他人を犠牲にして食うメシは美味い
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「あ……あ……!?」
「モグモグ、うん、美味しい。やっぱヒトは異獣に比べて味が濃厚ね。吸収されやすいのか能力値の上り幅も段違いだわ」
「き、きさ、ま゛ぁ……!!」
目の前の光景に、理解が追いつかない。
「にしても、ここのコミュニティって沢山のいい匂いが重なってるわね。もしかしてギフト持ちの人間が何百人もいたりする? ああ、それならもう最高ね」
スコーピオスたちを率いていた男の、右半分が無くなっている。
まるで巨大な口にでも齧られたかのように、ギザギザとした断面から血が噴き出て辺りに生臭い匂いを撒き散らしていく。
「なに、もの、なんだ、きさ、ま、はぁ……!!」
「うっさいなぁ。エサは黙っててよ」
あーん、と見覚えのある少女の顔が口を大きく開いて、虚空を頬張った。
それと同時に、男の身体が消え去った。後に残ったのは、さっきまで生きていた男が噴き出していた血だまりだけ。
なにかを咀嚼するかのように顎を上下させながら、少女がこちらを向いた。
「もごもごもご……ごっくん。さて、そっちのお姉さん。聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「……っ」
「私に似た女を見たことない? こんなふうに首の後ろに刺青があるんだけど」
そう言いながら赤く長い後ろ髪をかき分け、後頭部から背中にかけての肌を見せつけてきた。
そこには、見覚えのある黒い刺青があった。
「あ、知ってるのね? よしよし、で、どこにいるの? ……へぇ、メインストリートでスコーピオスを引きつけてる、か。なるほどなるほど」
「っ!?」
な、なぜ?
私は一言も喋ってなんかいないはず。
それなのに、目の前の少女は今回の戦争における、あの子の役目を口にした。
シャドウから伝えられた情報を連想してしまった私の思考を、正確に読んでみせた。
「ありがと。教えてくれたお礼にあなたは食べないでおいてあげるわ。それじゃ」
「ま、待っ……!」
静止の声を伝え終わる前に、少女の姿が消えた。
残ったのは、男の遺した血生臭く赤い血だまりと、私だけ。
これからなにが起きようとしているのか。
絶望的に嫌な予感を覚えながら、ただただその場に座り込んで身体を振るわせることしかできない。
「……ロナ、ちゃん……!」
先ほどの少女と同じ顔をした少女の名前が不意に口から零れる。
彼女にこれからあの少女がなにをするつもりなのか、その疑問に目の前の血だまりが答えているかのように見えた。
~~~~~ロナ視点~~~~~
「殲滅しろぉぉおおっ!!」
「今までよくも好き勝手にやってくれたなぁ!!」
「撃てぇええええっ!!」
例の注射を受けてギフトに目覚めたパイシーズの住民たちが、鬨の声を上げながらスコーピオスたちに向かって攻撃を開始した。
シャドウが言うには接種を受けた住民の数は二日間でおおよそ一万人ほど。
その中でまともにギフトが扱えるくらいの能力を発揮できるのはほんの一握りだけだ。
そのほんの一握りが、ここに集まった数百人。
スコーピオスのギフト持ちが残り三十人程度なのに対して、おおよそ十倍以上の数だ。
一人一人の能力値はスコーピオスが上でも、数は圧倒的にパイシーズのほうが多い。
それに加えてアリエスの部隊もいるもんだから、まず負けようがない。
雨あられと言わんばかりにスコーピオスたちに向かってギフト持ちたちの攻撃が降り注いでいく。
スコーピオスの連中を炎が燃やし、雷が穿ち、カマイタチが切り裂き、大岩が転がって圧し潰してく。
「だ、駄目だ、数が多すぎる!」
「くそ、使役異獣を解放しろ! テイムのギフトで呼び出せ!」
「そ、それが、使役異獣たちが何者かによって全部殺されています!」
「なにぃ!? あ、ありえん! どいつも能力値が3000を超えるバケモノ揃いだったはずだぞ!?」
本来ならここで強力な異獣を使役して流れを取り戻すところだったんだろうけど、全部No.1が殺したから無理。
なるほど、この増援を潰すためにシャドウはアクエリアスへ助けを頼んだわけね。
……まあ結果的に助かったわけだし、後で半殺しにするくらいで許してやるか。
「モグモグ、んー、これはもう勝ち確かな。まるでスコーピオスがゴミみたいだわ。あ、元からゴミか」
「……よくこんな光景見ながら飯が食えるな。人が死ぬ様を見ながら食う飯は美味いか?」
「超美味い。死んでるのスコーピオスどもばっかだし」
「坊主、嬢ちゃん、こんなヤツにだけはなるなよ」
「どういう意味よ」
次々やられていくスコーピオスどもをおかずにパンを頬張る私を、苦い表情でツヴォルフが咎める。
いやぁ、私だって人が死ぬところなんて見ていて食欲が湧くほど鬼畜じゃないのよ?
