温度操作ですら変えられない差
感想をいただき、ありがとうございます。
お読みくださっている方々に感謝します。
仮にもコメディータグがついてるのにシリアスすぎる。
あと、今回もグロ注意。
「さて、まずはじゃまな埃を取っ払いましょうかね。ふぅっ」
「ごはぁっ!!?」
赤い女が息を吹いた直後、ツヴォルフが吹っ飛んだ。
まるで車にでも轢かれたかのように、ゴロゴロと地面を転がっていく。
今のはギフトでもなんでもない。
ただとんでもない勢いで息を吹いただけ。それだけでこの有様だ。
「ツヴォルフ!」
「ギフトには目覚めてるみたいだけど、あんなゴミ食べ甲斐がないわ。それに比べてあなたたちは本当に美味しそうねぇ。いいわ、いいわぁうふふ」
「うっ……!」
妖しく笑う赤い女。捕食者の絶対的余裕が表情に浮かんでいる。
自分も、異獣を食べる時にこんな顔をしていたんだろうか。
「こ、こないで!!」
「っ……!」
ナナが念動力で赤い女を弾き飛ばそうとギフトを発動し、リベルタがその隙に私たちを再び『幻惑操作』で隠そうとする。
今の私たちがなにをしようと効かないだろうけど、そんなことは分かっている。
倒せるなんて誰も思っていない。
なんとか隙を作って、その隙に逃げる。
そのためには、全員が最善の行動をとり続けなければ即座に殺される。
考えろ、考えろ考えろ!
諦めるな! 私たちにできることを今一度確認して―――
「んー? あなた、なんだかステータスのバランスがおかしくない?」
「!!」
瞬きほどの間に赤い女の姿を見失い、気が付いたらリベルタの頬を両手で包んで目と目を合わせながら見つめている。
は、速すぎる! こんな速さに、どう対応しろっていうのよ……!!
「スンスン、……なーんかちょっと薬臭い。ああ、あなた養殖人間なのね。なるほど、どーりで変に偏ったステータスしてると思ったわ」
「え……? インス、タント?」
「あら、知らないの?」
!
こいつ、リベルタのことを知っているの?
「あなた、誰に名付けてもらったか知らないけど元々は『名無し』だったんじゃないの?」
確かに、私が名付けるまでこの子は『名無し』と表示されていた。
産まれてからこの年齢になるまで誰にも名付けてもらえなかったということなのかと、不自然な表示に首を傾げていたけれど、その理由をこの女は知っている……?
「僕を、知っているの……?」
「まぁね」
「インスタントって、なに……?」
リベルタがそう問うと、赤い女が優し気な笑みを浮かべながら答えた。
「私たちのために即席で作られたごちそうのことよ」
「……ごち、そう……?」
「ええ。分からないままなのも可哀そうだし、食べる前に教えてあげるわ。養殖人間っていうのは、『私たち』に食べられるために作られた人間のことよ」
「えっ……」
赤い女がそう答えると、リベルタが目を見開いて声を漏らした。
それを愉快そうに眺めながら、言葉を続けている。
「『摂食吸収』のギフトはね、異獣よりもギフトを使える人間のほうが吸収率がいいし美味しく食べられるの。で、より美味しく食べられるように、ギフト持ちの受精卵を調整培養して作られた人工人間があなたってわけ? お分かり?」
「培養、調整……人工、人間……?」
「そうよ。量産が成功すれば私たちはごちそうを食べ放題で、ついでにコミュニティの軍事力も大幅に強化できるって話だったみたいね」
にこやかに、酷くえげつない話をするコイツの顔をぶん殴ってやりたい。
突拍子もない話で嘘か本当かも分からないけれど、それをリベルタに伝える悪辣さは意地が悪いとかいう話を超えている。
「ま、調整培養のコストが割に合わなくて結局数体のサンプルを作って頓挫したみたいだけど。しかも膂力とギフトの数値に偏りがあって、変な味に仕上がるみたいだし」
「……僕、は、君に、食べられるために、産まれたの……?」
顔を真っ青にしながら、消え入るような声で言うリベルタ。
聞くに堪えない、見るに堪えない。
そんな話、納得できるわけがないだろうに。
「ええ、そうよ。まあ珍味くらいにはなるでしょ。じゃあいただきまーす」
呆然としたままのリベルタの顔を掴んだまま、口を大きく開いた。
パイシーズの住民たちのように、このままじゃ喰い殺される……!!
「だ、ダメ! 逃げてっ!!」
「やめろぉぉぉおおおお゛お゛っ!!!」
やめろ。
やめろ!
それだけは、やめろっ!!
全力でコイツに突進して、いや、間に合わない。
速度強化、駄目だ、それでも間に合わない……!!
