食事
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戦争に決着がついたかと思ったら、いきなりパイシーズの住民たちが足だけ残して消えた。
かと思ったら、いきなり私にそっくりな顔の女が現れた。
吐き気がする。
これまでに経験のない、なにが原因かも分からない不快感が腹の奥から湧き出てくる。
「んー? え、弱っ。なに? アンタ、これまでほとんどなにも食べてきてなかったの? あ、でもギフトの数だけは妙に多いわね」
「っ……!」
こちらのステータスを確認しているようで、私をまじまじと眺めている。
自分と同じ顔の人間にこうして見つめられているだけで、寒気が走る。
「……ロナが、二人……?」
「お、おい、そっくりだがお前の姉妹かなんかか?」
リベルタが唖然としながら呟き、ツヴォルフがそう問いかけてきた。
なにがなんだか分からない、といった顔だけれどそれはこっちも同じだ。
「し、知らないわよ、アンタ、誰……!?」
知らない。知るはずがない。
私には過去の記憶なんかほとんどない。
いきなり目の前に自分そっくりの姿をした相手が現れても、なにも思い出せない。
ただ一つ分かることは、こいつは私の味方なんかじゃない。
その証拠に、こいつが私を見る目からは肉親への情なんてものはカケラも感じられない。
「私もアンタなんか知らないわ。後から新しく作られたの? ……でも、追加で作る意味なんかあるのかしら?」
「なにを、言って……」
「まあいいわ。見たところアンタたちが一番美味しそうだし、メインディッシュにとっておいてあげる。まずは――――」
喋っている途中で、赤い髪の女の姿が消えた。
「……え? 消え、た?」
「う、うわぁぁぁあああっ!!!」
姿が消えた直後、後方から悲鳴が聞こえた。
悲鳴のしたほうを向くと、生き残ったパイシーズの住民たちが腰を抜かしながら叫んでいる。
住民たちが指差しているのは、下半身だけ残ったヒトの身体。
その傍には、赤い髪の女がモグモグとなにかを咀嚼しながら立っていた。
「うんうん、雑魚でもヒトのギフト持ちならなかなか美味しいわね。吸収率も異獣とは段違いだわ」
「ひっ……! く、喰った……!!」
こいつ、さっきの瞬きほどの間にあそこまで移動していたっていうの……!?
しかも、まさか、人間を食べている……!?
「それにしても、こんなに多くのギフト持ちを集めてくれるなんて。パイシーズの監督官は順調に仕事をしてくれてるみたいねぇ」
「か、監督官……? なにを、言って」
「エサは喋んないでってば。うるさいわよ」
カパッ と口を開けて閉じたかと思ったら、目の前で狼狽していた住民の身体が消えた。
モグモグと咀嚼しているのを見るに、またこの赤い女に喰われたようだ。
「ふぅ、これだけいるとどれから食べようか迷っちゃうわねぇ。ああ、なんて贅沢な悩みなのかしら。こんなことならもっと早く抜け駆けしておけばよかったわぁアハハ!」
「こ、この、バケモノぉっ!!」
「撃てぁっ!!」
住民たちもやられっぱなしのままじゃない。
さっきまでスコーピオスの連中に向けていた攻撃を、今度は赤い女に向かって斉射した。
並のギフト持ちなら一瞬で消し炭になるほどの大火力による波状攻撃。
普通に考えたら耐えられるはずがない。
「遅すぎ。弱すぎ、ショボすぎ。エサとしては悪くないけど、戦力としてはカスねアンタたち」
それを、涼しい顔をしながら受け、避け、弾き、何事もないかのように闊歩している。
歩いている最中も、立ち向かう住民たちを次々と齧って喰い殺していく。
「モグモグ。ああ、美味しいわぁ。はい、次は誰? 誰が食べさせてくれるの?」
「ひっ……! に、逃げろぉおっ!! く、喰い殺されるぞぉっ!!」
「む、無理だ、勝てるわけがない! 全員走れ! 逃げろぉ!!」
信じられない。
個の力がいくら強くても群相手には敵わないことは、さっきまでスコーピオスやアクエリアスの連中を相手していた私自身がよく分かってる。
アクエリアスの連中相手に一人で勝てたのは、後先考えずに残った力を全部使い切ってギリギリで勝てたってだけの話だ。
この赤い女は、当たり前のように余裕綽々で集団相手に圧倒している。
まるでアリの群れを潰すように、勝負になっていない。ただの虐殺、いや食事だ。
「やべぇぞ……! あんなバケモン、どうしようもねぇ……!!」
「ど、どうしたら……」
「……逃げる。僕たちだけなら『幻惑操作』を使えば逃げ切れるかもしれない」
冷静に、いつもの無表情でリベルタが撤退することを口にした。
「ちょ、ちょっと! 逃げるの!? このままじゃパイシーズの全員が喰い殺されるわよ!」