でも死んでるのがあのゴミどもなら話は別だ。あーメシが美味いわー。
始めはスコーピオスどもも辛うじて抵抗できていたけれど、ギフトによる集中攻撃ですぐに無力化されていった。
いくら個々の強さが上だろうと、ここまで数に差があれば人海戦術でどうとでもできる。
やはりゴリ押し。ゴリ押しは全てを解決する。
「もうダメだ! 逃げろぉ!」
「き、貴様ら! 敵前逃亡は許され…… ごはぁっ!?」
「無理だ! 勝てるわけがねぇよ!」
スコーピオスの連中が次々倒れていって、残ったギフト持ちはほんの2~3人にまで減ってしまった。
ギフトを持っていない連中も、勝ち目のない戦いをするつもりはないのか散り散りになって逃げていく。
「そろそろおしまいかしらね」
「ああ。これでようやくパイシーズを解放できるな」
「やっと所長に文句を言ってやれるってもんね」
「いやお前、助けてもらった相手に文句言おうとするなよ……」
「……所長なら、笑って聞き流すと思う」
「しょ、所長さんがあの注射を安全なものに作り直してくれたから、こうやって皆さんの力を借りることができたんです。むしろお礼を言わないと……」
分かってるわよ。でも勝手に私たちを逃がして自分たちを犠牲にしようとしたのは許されないわ。
……私のために、誰かが死んだり酷い目に遭うのはもう御免よ。
「あ……最後のギフト持ちがやられた」
「なかなかしぶとかったわね。でも、これで終わりよ」
スコーピオス側はもうほぼ壊滅状態。
残ったわずかな兵力も戦意喪失して、もはや勝ち目など微塵も残っていなかった。
「か、勝ったぞぉ! スコーピオスの連中を、俺たちが打ち倒したんだぁっ!!」
「これで元通りの生活に戻れるのね……!」
「みんな、やったぞぉ!!」
スコーピオスどもの撃退に成功したパイシーズの住民たちが、勝鬨を上げて喜んでいる。
やっと奴隷のような生活から解放されるんだし、その嬉しさもひとしおだろう。
「そんじゃあ、勝負もついたみたいだしさっさと所長のところへいくとしますか。やれやれ、とんだ大騒ぎだったな」
「その騒ぎの発端は私たちみたいなもんだけどね。所長は研究所かしら?」
「う、うん。注射の調整も、異獣の研究所で行われていたみたいだから」
「所長、元気かな……」
心配そうにしてるあたり、リベルタも所長のことを大事に思ってるみたいね。
普段不愛想で無表情だから分かりづらいけど。
「バンザイ! バンザーイ! バンザーイ!!」
「しっかし、住民たちも大はしゃぎだな。ちとうるせぇわ」
「大目に見てやりなさい。不自由から解放された時の爽快感は私もアンタもよく分かってるでしょ」
「バンザーイ!! バンザ――――――――」
?
ふと、住民たちの万歳三唱が途切れた。
さっきまであんなに騒がしかったのに、いったいなにが起きたのかと住民たちのほうを向いた。
「……え?」
思わず、声が漏れた。
住民たちがさっきまで万歳しながら喜んでいたところが、赤く染まっている。
住民たちの、胴から上がなくなって、残った足が血を噴き出しながらバタバタと地面に倒れていくのが見えた。
「う、う、うわぁぁぁあああああっ!!?」
「な、なんだ!? い、いったい、なにが起きたんだよ!?」
それを見て、無事だった住民たちが悲鳴を上げている。
さっきまで一緒に喜びを分かち合っていた人たちが、いきなり足だけ残していなくなっているなんて異常な状況に阿鼻叫喚だ。
「おいおい、どうなってんだありゃあ……!?」
「わ、分からないわ。……? あれ……」
残った足を見ていると、ふと妙な既視感を覚えた。
どこかで似たような死にかたをした生き物を、見たことがあるような。
そうだ、あれは、まるで『遠隔摂食』で喰い殺した異獣の食い残しみたいな……。
「見ぃつけた」
私の真後ろから、そんな声が聞こえた。
聞き覚えのあるようなないような、女の声。
「んんん? おかしいわね。蛇には違いないみたいだけど、白い髪のお姉様なんて知らないわ。あなた誰?」
私の後ろ髪をかき分けて、首の後ろをなぞりながらそう言う『誰か』。
髪や首の後ろを触られる不快感すらまるで気にならない、圧倒的な不安感が私を満たしていくのが感じられる。
振り向くのが怖い。
ソレを認識してしまうのが、恐ろしくてたまらない。
「な……!」
「なん、で……!?」
「……ロ、ナ?」
ツヴォルフ、ナナ、リベルタが、ソレを見て驚愕の声を口にしている。
なぜか、リベルタが私の名前を呼んでいる。
恐怖を振り切って振り向くと、そこには
「なによその顔は。ふふっ、バカみたい」
「な……に……あん、た……?」
そこには私とまったく同じ顔をした、赤い長髪の女が立っていた。
髪と瞳の色以外はほぼ同じ。顔つきも体型も声すらもなにもかも、私と同じ人間がいた。
お読みいただきありがとうございます。