「あー……」
開いた口が閉じようとした、その刹那。
ガァンッ と聞き覚えのある発砲音が響いた。
「った! うわ、目にゴミ入った。なに今の?」
「ちっ……! 目にモロぶち込んだのに、無傷かよ……!!」
さっき吹っ飛ばされたツヴォルフが、赤い女の目に銃弾をぶち込んで捕食するのを中断した。
たとえギフト持ちだろうが、普通に考えたら目を銃で撃たれたらそのまま脳まで貫通するだろうに、ちょっと仰け反っただけで効いてない。
でも、この一瞬、この数秒がほしかった。
「ナナぁぁぁぁあっ!!」
「う、わぁぁああっ!!」
叫んで、援護を頼んだ。
赤い女に、使えるギフトを総動員して突進する。
「雑魚が何匹きても無駄なんだけど。分かんない?」
余裕を崩さないまま、ハエでも掃うかのように軽く手を振って私たちを迎撃しようとしている。
私たちの全力は、そんな片手間の動作にすら劣るほど脆弱だ。そんなことは分かっている。
「あ、ぁぁぁああっ!!」
「……っ! 熱っ……!?」
リベルタが叫んだかと思ったら、赤い女の左手から煙が噴き出し、焦げた。
『温度操作』で左手の温度を急激に高めて焼いたんだ。
そのおかげでさらに一瞬だけ、致命的な隙ができた。
この機を逃せば、もう逆転の目はない。
残ったわずかなマジカを全て『膂力強化』のギフトに回し右手を集中的に強化、さらに文字化けギフトでスタミナを消費して右腕の強化に回す。
この一瞬、この右手だけならば、この赤い女にも攻撃が通るはず!
「ああああああぁぁぁぁぁぁあああああ゛あ゛あ゛っっ!!!!」
狙うは、目。
銃弾すら通さないほど頑丈なのはさっき分かった。でも、それでも一番攻撃が通りやすい箇所には違いない。
中指と人差し指を突き出して、右目から脳を貫いて殺すっ!!
「あぁあっ!!」
狙い通り、指は赤い女の目をとらえ、眼球を眼窩からくり抜くことに成功した。
そして――――――
「あらら、やられちゃったわね」
「……あ、あ……」
右目から脳へ指を突っ込む寸前で、右手を掴まれて止められた。
くり抜かれた右目は、何事もなかったかのように眼窩からすぐに生えてきて、再生した。
「はい、お疲れ様」
ブチリ、と嫌な音とともに、右腕に痛みが走った。
二の腕から先が、千切られた。
「あ、ぎぃあああああああっ!!!」
あまりの激痛に、膝から崩れ落ちて地面を転げ回ることしかできない。
いたい、いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい
「うるっさいなぁ。エサってのはどいつもこいつも、叫んでアピールするのが流行ってるの? 頑張ったのは分かったから、もう黙っててよ」
「お、お姉さんっ!! 逃げて!!」
そう言って、今度は私のほうを向きながら大きく口を開けた。
あ
ダメ だ
死 ぬ
「ロナッ!!!」
誰かの叫び声がしたかと思ったら、身体に衝撃が走った。
軽い衝撃だったけれど、それでもほんの少しだけ突き飛ばされた。
なにが起きたのか、誰が私を突き飛ばしたのか、目を開いて、確認した。
「…………あ……え? ……り、べ……え……?」
「ぁっ……ろ、な……逃、げ……」
目に入ってきたのは、倒れているリベルタの身体。
「ぼ、坊主っ!!!」
「り、リベルタ君っ……!!」
それを見て、ツヴォルフとナナが叫び声を上げている。
だって、身体の上半分しか、そこにはなかったんだから。
「もむもむもぐもぐ、んんー、やっぱインスタントって食感が変に軽いのに味が濃いわね。珍味としてみれば、まぁイケるか」
なにが、起きた、の。
なんで、私じゃなくて、リベルタ、が?
「あ、や、や、だ、なんで、なんで、わたし、え? リベルタ、なんで……ぇ……?」
「あららら、可哀そうにねぇ。アンタを庇ったりしなけりゃみんな頭から齧って楽に食べてあげたのに」
「わたしを、かばって……」
なんで、なんで、なんで
あのときも、そうだった
わたしをかばって、あのこは、しんじゃって
わたしが、なかまなんか、つくったせい、で
しなせた
わたしが、しなせた
また、わたしが、ころした
「あ、あぐっ、ふっ、はっ、はっ、はっ……っあ……はぁっ……!!」
いきができない
もう、なにもかんがえたくない
わたしのせいで、わたしなんかがいきてたせいで、あのこが、リベルタが
「は、ああぁっ……!!」
リベルタをたべたあかいおんなにむかって、わけもわからないままなぐりかかった
おまえがたべたせいで、わたしのせいで、リベルタ、が
「鬱陶しいわ。早く死ね」
そうきこえたあとに、あかいおんながわたしのあたまにゆびをさして、そし て ――――
~~~~~ツヴォルフ視点~~~~~
赤髪が、ロナの頭を指差したかと思ったら、レーザーポインターのような赤い光が指から放たれた。
その赤い光はロナの額から後頭部にかけて貫き、風穴を空けた。
頭の風穴から煙を燻ぶらせ、数度痙攣してから地面に力なく倒れ、動かなくなった。
「あ……あ……おね、え……」
目と口を開きっぱなしのまま、ナナが膝をついて崩れ落ちた。
絶望をそのまま人の顔に表したら、こんな表情になるんだろう。
今のオレも、こんな顔をしているんだろう。
ああ、くそ。
なにが『未来視』だ。
結局、この結末をあらかじめ見せてくれなかったじゃねぇか。
こうなることが分かってたなら、オレぁ今回の戦争にこいつや坊主を連れていったりなんかしなかったってのに……!!