「な、なんとかあの人を止めないと、みんな食べられちゃいます!」
「無理。僕たちが、いや、たとえアリエスとパイシーズとスコーピオスが手を組んでも、アレには勝てない」
「や、やってみなきゃ、分かんないでしょ……!?」
「……いや、確かに無理だな。あの赤いガキのステータス、見てみろ」
「ステータス……? アイツのステータスが、どうしたって……っ!!」
言われるままに、赤い女のステータスを『アナライズ』で確認してみた。
見なければよかったと、後悔した。
ゲブラー
ランク10
状態:空腹
【スペック】
H(ヘルス) :6021/6021
M(マジカ) :5930/5940
S(スタミナ) :9124/11305
PHY(膂力) :10348
SPE(特殊能力):11047
FIT(適合率) :100%
【ギフト】
摂食吸収Lv10 火炎操作Lv10 熱操作Lv10 レーザーLv10 飛行Lv10 自己再生Lv10 嗅覚強化Lv10
文字通り、桁が違う。
これまで見てきたどんなギフト持ち、どんな強力な異獣ですら比較にならない。
「嘘、でしょ。なに、あの出鱈目な……」
「嘘みてぇな数値だが、さっきから頬を抓っても全然起きられねぇ。現実みてぇだぞ」
「し、しかも、お姉さんと同じ『摂食吸収』っていうギフトをもってます。そのせいか、ヒトを食べるたびにどんどん強くなってる……!」
無理だ。ツヴォルフやリベルタが早々に諦めてしまったのも頷ける。
ステータスの数字だけを見て諦めるのはバカな話だ。
でも、事実としてギフトに目覚めたパイシーズの住民たちが手も足も出ないで蹂躙されている。
逃げるしかない。
万全の状態で挑めばあるいは勝ち目があったのかもしれないけれど、消耗しきった今の私では歯が立たない。
立ち向かっても、秒で殺されるだけ。
すべてを見捨てて、撤退する以外に生き残る道はない。
「坊主!」
「……うん」
リベルタが『幻惑操作』で私たちの存在を周りから認識しづらくして、さらに私たちの姿をした幻影を設置してカモフラージュした。
逃げる準備は整った。後は、あのバケモノからひたすら遠ざかるだけ。
住民たちも、所長も、アリエスの皆もなにもかも、見捨てて逃げるだけ。
……く、クソ、クソ!
私は、なんで、なんのためにここまで……!!
そこからは、ひらすら逃げた。
あの赤いバケモノから、パイシーズから、責任から、罪悪感から逃げ続けた。
逃げなければ、死ぬ。
喰われて、死ぬ。
死にたくない。
喰い殺されたパイシーズの人たちも、そう思ってたはずなのに。
なんで、こんなことに?
私はただ、パイシーズをスコーピオスから解放して、所長に文句を言ってやりたかっただけなのに。
また元通りの生活に戻りたかっただけなのに。
どうしてそんなささやかな幸せすら、許してくれないんだろう。
目に涙を浮かべながらひたすら走り続けて、気が付いたらパイシーズの外側へと脱出していた。
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
「う、うぅ……!」
「な、なんとか外へ逃げられたが、こっからどうすんだ?」
「……知らないわよ。アリエスの車でも盗んで遠くにでも逃げる?」
「……褒められたもんじゃねぇが、今の状況じゃそれが最善かもな。やってることは最低だが」
確かに最低だ。
私は、とうとう人を裏切った。
自分が生き残るために、一緒に戦ってくれた人たちを見捨てて逃げ出した。
裏切る側にだけは、なにがあってもならないと決めていたのに。
「アリエスの軍用車は、どっちだ……?」
「あの岩山の陰に隠れて駐車してあるはず。もう少し走れば逃げられる」
「よし、そんじゃあさっさと――――」
「どこいくのー?」
その声に、背筋に冷たいものが走った。
聞き覚えのある、どころか自分自身と同じ声が真後ろから聞こえてきた。
「駄目じゃない、大人しくしてなゃ。ご飯が逃げるなんて、マナー以前の問題よ」
「マジ、かよ……!」
「う、ウソ……!」
「……っ」
さっきまで影も形ももう見えなくなっていたはずの赤い女が、手を伸ばせば届くほどの距離にまで近付いていた。
追いつくのが早すぎる。
ダメだ。
コイツからは、どうあがいても逃げられない。
「さーて、誰からいただこうかしらね。ああでも、一口で食べちゃうのももったいないからちょっとずつ、溶かすように咀嚼してあげましょうねぇ。あはっ、あははっ!」
まるでごちそうを目の前にした子供のように無邪気な笑い声が、酷く恐ろしく感じた。
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