのに気付いた。
あれは……。
「ぬぅあああぁぁぁぁぁああああああっ!!!」
美しい金の長髪を靡かせながら、エリィウェル所長がとんでもない速さで走り抜けてきた。
普段の穏やかな雰囲気はどこへやら、雄々しい叫び声を上げながら必死の形相で駆け抜けてくる!
「あああああああ!!! ぶ、無事!? その子は無事なの!? 怪我してない!? 大丈夫なの!? ねぇ!!」
「し、し、所長!? お、落ち着いてください!」
気を失っている坊主を見て叫喚の声を連発する所長のあまりの迫力に、しどろもどろになりながら応対する。
や、やばい。この人、目が据わってるんだが……!
「無事です! 気を失ってはいますけど、大丈夫ですったら!」
「ああ、こんなにボロボロな格好になって……え、なんでこの子、下が丸出しに ゴブフゥ!!」
「所長!?」
「い、いけないわいけないわそんな破廉恥な格好なんてこれまで必死に我慢してきたのにそんな姿を見たら私わたしわたしあ、あああああ……!❤」
……坊主がなにも穿いていないことに気付いた途端、盛大に鼻血を噴き出したかと思ったら顔を手で押さえながら悶え始めた。しかも指の隙間からしっかり坊主を見てやがる。
これまでのイメージがガラガラと音を立てながら崩れていくような錯覚を覚えながら、ただ呆然としながら眺めることしかできねぇんだが……。
どうしたもんかと頭を抱えそうになったところで、所長の隣に人影が現れたのに気付いた。
……コイツは……!
「……所長。ひとまず戻りましょう。その子を介抱する必要がありますし、彼らと今後の相談を進めなければ」
「シャドウ……! テメェ、よくもぬけぬけと……!!」
「……私の処分に関しては後ほどお望みのままに。しかし、今は先にするべきことがあるのでは?」
「けっ、よく言うぜ。どいつもこいつも当たり前みたいなツラして裏切りやがって」
「うふふ、うふふ、うふふふふふふふふふふふふふ………❤」
「……とりあえず、所長を引っ叩いて正気に戻せ。詳しい話とテメェへのケジメはその後だ」
「はい」
……ああ、どうしてこうなっちまったかねぇ。
戦争には勝ったが、肝心なところがなに一つ解決してやしねぇ。
とにかく、状況の整理と今後の計画を立てる時間が必要だ。
シャドウの言う通り、研究所にでも戻って話をまとめねぇと。
……? そういえば、あのゲブラーとかいう赤髪の死体が無くなってるな。
アリエスの連中が運んだのか?
~~~~~
もう動かなくなった末妹の亡骸を、優しく撫でる。
可哀そうに。ただお腹が空いていただけなのにね。
それをこんな無残な姿にした挙句一口も食べないで捨てておくなんて、ひどい仕打ちにもほどがあるわ。
大丈夫よ、赤。
ちゃんと私があなたを受け継ぐから。
一口でゲブラーの亡骸を頬張り、ゆっくりと咀嚼する。
蕩けるように甘く、これまで食べたどんなものよりも強い旨味が広がっていく。
ああ、この美味を知らないまま逝ってしまうなんて。本当に気の毒でならないわ。
願わくば、この幸福をまた味わいたいものね。
一度搾りかすになり果てたはずのあなたは、これからどんな味に仕上がるのかしら。
楽しみにしているわよ、うふふ。
ねぇ白。
お読みいただきありがとうございます。