「可哀そうにね。弱いだけで、生きることすらままならないなんて。ま、どのみち世界はもうすぐ終わるんだし、ここで死んでも生き延びても大して変わんないでしょ」
そう言いながら、赤髪の女の姿がまた消えた。
かと思ったら、今度はナナの傍に立っていた。
「……お、ね、おねえ、あ、ああ、あ……」
「……でも、なんだか本当に可哀そうになってきたわ」
気まずそうにそう言う赤髪の目は、確かに残されたナナを憐れんでいるように見えた。
これは、まさかオレはともかくナナだけは見逃してもらえるのか……?
「すぐに食べてあげるから、もう楽になりなさい」
っ……!!
くそっ、たれ、が……!!
「はい、どーん」
「が、ぶぉぁあっ!!!?」
気の抜けるような声がしたかと思ったら、赤髪女の身体がくの字に曲がってぶっ飛んだ。
いきなり、なにが起きたのか、分からなかった。
「うわ、この子下半身丸々なくなってるじゃん。グロい。あ、まだ生きてる? なら間に合うか」
声が聞こえたほうを向くと、坊主の上半身が倒れているところに誰かが膝を着いていた。
そいつが坊主の身体に手を翳すと、食い千切られてなくなったはずの下半身が瞬く間に『生えて』きた。
「治ったな、ヨシ。……いやヨクナイ。下半身丸出しやん、ズボンないの? ううむ、仕方ない。なら俺のズボンを代わりに、あ、やべ、ズボンの下にパンツはいてないわ。このまま渡すと俺が丸出しになるわ」
それは、黒い長髪の女だった。
額に風穴が空いていて、右の二の腕から先がない。
「てか、さっきから頭痛がするんですけど。……え、嘘。穴空いてるし。てか右手もないし。我ながらよく生きてるなオイ。あんま治すと寿命縮むんだけどなぁ、でも背に腹は代えられんし、しゃーないか」
軽すぎる口調で自分の現状を口にしたかと思ったら、頭の風穴が塞がり、右手も何事もなかったかのように生えてきた。まるでトカゲの尻尾だ。
ど、どうなって、やがんだ、これは……!?
ロナの髪が、あの闘技場の時のように真っ黒に染まり、瞳の色も黒に近い焦げ茶へと変わってしまっている。
「えーと、きみきみ。この子を頼めるかな」
「は、あ、え、え?」
「治したばっかで血とか足りてないだろうからあんまり激しく動かさないでね。……あとケツと股間が丸出しだからあんまりまじまじ見ないであげて。いやホントマジで」
「は、ひ、ひゃい……!?」
リベルタを抱えて、ナナに押し付けるように渡した。
……口調もなにもかも変わってやがる。てか誰だ。
「て、めぇぇえっ!! ゲホッ、私を、殴り飛ばしたのは、お前かぁあぁぁぁああ゛っ!!」
赤髪女が、怒りに顔を歪ませながら叫んでいる。
口から血を吐き、咳きこみながらも
それを大げさに引いたような態勢を取りながら、顔をしかめつつ眺めている。
「んー? コワ ゲフンッ。……君、なにそんなキレてんの?」
「テメェが私を殴ったからだろうがっ!! エサのくせに、てかなんで生きてやがんだクソがっ!!」
「なんで生きてるとか、そんな哲学的なことキレながら聞かれても困るんやが……」
……酷い温度差だなオイ。
さっきまでもう絶望しか感じられなくて、数秒後に確実に訪れるであろう『死』に対して全身が強張っていたってのに、なぜか今は弛緩してしまっている。
『未来視』で数秒後すら見えねぇくらい状況が混沌としているってのに、なぜかなんとかなる気しかしねぇ。
まさか『腕の人』ってやつの人格が表にでてきてやがるのか?
ロナ、お前、いったいなんの腕を食ったってんだ……?
お読みいただきありがとうございます。
シリアスがログアウトしました。




